ご町内迷宮を突破せよ!③
荒くなった息を整え、既に折れ曲がったトンボを手放した。
ガランと鈍い音を発しながら地面で小さく跳ねるトンボ。
一回大きく深呼吸をしたら、もう元どおり。
疲労と乳酸の貯まった体を奮い立たせて、前を向く。
目の前には憎っくき誘拐犯。
俺が阻止してなければ、あの愛らしい双子はこいつのせいで生まれていない。そう考えると腹わた煮えくり返って吹き溢れそうだ。スプラッタである。
「おい」
「な、なんだよ」
一言、呼びかける。
金色の下品なダウンジャケットが更に俺の癇に触って来る。
服装から人を茶化しやがって、真面目な話したいんだよ!
誘拐実行犯こと、トレジャーハンターのガサライオは一回身構えた。
俺は足早に距離を詰めて、眼前に迫ってやる。
ふふふ、ビビるがいい。
「答えろ。町をこんなにしたのはお前らだな?」
ピンときたのさ。
俺は自他共に認める馬鹿だが、本能というべきかなんというべきか、野生的な察しがつくタイプだ。
俺の勘はよく当たる。
「は、はぁ!?」
「とぼけんなよ!お前らが近いうちに牙岩の調査に来る事は知ってんだ!まだもう少し先だった筈もな!なのにお前は今日この町に居て、牙岩は今日あんなになっちまった!ほうら状況証拠だけでも怪しい臭いがプンプンするぜ!さっさとゲロッちまえよ!」
感情的にまくし立てた。
こちとら頭に来てんだ。
やることなす事人様に迷惑かけやがって、一体何考えてんだこいつら。
本当に勘弁してくれって!
「なんで知ってんだ!っていうか、あれ?どっかで見たぞお前……」
ん?
あれ?
「その目つきの悪い悪人ヅラに……坊主に近い髪型……一度見たら忘れられそうに無い凶悪な容姿……あ、あぁ!お前あのラリアット野郎!」
あ、墓穴掘ったか俺?
しまった!
できるだけ接触しないように言われてたのに!
「し、知らねぇよお前なんざ!それよかこの現状だ!お前らトレジャーハンターがなんか余計な事したんだろう!」
と、とりあえず誤魔化そう!
「なんで大規模調査の事知ってんだお前!知らばっくれんじゃねぇぞ小僧!」
おっと、カチンと来たぞう?
「揚げ足とるなよアホライオン!いいから答えろ!」
「誰がアホライオンだクソ人間!お前あん時ドラゴンと一緒に居た人間だな!?探してたんだよお前を!」
「はぁ!?なに妄想逞ましい事イっちゃてるんですかねぇ?誰ですかそれぇ!ドラゴンとか夢見がちすぎじゃ無いですかぁ!?」
「あぁ!?お前誰に向かってほざいてんだすり潰すぞ!俺が『楽園兄妹』の末弟、ガサライオ様だと知って言ってんだな!?後悔すんぞヤンキー!」
「なーにがガサライオ『様』だ調子乗ってんじゃねぇぞ!みっともなく泣いて逃げ回ってた癖に!」
「ほら知ってんじゃねぇかあん時の事!あ、わかったお前馬鹿だな!?馬鹿なら馬鹿らしく大人しくしてろ!」
「フーーーーーーン!?馬鹿っつったかお前!あーっとこいつはいけない。自覚してる馬鹿に馬鹿って言うことがどんだけ危険か教えてやるよおらこいや弱虫ライオン!」
「アァーーーーーン!?今弱虫って言った?言いましたぁ?上等だ人間!テメェ泣かしてやるよ!」
「やれるもんならやってみろよ毛玉野郎!」
「これは鬣だ悪人面!」
いつのまにかお互いの首元を掴みあって唾を飛ばしながら言い合いをして居た。
こうなりゃやってやる。
この猫科の可愛らしい顔を涙と鼻水でグシャグシャにしてや……。
「ストップ!止まりなさい!補導するわよ!」
聞き覚えのある声で静止された。
振り向くとこれまた見覚えのある金髪の婦警さんが腰に手を当てて立っていた。
「ライオット君も風待君も落ち着きなさい!そんな事してる場合じゃ無いでしょ!」
おこだ。犬の婦警さんが激おこである。
その長い耳とフサフサの尻尾が可愛らしいドギー巡査に怒られると、なんか凹む。
金髪のユルフワヘアーを肩まで靡かせて、相変わらずカッコいい。
「う、ご、ごめんなさい」
「お、おう。すまん」
「あぁ?お前何様だよ?ドギー巡査に失礼じゃねぇか。ごめんなさいすみませんでしただろうが」
「オオォン?なんだテメェ。ちゃんと謝ってんだろうが細けぇ野郎だな」
「やめなさいってば!」
だってこの図体ばかりか態度もでかいライオンが!
