ご町内迷宮を突破せよ!④
民家脇を抜けて田んぼの間のあぜ道を進んでる最中だった。不意に俺のスマートホンが着信を告げた。
慌てて学ランの内ポケットからスマートホンを取り出し、画面を確認する。
「三隈?」
着信を告げる画面表示は、『三隈夕乃@成長中』と出ている。
着衣のまま撮影された三隈の胸元の写真付きだ。
小悪魔猫娘、佐伯のいたずらだ。戻し方が分からないからそのままにしてある。
決して俺にやましい気持ちは無い。本当だ。
画面下の緑色の受信ボタンをタップして、右耳に当てた。
「もしもし。三隈か?」
三隈からの着信なんだから聞かなくてもいいのに、わかってても聞きたくなるのは何故なんだろう。
『薫平くん!無事なの!?アオイちゃんや双子ちゃん達は!?翔平くんも一緒!?』
大人しめのコイツにしては珍しい大声で、三隈夕乃はまくし立てた。
「お、おう。俺は無事だ。家にいないからまだ目で確認はしていないけど、聞いた話ではアオイ達や翔平も無事らしい」
『良かったぁ……。ネットとか見た?今大騒ぎになってる。心配だったから授業サボっちゃった』
本気を感じる安堵の声だ。
心配してくれて、本当にありがたい。
「いや、こっちもなんだかんだ忙しなかったからな。ネットとか見てる暇がなかった。どんな感じだ?」
『緊急警報とか、孤立者や遭難者のSNSやつぶやきがいっぱいピックアップされてるの。警察や消防も混乱してるみたい。真偽のわからない情報でいっぱいだよ』
現場にいても混乱してたからなぁ。
怪我人、出てなきゃいいけど。
『待って、もしかして薫平くん……外にいるの?』
「え?あぁ、家に帰ろうと……」
『馬鹿っ!!何考えてるの!?モンスターの目撃情報も出てるんだよ!!』
うおっ!
さっきの声を大幅に更新するぐらいの大音量で、三隈は叫んだ。
『アオイちゃん達、無事なんでしょう!?早くどこかの避難所に向かって!!薫平くんが危ない目にあってもしょうがないじゃない!!』
少し震えた声。
もしかして、泣いてる?
「み、三隈。大丈夫だ。ドギー巡査もいるし、護衛だって」
『大丈夫じゃない!!薫平くんにもしもの事があったら、ジャジャちゃんやナナちゃんはどうするの!?もう薫平くん一人の身体じゃないんだよ!?』
「い、いや、ごめん。ごめんって、泣くなって。俺が悪かったから」
『わ、私だって、嫌だよぉ。本当に、す、少しは考えてから、ふっ、行動してよ……お願いだからぁ』
「ごめん。ごめんなさい。ごめんな?」
もうごめんなさい以外になんと言っていいのか分からない。
目の前にいない三隈に頭を下げてしまった。
うわぁ。泣かせてしまった。
翔平にも前から似たような事で怒られてるのに、進歩しないなぁ俺。
「すぐ、すぐ避難するから。な?避難所に着いたらちゃんと連絡するから。大丈夫だから」
『……信じない』
え?
『薫平くんの大丈夫は、簡単に信用しない。また掛けるから。必ず電話取って』
あ、あの。夕乃さん?
なんでそんなに低い声なんでしょうか。
とても、怖いです。
『約束。必ず電話取って』
「お、おう」
『声小さい!絶対に電話取って!』
「は、はい!絶対に電話取ります!」
有無を言わせない迫力が、スピーカーの先から発せられる。
俺に逆らえるはずもなく、て言うか逆らう必要もないしそんな気もないんだけど、俺は姿勢を正して大声で答えた。
『約束だからね!今どこ!?』
「えっと、二丁目の販売所の近くの田んぼ?あ、国道から県道に行く近道の。前に買い物で通った」
『わかった。二丁目だね?すぐ掛け直すから!取らないと酷いからね!?』
そう言い残して、スピーカーから三隈の存在感が消えた。酷いんですか?
なんだったのだろう。
まぁ、後から掛かって来るならすぐにわかるだろう。
それにしても、怖かった。
「兄貴?彼女ですか?」
「違うよバカ。それよりお前、さっきはなんで逃げなかったんだよ」
目の前を歩く日下が顔だけ振り向いて聞いてきた。
お前ここにアオイがいなくて良かったな。恐ろしい事言いやがって。
「い、いや。兄貴を置いて逃げるなんて」
「アホ。お前が居たところでどうにもならなかったじゃないか。最初に言ったろ?お前の事に気を掛けれないって。先に逃げないから俺も逃げるタイミング逃したじゃねーか」
「すみません……」
少し言い過ぎたか?
