ご町内迷宮を突破せよ!⑥
「走れ走れ走れーっ!」
ガサライオが後ろで大声を張り上げた。
行く手を遮る細い枝を掻き分けて、がむしゃらに走り続ける。
頬をなぞった枝のせいで顔に筋のような傷ができたが、気にしてる余裕が無い。
「日下!早くしろ!」
「ひいっ!ひいいっ!」
足をもつれさせる日下の手を引いて、俺は先頭を行くドギー巡査を見失わない事で精一杯だ。
「早く!こっちよ!」
ドギー巡査が十字路の真ん中で止まり、指をさして俺たちを先へと促した。
指示通りに十字路を右に曲がり、小さな薬局風の建物の軒下へと逃げ込んだ。
「あのデカブツ!今は俺たちを見失ってやがる!婦警のねーちゃん、どっか隠れる事の出来る場所は近くにあるか!?」
「ちょっとまって!えっと、ここ鈴木さんの店だから、あっちに公園があるわ!ドーム型の遊具がある!」
追いついてきたガサライオが、魔法バズーカを構え直して背後を確認した。
あの後、怪鳥ルテンは俺たちの上空に飛来すると、一回嬉しそうに鳴いた後に急降下してきた。
樹木をなぎ倒しながら迫るルテンからかろうじて逃れ、一目散に走り続けて今に至る。
この視界の悪い樹海のおかげでルテンは簡単に俺たちを見失ってくれたが、そのあともしつこく追いかけ回されている。
複雑に伸びた木々が邪魔をしてくれたのもラッキーだった。
図体のでかいルテンは力任せに突き進んで来るが、さすがに勢いは殆んど殺されていたからな。
事件の発端であるこの樹海に助けられるとは、なかなか皮肉が効いている。忌々しいことにな!
「な、なんであのグリフォン!僕達を追ってるんですか!?」
「知らねぇよアイツに聞け!」
涙目の日下が俺に問いかけた。
鳥の化け物の考える事なんか俺に分かるわけないだろ。
「落ち着いて。今は少しでも体力を温存しなきゃ。またいつあの鳥が来るか分からないんだから」
ドギー巡査に宥められ、俺も日下もとりあえず深呼吸をした。
日下はズルズルと壁を伝って腰を下ろす。その膝は疲労か恐怖、もしくはその両方が原因でガクガクと震えている。
俺は荒くなった息を整えて、胸ポケットからスマートホンを取り出した。
まだ三隈と電話が繋がっている。
「三隈!どうしたら良い!?アイツ、俺達をピンポイントで狙ってやがる!」
『ちょっと待って!私も今家に着いたの!今から怪鳥ルテンについて片っ端から調べてみるから!そこにいるハンターさんは何か知らないの!?』
「毛玉!お前アイツになんかしたか!?」
「……心当たりが無いわけじゃ無い。すまん」
ガサライオは魔法バズーカから左手を離し、鬣をワサワサと触り始めた。
「多分、ルテンが最後に牙岩で見たのは俺たち『楽園兄妹』だ。基本的にアイツは拠点防衛タイプのボスモンスターなんだが、侵入者排除を第一に動く性質がある」
深いため息を吐いて、申し訳なさそうに日下とドギー巡査を見た。
「……なんでルテンが魔石の部屋から出れたのかはわからねぇ。だけど多分アイツは俺たちを探してたんだ。アイツの第一の行動原理、『牙岩最上階の侵入者排除』の為にな」
……あれ?
いや、違くね?
