第五話 誕生日に欲しいもの
数話まとめて投稿します。
「オーガスト、何かご用かしら?」
「えぇ、近々エレノア様の7歳の誕生祭を開く予定ですのでそのお話をしようかと思いまして」
オーガストがそう言ってにこりと微笑むと
エレノアははっとする。
最近は色々な事が起きて自分の誕生日の事をすっかり忘れていた。
「そういえばそうだったわね..
でも魔族には誕生祭という文化はないのでは無かったかしら?」
「えぇ、魔族は寿命が長いですから
いちいち祝ったりはしません。
しかし前魔王様の王宮ではエレノア様の誕生を毎年祝っていたとお伺いしておりますので」
確かに父の魔王城にいた頃は
エレノアの誕生日を毎年祝われた。
それは人間である母がエレノアの誕生日を祝っており、エレノアも誕生会を毎年楽しみにしていたため、母の死以降も続けられた。
「しかしエレノア様は魔王としての知名度が薄いですからこのような機会に他の魔族と交流を深めるのも良いかもしれませんね」
カタストロフが整理した書類の束を机の平らな面でトントンと整えながら同意した。
「えぇ、エレノア様は即位して間もないですからね。
当日は魔王国を挙げて盛大に催す予定です。
そういえばこの機に誕生祭なるものを調べたのですが、人間の国では誕生日にプレゼントを贈るものだとお聞きしました。
エレノア様は何か欲しいものはおありですか?」
「欲しいもの..そうね」
魔王の娘、という事もあって特に不自由なく生活させて貰っているため欲しいもの、
というと少々困る。
欲しい書物はあるが手配するよう頼めば
用意して貰えるし、そういうもので良いのだろうか。
どうせならいつもは口に出来ない我儘を言うのも手だ。
「長期で魔王国の調査をするための外出許可が欲しいわ」
エレノアの発言にカタストロフとオーガストは困った笑みを浮かべた。
この不安定な国の状況下で魔王が城内に居ないという自体は避けなければいけない。
その事は分かっている。
だが、今のエレノアにはどうしても経験や知識が少ない。
ライリーの家庭教師で国のことを学んでもそれは表面上の記述に過ぎない。
しかし、6歳の幼子であるエレノアにそこまでの政治的手腕は求めていない事は事実である。
だが、このままでは現状、
魔王と言う名ばかりの人形なのだ。
それは会議で避けなけれいけないと悟ったが知る機会が与えられなければ現状を打破する事は不可能だ。
執務室に篭りきりでは、
信頼できる者が誰であるかも
知るすべもない。
今この国がどのような状態なのか
魔王として何を求められているのか
今は無知ゆえに何も分からないのだ。
今だからこそ必要なのだ。
だが幼子のエレノアのそのような思いを汲んでもらえるわけもない、
だから今我儘の許されるチャンスがあるのならそれに賭ける他ない。
エレノアは何も求められていない事を分かっていたが父を救うために、
父の代わりにこの国を守るために何かしたかった。晴れ渡る空の下で自身の無力を後悔したあの日を再び繰り返したくは無かったのだ。
エレノアは自責と懇願の念を強く秘めた面差しで二人を見る。
ただの我儘でない事をその表情で訴える。
二人はエレノアの真剣な眼差しに目を瞬かせるが直ぐに顔を見合わせた。
そしてこくりと頷いたのはオーガストだった。
「分かりました
魔王様の願いは必ず叶えましょう
最も魔王様の命令にはもとより魔族であれば絶対服従なのですから、
私達が貴方の願いを何であれお受けしない事などあり得ません
しかし、外出をするのであれば
是非来ていただきたい場所が御座います」
オーガストはそう言うと
意味ありげな微笑みを浮かべる。
カタストロフはその微笑みを一瞥すると
何を言おうとしているのか察したのか
深い溜息を吐き出した。
「来て欲しいところ?」
エレノアがきょとんと首をかしげると
オーガストは微笑みを深くして頷く
「えぇ、エレノア様が先ほど興味がおありなようなお話をしておりましたから、
丁度良いかと思いまして」
先ほど、というのは魔族が人に仇なすという話だろうか。ともすると...
オーガストはさも然りと言うように
ゆっくりと頷く。
「エレノア様は知っておりますか?
ヴァンパイア族の主食を」
エレノアの顔が徐々に強張る様を
オーガストは蠱惑な瞳で見つめていた。




