姫騎士の出会い(1)
この世界に混沌を齎す者、魔王。それを討つのは何千年という歴史の中で、毎回決まって勇者という選ばれし存在であった。
今回も、地上を支配するべく新たな魔王が降臨。時を同じくして、また一人の人間が勇者として選ばれる。
勇者の名はローナ。長い歴史を誇るヴァレシア王国の王女であり、人々から【姫騎士】と呼ばれ愛されている少女だ。
「さあ、【勇者の丘】は目前です。もう少しだけ頑張りましょう!」
現在ローナは護衛の騎士達と共に、選ばれし者のみが手にすることのできる【聖剣ヴァルキュリア】を求め、その剣が刺さっている勇者の丘を目指していた。姫騎士の励ましに、疲労が見えていた騎士達は再びやる気を取り戻す。
ローナは、誰もが口を揃えて美少女だと口にする程可憐な容姿であり、腰ほどまで伸ばされたブロンドの髪は、日光を反射して美しく輝いていた。今は騎士らしく女性用鎧に身を包んでいるが、普段はお姫様らしいドレス姿で人々を魅力している。
まさか自分が勇者だとは思わなかったものの、父であるヴァレシア国王からの指示で聖剣を手に入れに来たのだ。目的地は目前、ローナは緊張しながらも歩を進めた────が。
「えっ、い、家········!?」
驚きのあまり、目を見開いたローナ。彼女の視線の先、聖剣が刺さっている筈の場所に家が建っていた。
一階建てで、不思議な魅力を感じさせる謎の家。煙突からは煙が出ているので、恐らく人が住んでいるのだろう。
「そんな、どうしてこの場所に家が········?」
「我々が中を確認します。姫様はさがっていてください」
「いえ、私が確認しましょう」
一瞬躊躇いながらも、ローナは玄関の扉を開けた────その直後。
「不法侵入はんたーい」
「きゃああっ!?」
目の前に立っていた、黒髪の男性。驚き尻餅をついたローナを、彼は眠そうな瞳でじっと見下ろす。
「誰だあんた········って王国騎士団の連中が何用だ?別に俺、悪さとかしてないけど」
「き、貴様、姫様に何をした!」
「この無礼者め!」
ローナを庇うように、鉄の剣を抜いた騎士達が男性の前に立った。そんな彼らを見て、男性は心底面倒そうに息を吐く。
「馬鹿なの?ここ、俺んちなんですけど?勝手に家の扉開けた奴と玄関に立ってた俺、どっちが悪いのかも判断できない程王国騎士団は落ちぶれてるんですかー?」
「な、なんだとォ!?」
「ま、待ってください。今のは私が驚いただけで、この御方は何もしていませんから」
まさに一触即発といった雰囲気の中、立ち上がったローナが騎士達を止める。
「すみません、許可も得ずに立ち入ろうとして」
「ったく、何しに来たんだ?」
「申し遅れましたね。私はローナ=ヴァレシア、このヴァレシア王国の王女であり、当代の勇者に選ばれた者です」
「············はい?」
当然の反応だろう。ローナの発言に男性は数秒間硬直し、やがて先程よりも面倒そうに顔を歪めた。
「お取り込み中ですお引き取りください」
「っ、ちょっと待って········!」
問答無用とばかりに扉を閉められかけたので、咄嗟に足を伸ばして完全に閉まるのをローナは阻止した。
「い、痛い········!」
「じゃあ足を引っ込めた方がいいと思いますっ!」
「くうう〜〜〜!」
全力で閉めようとしているので、ローナの足は悲鳴をあげた。流石に騎士達も我慢できず、強引に男性ごと扉を蹴り開ける。
「貴様、姫様になんということを!」
「ま、待ってください。私ならだいじょう········ぶ?」
きょとんと、ローナが見つめる先では。
「い、いや〜、包丁が折れたもんでね」
カットされた大根と、まな板に突き刺さる湿った聖剣。男性の反応から推測するに、恐らく大根を切るのに伝説の聖剣が使用されたのだろう。
「せ、せ、聖剣ヴァルキュリアを、大根を切る為に使用したのですか!?」