ドギー巡査が尻尾を逆立てている。あ、本気で怒ってるっぽい。
「あ、兄貴。落ち着いて」
「お前いつのまにそこに……」
気がつけば日下がドギー巡査に片腕で保護されていた。
日下自身もドギー巡査の腰にしがみついている。
いや、何やってんのお前。
なんでそんな羨ましい事してんの?
言うよ?幼馴染のリーナちゃんにチクるよ?
あのメガネが似合う学級委員長ちゃんに全部洗いざらいご報告しちゃうよ?
まぁ、多分避けられてできないかも知れないけど。
「風待君達はなんでこんなところに居るの?学校はどうしたのよ」
「……フケました」
「ご、ごめんなさい」
俺は、まぁそう言うイメージを持たれてるの分かるから平気なんだけど、日下は違う。
お利口さんな日下にとって学校をサボることは初めての事だろう。
なんか怯えてるし。
「はぁ……風待君は事情が事情だから察しがつくけど、ダメじゃない。今は緊急事態よ?各学校にも待機指導が行政から下りたわ。町民の皆さんも最寄りの避難所に避難してる最中なのに、こんな所にまで出歩いて」
溜息を吐きながら額に手を当てるドギー巡査。
日下はその腰から離れて、オロオロと俺を見ている。
「ドギー巡査こそ、なんでここに」
「私はライオット君の監視よ。協会から先乗りで派遣されたトレジャーハンターの中にライオット君が居たから、一応ね。なにせ前科があるから」
「ふんっ!信用されてねぇんでな!」
「当然だろうが馬鹿野郎。なんでそんな態度なんだぶっ飛ばすぞ」
お前のした事考えろよ!
「ほらストップ!いい加減にしなさい!」
「うぅ、だって……」
こいつムカつくんですもん!
「風待君の気持ちも分かるけど、今は堪えなさい。そうでなくても、貴方余計な事言ってるのだから」
ドギー巡査は俺の側に近づくと、小声で耳打ちした。
確かに、感情的になりすぎて言わなくてもいい事言いまくってるしなぁ、俺。
冷静が聞いて呆れる。
「ライオット君に私、あと二人の楽園兄妹には井上巡査が付いていたの。だから彼がこの事態を起こしたってのは間違いよ。ずっと一緒にいたから」
「ほら見ろ。勝手に勘違いしやがって」
うぐ。む、ムカつく。
「今この町は特殊厳戒令が発令されてるわ。他のトレジャーハンターと共にライオット君にも魔法具や武器の使用許可が下りてる。ダンジョンモンスターが多数確認されてるからよ」
「あ、あの狼以外にもいるんですか?」
「トレジャーハンターにも武器の使用許可?」
俺が思っている以上に、状況は悪いみたいだ。
「ええ。この樹木、見た感じだと一定の法則に沿って増えて動いてるみたいなの。壁や建物を中心的に広がって居て、道路なんかには干渉してない。さっきもライオット君とも話して居たんだけど」
「ダンジョンの、拡張だ」
拡張?
牙岩のか?
