第三話 政治の傀儡になどならない
初回のみ連続投稿します。
意を決して口を開くが、
沈黙を破ったのはカタストロフではなかった。
「分かりました、
私が魔王であるお父様の代わりに
魔王の名代を務めましょう」
清流のような穏やかで
凛とした声が張り詰めた空気に霧散する。
皆吸い込まれるように真紅の瞳に視線が集まった。
「しかし、私が名代を務めるならば
一つ約束して欲しいことがあるのです」
「...して、それはどのような内容ですかな」
サルヴァトスが微笑みながら問いかける
6歳の少女が何を約束させるのか
一同はごくりと唾を飲んだ。
エレノアはその問いかけに答えるように頷くとその小さな口をゆっくりと開いた。
「私が魔王となった時の官位の権限を私が頂くことを認めてください。」
カタストロフだけでなくこの場の誰もが
その発言に瞠目した。
この世界では魔族の国と人間族の国では政治の体制が違う、武力的位置づけの強い魔族は官位制であるが人間族は血統的位置づけが強い爵位制である。
だから魔族はファミリーネームを持っていない。そもそも寿命の長い魔族にとって世襲制は相性が悪いのだ。
家柄や種族関係なく
力の強いものに相応しい官位を与え、
魔王となるものは最も強いものでなくてはいけない。そしてその強さを見極め、相応しい官位を与えるのは絶対的強者である魔王なのだ。
つまりエレノアの約束した事は魔王としては至極当然のことであり、約束ではない。
確認というのが正しい。
しかしエレノアの発言で周りの空気が一転した。エレノアの発言は約束をする事が目的ではなかった、エレノアを政治の傀儡にし、王としての権力を横領しようとする魔族達に灸をすえる為に言ったのだ。
その事をこの場の誰しもが皆理解した。
しかし理解と同時に困惑した。
弱冠6歳にしてこのような発言ができる事をその場の誰もが予想していなかったのだ。
現に現在の高官である魔族達の顔色が血色を失っていくのが分かる。
だがそれと同時に低い官位の者の数人は目がギラギラと揺らめかせ、内に秘める野望を隠そうとしなかった。
エレノアの発言から深まった
魔族達の様々な欲望が蠢く混沌とする空気
に思わず溜息が溢れるカタストロフだったが
ひとまずこの場を納める為に
会議の主導権を再び握った。
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「おい、赤目女!
お前みたいな小娘に魔王が務まるのか?」
会議が終わって立ち去ろうとすると
唐突に誰かに腕を引っ張られた。
振り向くとエレノアよりも濃い銀の髪に
翡翠の瞳の美少年がエレノアの方をキッと睨んでいる。
肌は健康的な褐色で
耳には牙のようなアクセサリーを付けている
頬には鱗のような痣があることから
竜人種の子供だろう。
年齢はエレノアと同じくらいだろうか。
背丈は同じくらいだ。
少しつり目の瞳が気が強そうな印象を与えている。
前であれば憎まれ口の一つもついていただろうが転生後の私にとっては可愛い男の子がちょっかいを出してきた、という印象になる。
「私は赤目女ではなく
エレノアという名前ですわ、
あなたの名前は?」
「なっ...!....俺はイアンだ」
「よろしくね、イアン」
挑発が効かないことが不満なのか
ふんっと鼻を鳴らしてそっぽを向いてしまう。
「ねぇイアン私あなたと以前会った
事あったかしら..」
イアンの髪や目の色に妙な既視感を覚える。
イアンはその言葉にこちらを
ジロッと睨みつけた
しかし直ぐに力なくストンと視線を落とす。
「多分お前が見たのは俺の父だ。
オースティンっていただろう、
お前の父の主力護衛だったからな。
俺は一族の代表として会議に兄と参加したんだ」
そういうイアンの言葉にハッとした。
見かけたと思ったのは四天王の一人に
同じ容姿の青年がいたからだ。
それは彼の父だったのか。
四天王は勇者によって全員斃されている。
当たり前だが彼らにも家族がいたのだ。
失言をしてしまいどう謝ろうか
思い倦ねていると
イアンは小さく溜息をついた。
「余計な気は使わなくていい
父さんは魔王様を守る為に命懸けで戦ったんだ、俺はそれを誇りに思っているからな」
「私もお父様の事、
誇りに思っているわ
絶対に助けなくてはいけないの
だから私は魔王になるのよ」
「あんたは国の為に頑張るとか綺麗事吐かないのな、まっあんたが魔王なんて俺はまだ認めてないけどな」
「えぇ、分かっているわ
私はまだ国の為に何かできるような能力はないもの
だけど私お父様みたいに仲間を愛し、愛されるような人になりたいのは本当よ
今はそれが目標だから、
その一歩に私とまずお友達になってくださらない?」
私が手を差し伸べると
イアンは面食らったように呆けている。
しかし差し出した手をペチンと軽く跳ね除けると、嫌だねと舌を出して睨まれその場を立ち去ってしまった。
その姿がなんだか微笑ましくて
思わず笑みが溢れる。
「エレノア様はああいうのがタイプなんですね」
ふと至近距離で右耳に囁かれビクッと身体が跳ねる。
慌てて振り向くと膝をついたカタストロフがいたずらっぽい笑みを浮かべていた。
「ちっ違うわよ!」
「へーえ」
クスクスと微笑ましそうに
こちらを見るカタストロフをギロッと睨んで
さっさと前を歩いた。
今回は少し長めになります。