時系列的に考えると、ルテンが最後に見た最上階への侵入者って。
「あ、俺だ」
俺じゃん。
「は?」
「え?」
思わず出た言葉に、ガサライオと日下が俺を見た。
ドギー巡査は声を出さずに慌てて口に人差し指を当てた。
「いやっなんでも無い!」
俺は急いで取り繕う。
そうだ。
ガサライオ達の後に牙岩へと入ったの、俺と親父じゃん。
最上階でバッチリ目を合わせちゃったじゃん。
親父なんか通路にギチギチにハマった怪鳥ルテンに思わず笑っちゃってたじゃん。
まずい。これ俺のせいだ。
アイツが狙ってる人間って、俺じゃん。
ゆっくりとスマートホンを耳元に戻し、一回深く息を吸う。
「三隈」
吸い込んだ息を吐くと同時に、静かに声を発した。
『……聞いてる。多分、ルテンが探してたの、薫平くんだと思う」
認定されちゃった。
「ど、どうする?どうしよう!?」
小声で大声を出すという器用な真似をしながら、三隈に助けを求める。
真っ先に俺の所に来るなんて、好かれて嬉しいと思えば良いのかな?いやそんなアホな。恨んでるに決まってんじゃん。
ハマった体を動かせずにいた、あの可哀想な泣き声を無視しちゃったんだから。
『落ち着いて薫平くん。そもそもルテンに感情なんか無いよ。ダンジョンモンスターなんだから』
冷静さを取り戻した三隈の声で、俺の頭も少しだけ冷えた。
『とりあえず、私はルテンについて徹底的に調べてみるよ。電話はこのままにしておいて。切っちゃうと次取れるかわかんないし。電池は大丈夫?』
「あ、あぁ。滅多に触らないから殆んど残ってる。アイツの弱点とかが分かれば、逃げるのに役立つかもしれん」
『うん。できるだけルテンとの接触を避けて見つからないように行動してね?』
「わかった」
スマートホンの向こうの三隈の存在が消えた。電話はまだ繋がっているから、恐らく調べ物をする為の準備を始めたんだろう。
「お前の彼女、なんて言ってた?」
「彼女じゃねぇよ。ルテンについて調べてくれるってさ」
魔法バズーカの持ち手の下部。カバー状になっている部品を開きながら、ガサライオは俺を見ずに聞いてきた。
「何やってんだお前」
「魔力カートリッジのチェックだよ。戦闘になるなんて思ってなかったから、予備が少ない。燃費の悪い魔法具でな。一本のカートリッジで2発しか撃てん」
少な!
「二発っておい。魔力カートリッジってクソ高いんじゃ」
家庭用として売られてる物でも、一本で十万円ぐらいはする筈だ。
「高いな。このタイプは普通のじゃなくて専用のカートリッジしか使えないから、余計に高い。メーカーがカートリッジ代でも稼ごうとしてんのか、互換性のないタイプしか採用してくれねぇんだ」
なんと凄まじき商売根性。企業努力。
魔法というファンタジーの極みな物を扱ってるのに、なんてリアルな事情。萎え。
「この圧縮魔法砲はまだ安い方だ。お前も前に見たと思うが、最新モデルの重力魔法砲なんて他の魔砲弾が使えない上に更に専用カートリッジ一本で一発しか撃てねぇ。こいつは3年前に発売された多少古い型式だが、魔法弾の種類も豊富だしクールタイムも小さい。その上リサイクルカートリッジが採用されてて、回収品が多いから比較的安く抑えられる。コールドチタン製の冷却炉のおかげで砲手側に余波が全く来ねぇし、計算され尽くした砲身設計のおかげで滅多に歪んだりもしない。マジックメタルマイスターの称号を貰った有翼魔族、アンテンさん率いるアンテ工房の信頼もあって、あまりヒットを出しづらい魔法砲の中でも最高傑作と言われるスマッシュヒット作だ。あの工房はなかなかニッチな作品を生み出す事で有名だったんだが、前から俺たちハンターや技術者の間ではその性能やデザインの良さはずっと認められてたんだ。一般の魔法具オタクなんかにゃ分からんだろうが、使用感と信頼性が驚くほど高くてな。アンテ工房の作品がダンジョンの中で誤作動を起こしたり、動かなくなったなんて話は聞いたことがねぇ。そんな工房が3年前になんの告知も無く発表したのがこの渋いデザインの圧縮魔法砲『ガンディル2砲式魔法砲 ブラッククロコ』。日々進歩を続ける魔法具なのに三年も魔法砲カテゴリのトップを走り続けるなんて尋常じゃないぞ。つまりそれほど完成度の高い一品って訳だ。わかるかこの部分。反動を抑える魔法術式が上部ユニットに組み込まれててな?トリガーを引くと同時に」
