ご町内迷宮を突破せよ!②
思い出せ!
あの時牙岩の中で対峙したロックウルフの特性を!
「グズグズしないで立てよ馬鹿野郎!」
「は、はいぃっ!」
まずはへたり込んだままの日下を怒鳴って立たせた。
あのままじゃ襲い掛かれれても対処ができない。
両手に構えた鉄製のトンボは、岩でできたロックウルフの体にぶつかった衝撃で折れ曲がっている。
乱暴に地面に一回打ち付け、少しだけ真っ直ぐになった。
「クソ……クソ! なんだってんだ本当に!」
悪態をついた所で、状況は改善するわけじゃない。
だけどこんなの、愚痴の一つも吐き捨てないとやってられない!
「あ、兄貴! アレなんですか!? どどど、どうすれば!」
「ちょっと待ってろ!」
「ひっ!」
視線はロックウルフを捉えたまま、両足を肩幅に広げて腰を落とす。
トンボを真正面に構え直し、考える。
三隈が牙岩で俺と親父に告げた情報を、できる限り詳細に思い起こす。
「日下、よく聞け」
「は、はははははい」
こちらを見ながら機を窺っているロックウルフを刺激しないように、声のトーンを落として日下に話しかける。
俺の背後にゆっくりと回り込んだ日下が、震える声で頷いた。
「あいつはロックウルフ。ダンジョンのモンスターだ。見ての通り岩でできた体をしている」
「岩、岩ってそんなバカな」
「黙れ、そして聞け。狼の姿で狼みたいに動くが、狼じゃない。岩の体が重すぎる上に関節がガッチガチだから、あんな柔軟な動きができない。だからコイツは直線的にしか動けない」
そう、それが攻略法。
体が全て岩でできているからこそ、コイツの重さは同じ大きさの狼の数十倍近い。
その上関節部分も同じ材質の岩で構成されていて、筋繊維や肉が一切無い。
だからロックウルフは、急な方向転換や急制動ができない。
さっきの飛び込みだってそうだ。
トンボによって進行方向からズラされたけど、本当の野生動物ならあの体勢から着地できればすぐに回り込んで襲いかかって来れる。
だけどロックウルフにはそれができない。
着地の瞬間、体重が一斉にその体にのしかかり、いくら踏ん張ってもそう簡単にブレーキが効かない。
これが相応の筋力や柔軟性を持って進化した生物なら、着地の衝撃を関節と筋力で殺してすぐに方向を変える事ができるだろう。
そこが付け入る隙となる。
「本来は群れているはずのコイツが単体で助かった。狙い目は体の中で一番細い後ろ足。どんな手段でも叩き折れれば、機動力が半減する」
実はロックウルフ、体の場所によっては非常に脆い。
動物ならば肉や体捌きで衝撃を吸収できるのに、コイツらはどこを取っても同じ素材でしか形作られて無い上に体を曲げられ無いのだ。
「そ、そんな事……できるんですか!?」
「できるできないじゃなくて、やらなきゃ死ぬんだよ! いいか、絶対に後ろや前に逃げるなよ? 必ず横に逃げろ!絶対にアイツから目を逸らすな。避けたら姿を捉えたまま必ず距離を取れ! 見失ったら即死亡だからな!」
そう、致命的なのは姿を追えなくなる事。
いくら重かろうと、動きが遅いわけじゃ無い。
理不尽にもコイツは狼と同様の速さを持っている。その持ち味である柔軟な動きができないのは明らかな欠陥だが、それを補って余りある一撃の威力の高さがある。
食らい付かれたら最後。岩の牙はあまりにも鋭く、簡単に肉に食い込む。
体重差がありすぎて簡単に体を引きずられ、あっという間に体勢を崩した所をムシャムシャと貪り食われる。
消化器官なんて無い癖にな!
牙岩ではアルバに借り受けた龍牙の剣のおかげで、動きにさえ注意していたらロックウルフは雑魚だった。
一度避けたら隙だらけだからな。タイミングよくバッサリだ。
でも今は龍牙の剣は手元に無い。
俺が倒れた後でアルバが回収したらしいからな。
あるのは鉄でできたトンボ一本。強度で言えば人間など容易く撲殺できるはずの凶器なのに、今は酷く頼りない。
頼むから、最後まで壊れんなよ。
「横に逃げる……横に逃げる……」
日下はブツブツと同じ言葉を繰り返している。
大丈夫かコイツ。緊張と恐怖でカッチコチじゃ無いか。
どうする。どうすればいい。
俺一人なら、もしかしたらなんとかなる。
ヒットアンドアウェイを繰り返し、タイミング良く逃げたりもできるし、ロックウルフ一体程度ならその後ろ足二本を叩き折れるかもしれない。
でも、日下には無理だ。
武器が無い。あっても立ち向かう勇気が無い。
経験が無い。知識も無い。
三隈がもたらしてくれた知識と牙岩での実戦を、日下は知らない。
「っ! 来るぞっ!!」
ロックウルフが、全身の岩を軋ませて体を屈めた。
限界まで縮めたその体は、例えるなら装填された弾丸。
充分死ねる速度の、充分死ねる重量の巨大な弾丸が、一直線に俺達へと放たれた。
「グルァアアアッ!!」
「ひぃっ!!」
「避けろ!!」
バックステップで日下のいる場所に飛び、肩を強く押して右に回避させる。
勢いに負けてよろける日下。
飛び込んできたロックウルフは、俺の肩をギリギリ掠めていった。
「こんのぉ!!」
その後ろ足を狙ってトンボを振るう。
ガチンと金属音が鳴り響き、反動で俺の腕に鈍い痺れが走った。
クソ!折れてない!