「ま、使う人も居ないし、役に立ててこの剣も嬉しいだろ。耳をすましてごらん。ほら、感謝の言葉が聞こえるじゃないか········アリガトウ!ボク、ダイコンノカットにシヨウサレテ、スッゴクウレシイヨ!」
「酷い茶番ですね!?」
と、不意に男性がローナを見つめた。
「さっき王女だとか勇者だとか言ってたな。少し話がしたい、騎士達を外に出してくれ」
「えっ?」
「俺がちょっと発言するだけで、貴様ーとか無礼だーとか言われちゃたまらんよ。安心しろ、ガキに手を出す趣味はない」
「が、ガキじゃないです。分かりました、すぐに指示します」
その後、ローナを心配する騎士達を説得するのに時間はかかったが、ようやくローナは騎士達を外で待機させることに成功したのだった。
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「やれやれ。世界を救う勇者様が、絶大な人気を誇るローナ王女だとはなぁ」
「私も話を聞いた時は驚きました」
出された紅茶を飲みながら、ローナは頬を緩める。
「魔王が現れ、既に各地で被害が出ている状況です。勇者として私が選ばれたのならば、民の為に私は力を振るいます」
「ふーん。それで、あの大根切りを取りに来たのか」
「せ、聖剣ヴァルキュリアですよ」
相変わらず眠そうに目を擦りながら、男性はローナの前の席に腰掛けた。
「自己紹介が遅れたな。俺はマグナ、この家の主で現在彼女募集中の20歳だ」
「マグナさん、ですか。あ、私は16歳です」
「とりあえずまあ、この大根切りはお前に託そう」
聖剣ヴァルキュリアを手渡され、ローナはジト目で男性───マグナを見つめる。段々と、彼がどういう人物で何を言うのかが分かってきた。
「ありがとうございます。ご迷惑をおかけして、申し訳ありませんでした」
「勇者も大変だよな。王女なのに、これから世界を救う為に旅とかするんだろ?」
「恐らくそうなるでしょうね。ですが、私の力が皆さんの役に立つのなら、それ以上に嬉しいことはありません」
何の迷いもなくそう言ってみせたローナを見て、マグナは一瞬固まってしまった。逆にそんな彼を見てローナはどうしたのかと首をかしげたが、再びマグナは眠そうな表情のままニヤリと笑う。
「ハッ、勇者様は真面目だねぇ」
「ふふ、偽善者だと思われるかもしれませんけど」
立ち上がり、ローナはマグナに頭を下げる。外では部下達が自分を待ってくれている。まだこの不思議な男性と話をしていたいという気持ちはあったが、もうすぐ日が暮れるので、そろそろ出発した方が良いだろう。
「本日はありがとうございました。また、機会があればお会いしましょう」
「待った」
「え?」
「丘の周囲に広がる森は、夜になると危険な魔獣共が活動し始める。聖剣を持ったお前なら大丈夫だとは思うが、今日は家の前で野宿でもしていけよ」
そんな提案に、ローナは数秒間何も言えなかった。てっきり『もう用は済んだろ?さっさと帰ってくれよ』とでも言われるものだと思っていたのだ。だからこそ、その前にローナは動き出したのだが。
「ただ、まあ、あれだ。お前は一応王女なんだし、どうせアホ騎士共に姫様を外で寝かせるとは何事だ!とか言われるだろうし、お前は家の中に泊まってけよ。ああでも、姫様に手を出すつもりか!とか言われそうだな。めんどくせえ!」
「ふ、ふふっ」
「········何笑ってんだ」
「い、いえ、マグナさんって、優しいんですね」
「はあー?当たり前だろ、巷では聖人として有名なマグナ大先生だからな」
なんとも不器用な人だとローナは思う。確かに、夜の森に足を踏み入れるのは危険だ。それに、外で寝ようとすれば、騎士達が無理矢理マグナに家の中へ入れるように指示するだろう。
また、優しい彼に嫌な思いをさせたくない。そう思ったローナは、分かりましたと頷いた。