「止まれ止まれ。おい毛玉落ち着け」
どうした。
なんだ急にびっくりした。
ちょっと面白くて聞き入ってしまったじゃないか。
「……あ?」
自分の今の姿を見てみろよ。
前のめりになって嬉しそうに語りやがって。
「……つまりいざって時に撃てないと困るからカートリッジを変えてんだよ」
驚くぐらい短い説明。
さっきのは何だったんだ。
「うん。見える範囲にはルテンの姿は無いわ。さっき言ってた公園、目指しましょうか」
周囲を警戒していたドギー巡査が胸を撫で下ろしてホルスターに拳銃を戻す。
「日下、行くぞ」
「えっ、はい」
放心状態の日下を揺さぶって、右腕を引っ張って立たせる。
体に力が入っていない。
「大丈夫か?」
思わず肩を支えてしまうほど弱々しい。
見てらんない。
「大丈夫です。今度こそ、大丈夫……」
なんか、思いつめてないかコイツ。
「……心配すんな。何を隠そうあの毛玉は一度アイツを倒してるはずだ。今回もやれるさ。な?」
そうだよ。
ガサライオ達は一度牙岩ダンジョンを抜けている。
頂上へ続く道は普通なら探すのに苦労する場所にあった。
きっと最上階も細かく探索してると思われる。
その時あの岩のグリフォンと対峙してる筈だ。
「倒してないぞ」
「は?」
「俺達はアイツと戦ってない」
あっけらかんと言い放ち、ガサライオは歩き出した。
「お、おいちょっと」
「牙岩ダンジョンのボスはスルーできるって有名なんだよ。図体でかいし飛びやがるからかなり厄介なヤツなんだが、拍子抜けするほど簡単な攻略法があるんだ」
日下の腕を引っ張りながら後を追う。
ドギー巡査は俺達の後ろをついてきた。
「攻略法?」
それが分かるんなら、こんな慌てる必要ないんじゃ。
「ルテンのいる部屋の入り口に一人を配置して、アイツが突っ込んで来るのを待つだけだ。配置してるヤツにターゲットが行ったら、他のハンターは見てるだけでいい」
あ、俺この攻略法の結果見てるわ。
「突っ込んできたルテンを横に避けたら、勝手に入り口にハマって身動き取れなくなる。突撃の勢いさえ充分なら成功率8割だ。だから牙岩ダンジョンのボスとは戦わないってのが攻略法」
……道理で、俺と親父が見たルテンは、ボス部屋の前の通路にギチギチにハマっていた。
あんなのをずっと繰り返していたのかあの鳥は。さすが鳥頭。
「なんてアホな攻略法だよ……」
呆れながらガサライオの後を追う。
ドギー巡査が俺たちを追い越してガサライオの横に立つ。
「公園はすぐそこなのよ。あそこにはドーム型の滑り台があるから、しばらくは休めると思うの。たしか木製の簡単なドアがあったわ」
知ってるなその公園。
結構広くて、休日の昼時にママさん達が子供を連れてお喋りしている光景を買い物帰りとかによく見る。いつかジャジャとナナをあそこで公園デビューさせようと思ってたんだ。
確かにあそこには大きな丸いドームの滑り台があった。
増殖した木々のせいで景色が違うから、土地勘の薄い俺には今居る所がうすぼんやりとしかわからない。
この町で生まれ育ったドギー巡査はやはりわかるようで、そのナビに従って俺たちも続く。
たまに上空や後ろに気を配りながら、恐る恐る進んで行くとお目当の公園らしきスペースが見えた。
「やっぱり、森になってますね」
「採取ポイントと魔石に認識されちゃったか」
日下の言葉にガサライオが続いた。
