プロローグ
初投稿です。よろしくお願いします。
今何が起きたのか理解するまで
数秒を要するほどに私は狼狽する。
大理石や黒曜石を惜しげもなく使った
豪奢でしかし異様な雰囲気を纏った。
その城の玉座の前で
膝をつきながら
禍々しくも妖艶な真紅の瞳が
目の前の男を鋭く見据える。
胸には神々しく輝く。
聖剣が突き刺され
今もどくどくと黒々とした血が
その剣を伝ってボタボタと
流れて落ちている。
私を庇うようにした
その濡れ羽色の黒い髪が振り向く、
苦痛に歪めた真紅の瞳が私を捉えると
穏やかな色を取り戻す。
「エレノア」
そう小さく囁くと
私の小さな体を護るように抱いていた側近がこくりと頷いた。
その所作に満足したのか
ほんの僅かに口角が上がる。
「お前を愛している」
それは私が初めて見た彼の笑顔だった。
6歳にも満たない私が
しかし6年間生きてきて初めて見た
父の笑顔だったのだ。
魔王である父がその
毅然とした王の仮面を外して
初めて父の顔を見せた瞬間だった。
そして私は全てを思い出したのだ。
何故このタイミングなのかはわからない。
魔王である父が勇者の聖剣に貫かれ
父の顔を初めて私に向け
愛している、そう告げられたその瞬間
私は前世の記憶を取り戻したのだ。
感動と絶望の刹那の間に
私はあらゆる感情が一度に呼び起こされ
波のように深まる頭の痺れをただ呆然と受け入れるしか無かった。
そんな私の情動など存ぜぬという様に
聖剣の煌めきは増していく
片膝を折っている父のもう片方の膝も
痛ましげな声を上げて地に伏せた。
跪いた父の前で聖剣を突き刺し
勝利の歓喜に歪な笑みを浮かべる目の前の男を睨みつける。
「エレノア様、
貴方は必ず私がお護り致します」
私を抱きしめていた側近は
そのまま軽々と私を横抱きにし
背に折りたたむように隠していた。
竜のような翼を悠然と羽ばたかせ
勢いよく飛び上がった。
「やだ!放して!!カタストロフ!
お父様を見捨てる気なの..?!」
「どうかご理解下さい、エレノア様
それが魔王様の御意思なのです」
努めて冷静に伝えようとする
魔王の側近であるカタストロフだが
真っ直ぐに見つめる目尻や形のいい唇が僅かに震え隠しきれないほどの悔恨の色が見える。
それだけ言うと私を抱えたカスタロフは
淡く色付けされた上品な大窓のステンドグラスを魔力で壊し出口を確保する。
「逃がすものか!」
下から激昂する勇者達の怒声が響き渡った。
父と側近が庇うように私を守っていたため
状況がよく分からなかったが
今は俯瞰するようにその場の様子を見ることが出来た。
勇者と思われる黒髪の少年以外にも
4人のそれぞれ、
体格に見合わない大きな銃のような武器を持つ少年、魔法使いのような格好の青年、聖職者のような衣装を纏った女性、槍を持った体格の良い青年がいた。
敵対するのは父である魔王、
正に王道RPGゲームのような状況である。
私がただの傍観者であれば
目の前の非現実な光景に大興奮であろうが、
肉親である父が殺されそうであるこの状況ではそんなミーハー心を沸かせる余裕は無かった。
勇者パーティの魔法使いは何か呪文を唱えると何十本もの光の矢がこちらに勢いよく放たれた。
カスタロフはそれを華麗にかわすと
膝をついた父である魔王が
強大な魔力を放ちながら立ち上がった
聖剣はまだ胸を貫きそればかりでは無く
その神々しい光はより一層強まっている。
聖剣に貫かれたまま悠然と立ち上がる
様に勇者達は動揺する。
「勇者達よ、私はお前達を決して許さない」
禍々しく揺らめくそのオーラに圧倒され、
しかし私もカスタロフも分かっていた
あの聖剣が胸を貫いた時
もう父に勝ち目はない事を。
解き放たれた強大な魔力は娘を守るための最後の足掻きなのだと。
勇者達の視線が父に向けられた瞬間を見計らってカスタロフはその場から飛び出した。
「カタストロフ!!」
私がどんなにもがこうと
両腕でがっちりと捉えらてびくともしない。
窓へと浴びせられる
勇者達の追撃を交わし
魔王城から遠のいていく。
カタストロフや勇者達の攻撃で大破した
大窓のステンドグラスから
勇者達の連携の取れた攻撃に一人で応戦する
父の姿が見える。
聖剣の剣の光は益々強くなり
魔王の魔力を吸い取っていく
苦しげな呻き声をあげる父の姿に
胸が張り裂けそうなほど苦しい
父が死ぬ
強大な魔力を持ち圧倒的な支配者であった父が死ぬことに正直今の今まで、
実感を持てなかった。
父が死ぬわけがない、心のどこかでそう思っていたのである。
しかし今、
じわじわと胸の中の虚空が騒めいている、
明確に迫る父の死を
全身の血が冷え渡り動機となって伝えてくる。
どうにかしなくては..
そう思うのに良い打開作など浮かばない。
ただ遠ざかる父の姿を窓の外から見守ることしか出来ない悔しさに顔をくしゃりと歪める。
その表情を読み取ったのか
父はふと私の方を見て不敵な微笑みを浮かべたのだ。
魔王の血を継ぐせいか私は視力が異常に良い、もう数百メートルも遠ざかっているのに
その表情を読み取ることができた。
いや、視力がいいと言うよりは魔力で透視しているのだろうか、感覚的に行なっているのでそれは定かではない。
その瞬間大きな光に父は包まれる、
その神々しい光を放ち
魔王城のあらゆる窓から眩い光の光線が漏れ出た。
厚い雲に覆われた鉛色の空が晴れ
神が勇者達の勝利を祝福するかのように
崇高な光がその晴れ間から降り注いだ。
遠くにいても伝わるほどの父の魔力が全く感じられなくなっても私はその事を受け入れる事は出来なかった。
ただ呆然と光の降り注ぐ
悲しいほど美しい父の城を眺めていた。