「B級指定以上のダンジョンには、結構あるんだ。自動生成式フロアってやつが。例えばこの間行ったダンジョンは水属性が強いダンジョンだったけど、フロア全体が水で埋め尽くされるわけじゃない。壁や部屋、広間をダンジョンが勝手に判断して作るんだよ」
ほぇえ。そんな不思議力が働くものなのか。
ダンジョンってのは。
「それを元に考えると、これは牙岩ダンジョンの拡張だ。あそこは元々が弱い土属性のダンジョンだったからな。何かの拍子に、そうだな。例えば魔石が成長なんかしたら、土の派生である木のダンジョンに変わってもおかしくはねぇ。魔石の成長なんて、滅多に起きねぇけどな」
「起きてんじゃねぇか」
「知らねぇよ」
なに無責任な事言っちゃてんのコイツ。
駄目だ。やっぱりここでこの生意気な猫をシメなきゃ。
「んで、伸びている木は魔石の影響下だ。牙岩内部を参考にしてダンジョンの拡張をしていると考えれば、道路に影響がないのも頷ける。道路や道は通路、岩肌が建物、広いスペースは採取ポイント。まんまダンジョンの構造通りだな」
「なにカッコつけてんだ毛玉。んじゃここはダンジョンのど真ん中じゃねぇか。普通にモンスターが出てくるって事か」
それは、まずい。
さっきのロックウルフ。単体でも人を殺せる危ない存在だぞ?
牙岩上層だと群れがデフォだし、ダークミートやバスターカウなんかも低層でも群れて出てくることもある。
こんな飄々とした態度で説明してる場合じゃないだろうが。
「それで、ウチの署長が止むを得ないって事で、トレジャーハンター達に市民の保護を依頼したのよ。魔法具や武器の使用を認めてね。私も装備を取りに署に戻る最中だったの。車、潰されちゃったから」
坂の下を指差して、困り顔のドギー巡査。
見ると、坂の中腹に樹木に阻まれて可哀想な事になってるミニパトがあった。
うわぁ、あれで良く生きてたなドギー巡査。
「救急や消防なんかも動いてるって無線で言ってたから、町民の避難が優先されるわ。もちろん貴方達もです」
え、いやちょっと待って。
俺、帰らなきゃ。
「ドギー巡査!俺!」
「落ち着いて」
ドギー巡査が俺を抱きしめて、耳元で小さな声を出した。
「ママからさっきメールが来たの。アオイちゃんや双子達、それと弟君は無事よ。少しパニックになったとは言ってたけど、落ち着いたら貴方に電話するように言ってあるわ」
「そ、それは」
「本当よ。気休めじゃないわ」
肩の力が、一気に抜けた。
思わず腰を下ろしそうなほど脱力してしまう。
「よ、良かった……」
「あ、あの!」
日下が声を上げた。
「い、妹が牙岩の近くに小学校に通ってるんです!無事かどうか確認しないと!」
そうだ。
あそこの近くって言ったら、翔平と同じ学校のはず。
今日は午前授業だから翔平はもう帰宅できたようだが、日下の妹はわからない。
「あいつ!図書館で調べ物があるって言ってて!まだ学校にいるのかどうかも分からないんです!」
「落ち着いて、ここからなら小学校近くの公民館が一番近い避難所よ。そこまでは私たちが連れて行ってあげる。妹さんはきっと無事と信じましょう」
俺から離れたドギー巡査が、日下の頭を撫でた。
「……あのダンジョン程度のモンスターなら、装備の整ったハンターなら雑魚もいいとこだ。あそこには今は俺の兄貴達が向かってる。心配いらん」
ガサライオは手に持った筒状の物体を持ち上げた。
あれ、どう見てもバズーカだよな。
「とりあえず、ここから早く離れましょう。公民館への近道を知ってるわ」
民家脇の道を指差して、ドギー巡査は先行した。
「はい。日下、とりあえず今は先を急ごう。な?」
「は、はい」
未だ心配そうな日下の背中を押して、ドギー巡査の後を追う。
遠くに見える牙岩を一度みる。
見事に姿を変えた牙岩は、伸びた樹木に覆われていて、今や一つのあり得ないほど大きな一本の木にしか見えない。
その姿を確認し、俺は振り返って進む。
視界の端で、牙岩から飛び立つ大きなシルエットが見えていた事には、後から気づいた。