その言葉通り、公園の入り口だった柵から向こうは、ウチの高校のグラウンドと同じように深い森となっていた。
「滑り台は少し奥だけど、そこまでこの公園は大きくないからすぐに辿りつけるでしょ。行きましょうか」
異論がないから黙って付いて行く。ここは俺が先頭の方がいいな。
日下は非力だし、ガサライオは図体がでかすぎて身動き取りづらい。女性のドギー巡査に先に行かせるわけにも行かないしな。
自然を装って先頭に回る。
邪魔な枝を掻き分け、道を作りながら後続の日下達が進みやすいように歩いた。
「あれか」
目当てのドーム型滑り台はすぐに見えた。
側面に薄い木の板がある。どうやらあれが内部に入るための扉のようだ。
「う、枝が邪魔して開けられそうにないな」
樹木の枝がまるで蔓のようにドームに巻きついていて、扉が塞がれている。
「毛玉。枝を退けるから手を貸してくれ」
「おう」
いつのまにか毛玉呼ばわりが慣れたようで、もう文句も言わなくなっていた。
「こっちから折れば楽そうだな」
「ちょっと待ってろ」
ガサライオが金色のダウンジャケットの内側をゴソゴソと弄っている。
「あったあった。ほら、これ使えよ」
「うおっ、どうなってんだそれ」
その胸元から、刃渡り50㎝程の刀身の赤いナイフを出してきやがった。
「内側に『収納』の魔法術式を込めた布で作ったポケットがあるんだよ。ランクが低い奴だからあんまり入んないんだけどな。積載重量は40㎏までだったら余裕だ。それを超えると出しづらくなったり入らなくなる」
「ほえー。便利なんだなその趣味の悪いジャケット」
「ダンジョン内でユニットメンバーを簡単に識別できるようにこの色にしてるだけだ。デザインが悪いのは承知してんだよ」
なんか色々考えてんだな。
「そもそもウチの兄貴はデザインセンスだけどっかに置き忘れてきたみたいでな。姉貴は基本的に兄貴に逆らわないから今まで文句つける奴がいなかったんだ。このジャケットもそれなりの値段がするから勿体無いしな。新デザインはもうメーカーに発注済みだ。俺が考えた」
「へぇ。んでこのナイフは?」
見覚えがある気がするんだが。
「……あの時、お前を脅すために使ったナイフだ。言っとくが殺傷能力は皆無だぞ。刃の部分は分厚くしてるし、石や木やロープを切るのに特化した魔法術を付与してある。市販されてない俺の手製だ」
ああ。あの時の。
ラリアットする直前に出してきた奴か。
たとえこれで人が殺せなかろうが、ナイフ状に物を人に向ける奴があるか馬鹿め。
それに。
「……つまりただの鈍器かこれ」
ぶん殴るだけで人が死ぬだろこの大きさじゃ。
「魔法術式のおかげで生き物の肉以外なら大抵の物がバター簡単に切れるぞ。レアメタルとか魔力を帯びた鉱石には文字通り歯が立たんがな。意外と便利なんだこれ」
確かに便利そう。日曜大工にもってこいだ。
それにしてもこいつ、魔法具作れるのか。
さっきの魔法砲の説明もそうだけど、こいつ魔法具に関してはかなりの知識と腕があるみたいだな。
黙々と枝を切る。
ナイフのおかげで凄い楽だ。力を込めなくても簡単に枝が切れて行く。
横を見ると、ガサライオが力任せに枝を引きちぎっていた。
なんだあいつ。腕力すげぇな。
「よし、もう扉を開けられるだろ」
「開けますね?」
作業を手伝っていた日下が扉に力を込めた。
「よいしょ」
なんとも間の抜けた声とともに、扉が徐々に空いて行く。
「あ、あなた達!」
一歩後ろで作業を見ていたドギー巡査が、驚きの声を上げた。
「ん?どうしたんですか?」
俺の位置からはドームの中が見えない。
腰を曲げて顔を下げ、低い入り口から中を覗いて見る。
「あ」
誰か、居る。
「ひっ、ヒック」
「ふえぇぇ」
「えぐっ、ぐすっ」
「ママ……マァマ……」
「た、助かった……の?」
ドームの中には、七人ほどの小さな子供達がいた。





