第七話 真相(1)
フィリルは羽交い締めにされた腕を一瞥し
エレノアの方を再び睨んだ。
「ニュクス、解放してあげなさい」
エレノアの言葉にニュクスは腕を緩めた。
しかし小さな隠し刀を腕から出すと
すぐにそれを首元に突き立てた。
フィリルはそれに嘆息すると
再び口を開いた
「僕のことを兄さんからどこまで聞いた?」
「あなたの事をとても慈しんでいたわ
あなたにひどい事を言ってしまった事を悔やんでいた、あなたがあの社交界を開いていたとも言っていた」
「兄さんが悔やんでいたのか..
僕は兄さんを傷つけていたと思って姿を消したのに結果的にもっと傷つけていたんだね。
僕は生まれてからずっと、
家族に哀れまれていたんだ。
蔑むでもなく可哀想な目で僕を見ていた。
母さんも父さんも兄さん達もみんな。
オーガスト兄さんも最初はそうだった
だけど長く共にしていた後、
僕たちはお互いを兄弟として自覚した
それと同時に憧れは増すばかりだった
僕はヴァンパイアになりたかった
父さんや兄さんのような...
母さんのように眷属としてで良かった
オーガスト兄さんにだったら眷属になっても
変わらぬ目で僕を見てくれると
信じていたから
なのに僕の懇願に兄さんは答えてはくれなかった。
そればかりか、兄さんは僕に羨ましいと
人間でいる事に感謝しろと、言ったんだ。
僕の境遇を知りながら!
若いままの兄にあっという間に追いついていく自身の容姿にコンプレックスを抱いていた事さえ知っていたはずなのに!
怒りに我を忘れそうになったよ..
だけどそれと同時に涙が出そうになった
兄さんだけだったんだ...
僕の境遇を可哀想じゃなく
羨ましいと言ったのは。
僕は嬉しいと思ってしまったんだ。
それだけで十分だったんだ。
僕は探した。
家族との関係を絶って
僕を眷属にしてくれる信頼できる
ヴァンパイアを、
あの社交界を開いたきっかけはそれだった。
始祖である父の息子の僕はたとえ人でも
僕の話を飲むヴァンパイアは沢山いた。
社交界の参加者を集めるために人間国へも行ったさ。
僕は何でもいいからやる事が欲しかった。
何かをしていなくては押しつぶされそうだった。人間でも魔族でもない僕に居場所なんてなかったから。
そこで知り合った参加者に教団の者が居たんだ。」
「教団?」
「君の言う呪印持ちさ、
彼女は魔王を伝説の勇者が倒した後、
全ての魔族を統べられる力が手に入ると言っていた。だから貴方も参加するべきだと、
彼女は僕の生い立ちを知らないから
そんな事を言ったんだろうけど
僕にとってはとても重大な言葉だった
いくら絵空事のような妄言だろうと
魔族である兄さんが危険な目にあう可能性があるならと、僕は教団に入ったんだ。」
「やはりその教団と勇者は関係したと言うことね、それで真実とは何?
オーガストが貴方を庇うという
言葉の意味は?」
「君は聞くことしか出来ないの?
もっと考えなよ、魔王が斃されて君が過ごした数ヶ月何をしていた?
勇者が何もしてこない理由を考えた?
君が悠長にしていたせいで
君は大切な人を失うんだ。
ねぇ、僕は左腕に呪印があるよね
どうしてあのパーティに参加したと思う?
僕の話を踏まえて考えてみなよ」
フィリルは眉間の皺を深くして
イライラとした口調で捲したてる。
エレノアは瞳を伏せて考える
フィリルは兄を危険に晒さないために教団に入ると言っていた。
だとしたらオーガストに疑いの眼差しを向けるようなあの事件を起こしたとは思えない。
だが、呪印持ちの彼女とフィリルに繋がりがあるのは明白だ。
では悲鳴を起こさせたことは
どんな意味がある?
現時点でわかることはそれによって
呪印の存在が明るみになり
左腕に呪印のあるフィリルは
魔族は勿論、ヘマをしたのだ
教団からも狙われる
危険な状態になるだろう。
だがそれは彼女の悲鳴が何の意味もなさない場合だ。
逆に考えろ、エレノア。
悲鳴を起こしたことでフィリルを危険な目に合わせる事が目的だったら?
フィリルは兄を救う以上魔族側の人間だ。
フィリルの狙いに気づいていたのならフィリルは邪魔な存在だ。
それが下っ端であっても、だ。
オーガストがフィリルを庇ったというのは
ここに来るのかもしれない。
そういえばフィリルは
ヴァンパイア族の招集に呼ばれていない。
人間であろうとヴァンパイア族に属するフィリルは呼ばれる筈なのに話すら上がっていない。いくら変化魔法を使っても受付時には必ず本人として受付せねば通れない。
だが受付名簿を隅々まで確認している
カタストロフの話にもヴァンパイア族の人間の話など上がったことすらない。
こんな事ができるのは式典を総括するオーガストだけだ。
「オーガストは貴方が呪印持ちだと知っていたのね..」
エレノアは呆然とした面持ちで呟く。
その言葉にフィリルは頷いた。
「兄さんが知ったのは受付する少し前さ
僕の姿を見た兄さんは凄い形相で僕に迫った
その時連れていた教団の仲間である彼女の呪印に兄さんは目敏く気づいたんだ」
「まさか、彼女に吸血したのは」
「兄さんさ
僕の目を盗んで彼女に詰め寄り牙を立てた」
「どうしてそんなことを..」
事件を庇うためなら
どうして彼女だけに噛み跡を残したのかしら
「彼女が胸に刀を隠していた事に気がついたからさ、加えて彼女は無知だった。
事件を起こす捨て駒なのは
どちらか明白だろ?
どちらが事件を起こすにしても
僕は魔王国に存在を知られるきっかけを作る事になるのは明白だ。
兄さんは覚悟していたんだ
僕の代わりに罪をかぶる覚悟を。
それが兄さんなりの
僕への償いだったかもしれない。
だけど僕らの任務は
君の様子を確認する事だった
あの事件は僕らにとっても
アクシデントだったのさ」
もし私の推測が正しいのなら
教団は邪魔なフィリル達を目立たせ
陥れるために事件を起こしたと言うことになる。
オーガストはそれを知らずに
命令に背けば殺されてしまうであろう弟を庇うために彼女に牙を向けた。
それは....おかしいわ。
フィリル達が邪魔なら命じれば簡単に殺せるわ。こんな手の込んだ事件起こす必要ないじゃない。
もっと別の目的があったんだわ。
フィリル達を利用してしたかった事は?
オーガストを陥れること..?
フィリルを出せばオーガストが動く事は明白だ。もし教団がオーガストが罪を被ろうする事を読んでこの事件を起こしたのなら何が目的なの...?
ここからシリアスな展開が結構続きます。