でも事実だ。
俺が時間を稼いでいる間に、少しでも遠くに逃げて欲しかった。
その場に守らなきゃいけないヤツが居るのと居ないのとでは、取れる行動が大きく違う。
もちろん、一人より二人の方ができる事は多いだろう。
それは二人の力でなんとかなる場合に限る。
あの時、あの場合なら、どうにもならなかった。
生き残る可能性は逃げの一手、それだけだったからな。
運よくガサライオの野郎が魔法バズーカをぶっ放してくれたから良かったものの、あのままだとどうなってたか分からない。
もちろん俺に死ぬ気は無いし、どんな手段を使ってでも生き延びてやる覚悟だ。
……できるできないは別にして、最悪、日下を囮にする手もあっただろう。いや断言するが、俺にそんな事できる訳がない。
「そうね。逃げられるならさっさと逃げる。それが一番よ。学校を飛び出した風待君が言うセリフじゃないけど」
ドギー巡査が日下と俺にトドメを刺した。
それを言われたら何も言えない。
ドギー巡査のその前、先頭を行く毛玉ライオンがわざとらしく口を抑えて吹き出す。
あの野郎……。
「いえ、兄貴の言う通りです。正直に言うと、足が竦んで動けませんでした。逃げるにしても、兄貴を助けるにしても、どっちもできなかった……」
「日下。お前……」
泣いてんのか?
三隈といい、日下といい、今日は良く人を泣かす日だなぁ。
帰ったらアオイも泣いてそうだ。
「強い男になろうとしてこんな格好してますけど。全然ダメですね。僕は」
俯いた日下は、最近は見慣れてきたリーゼントを両手でぐしゃぐしゃと解く。
両手で顔から後頭部へと髪をかきあげて、天を仰いだ。
「大事な場面で、結局固まっちゃうんだ。情けない。3年前のこどもの日に見た、あの日の兄貴とは大違いです。憧れたあの姿とは……」
そうして日下は俯いてしまう。
ふうむ。
どうしたものか。
俺には日下に掛けられる言葉が無い。
結局は、本人次第って話だろ?
立ち向かうべき時に立ち向かい、振るうべき時に勇気を振るう。
そんなの、日下自身にしか制御できない。
俺だって、怖いものぐらいある。
さっきのロックウルフだって充分に怖かったし、アオイの母であるユールだってトラウマ級だ。
足だって竦むし、腰だって引く。
それでもなんとか立ち向かえた理由なんて、俺にだってわからない。
やらなければ、立ち向かわねば、何も解決しないから。
そう思った、それだけだ。
頭の悪さがもどかしい。
一体何を日下に説明してやればいいのかがわからない。
「……おい金髪チビ」
不意に、ガサライオが足を止めた。
ぽりぽりと鬣だか髪の毛なんだかを右手の指で掻きながら振り向く。
「……ぼく、ですか?」
そういや、日下は自分の事を『俺』と言わなくなってる。
大分参ってるみたいだな。
「そう、お前だ。まー、なんだ。偉そうな事言えないがな」
恥ずかしそうにあらぬ方向を見て、ガサライオは頭を掻いていた右手でそのまま口元を隠した。
「本当に怖いって思った時は、とりあえず怖いものの前に一歩だけ足を出してみろ」
「え?」
日下はそんなガサライオを見て、首を傾げた。
「俺だって去年ライセンスを取ったばかりの新米トレジャーハンターだ。ビビって動けなくなった事なんざ腐るほどある。そう言う時は、一歩だけ出せた自分の足が誇らしく思えるもんだ。その時はうまく行かなくても、次はその一歩から更にもう一歩先に踏み込める。恐怖ってな、慣れなんだとよ。自分の誇りが届く場所が少しづつ広がっていけば、いつのまにかやれない事がやれてたりするんだ」
多少早口だが、最後の方は日下の目をまっすぐに捉えて話していた。
「……そいつや他の強いヤツっていうのは、俺ら普通のヤツよか頭がおかしいヤツばかりだ。多分お前の考えてる事なんて、分かろうとしても分かりきれてない。だから『憧れ方』が、違うんだよ」
なんだか寂しげな瞳で、ガサライオは日下を見ている。
その視線に飲まれたのか、日下は口を半開きにして微動だにしなかった。
「お前が憧れたかなんだかのそいつの姿は、絶対に『強さ』だけで成り立って無いんだ。俺も、憧れた人の背中を見て最近気づいた。だから今のお前が弱くても嘆く必要は無い。お前だけの『強くなるために必要な物』ってのが、まだ見つかって無いだけだからな。それまでは慣れていくしか、無い」
「ら、ライオットさん?」
「前半は受け売りだ。後半は経験則。信じるか信じないか、お前に任すわ。金髪チビ」
顔を真っ赤にして、ガサライオは振り返り再び歩き出す。
その隣に立っていたドギー巡査はニヤニヤと笑い、俺に行こうとジェスチャーをくれた。
「『強くなるために必要な物』……」
日下はぼんやりとしながら、自分の手を見つめ続けている。
俺はゆっくりと近づき、その背中を押してやった。
「まぁ、あの毛玉が何言ってるのか正直俺は分からん。だから何も言えないけど、妹の為に強くなるって言うのは、嫌いじゃ無いぞ?」
「毛玉毛玉うっせぇんだよ悪人面!」
おっと聞こえてました?
なんだよ、カッコいい事言ってたからフォローに回ってやったのに。
尻尾が恥ずかしさで逆立ってますよー?
「ほら、喧嘩しないの若人たち。先を急ぐわよ」
ドギー巡査の急かす声に動かされて、俺たちはあぜ道を進み出す。