一部が欠けた。右後ろ脚の付け根に、三角形の欠損ができたのを確認した。
それでも折れるには至らない。
「い、いぃいいいっ!」
「目を離すなって言ってるだろうが!」
完全にパニックになった日下は、わき目も振らずに全速力で近くの電柱に逃げた。
あれが危ないんだ。
いくら着地が下手で急ブレーキが効かなくったって、ロックウルフの速度は速い。
体勢を立て直してからでも、人間の走る速さ程度なら余裕で追いついてしまう。
後ろを見せて逃げてしまったら、飛び込んでくるタイミングを察する事が出来ずにガブリだ。
それで詰みである。
「逃げるならアイツを見ながらにしろ!」
俺は日下が体勢を整えるための時間を稼ぐため、着地直後のロックウルフを追って横薙ぎにトンボを振った。
「ガァアアアアアっ!!」
「グッ!」
そんなに力を込めていない。
普通にぶっ叩いても効かないのは知ってるし、これはあくまで俺に注意を向けるためのアクションだ。
すぐに構え直せる程度の速度で振るい、インパクトと同時にすぐ手元にトンボを引く。
もちろん距離を取る事も忘れない。
「オラァっ!!こっち来いよ!!」
声を張り上げて俺へと意識を向けさせる。
ダンジョンモンスターは生命じゃ無い。
言うなれば擬似生命。
ダンジョンの魔石に下された命令を守り、まるで本物の生き物の様に装っているだけだ。
だから俺に意識って言い方もおかしいし、実際に俺へと矛先を向けるかどうかもわからない。
だがその行動に効果が無いわけじゃなかった。
振り返ったロックウルフはどう見ても俺をロックオンしている。
なら、今だ!
「日下! 走って逃げろ! 今ならイケる!」
俺しか見えていないなら、日下は完全にフリーだ、
「で、でも!!」
「いいから行けよ!」
電柱に辿り着いた日下は、オロオロと俺とロックウルフを見比べている。
俺は構わずに先に行けと日下を促す。
正直、居ても邪魔だし戦力になりそうもない。
あ、でもダメだ。あいつ怯えてもう動けそうに無い。
牙岩での親父のフォローが懐かしいなぁおい!
「グルァァァァっ!!」
「来いよゴラァ!」
己を鼓舞する為にわざと声を張り上げる。
日下はまだ電柱の裏でオロオロとしている。
それを逐一確認しながら、避けては打ち、距離をとっては構え、避ける。
神経がギリギリと細く捻られていく。
一瞬でも気を緩めたら、俺は次の瞬間に地に伏せられて只の肉塊になる。
何度も避け、何度も打ち、何度も振るい、何度も距離を取る。
「あ、兄貴ぃ」
「はっ! はっ! ま、まだ居たのかお前ぇ」
逃げろってば。
息も荒くなってきた。
実際、大した運動をしてるわけでも無い。
運動量なら体育授業の開始10分より少ないはずだ。
俺を疲弊させているのは、緊張感に他ならない。
当たり前だ。命を賭けている。
俺たち二人が逃げて助かるなら全力で逃げよう。
だけどこのふざけた岩の塊は簡単に俺たちに追いつくだろうし、俺と日下では身長差や体力や筋力も関係してその速度が全く違う。ここに来るまでのゆるい併走じゃなくて、全力疾走なら日下を置き去りにしてしまう。
日下はきっとダメだ。
俺が逃げ切れるということは、日下が喰われてるって事になっちまう。
すでにトンボは原型を成してない。
イナズマ型のようにジグザグに曲がり、やがて折れてしまいそうだ。
マズイ。
ジリ貧だ。絶体絶命だ。
ここから挽回できるイメージが涌かない。だが。
「ハァ……ハァ……風待薫平は……風を待つ」
冷静だ。
普段からそうあろうと意識してるじゃねぇか。
こんな時こそ、考えられる全ての可能性を必死に悪い頭で精査するんだ。
「グゥウウウ……」
ロックウルフは余裕そうに唸り声を出しながら、もう何度目かわからない屈んだ姿勢を取る。
「風の……薫りを、嗅ぎ取って」
落ち着け、息を整えろ。
「いつだって」
こんな意味のわからない状況で、死んでたまるか。
「何処だって」
ジャジャとナナを残して、死んでいいわけ無いだろ。
「飛びたい時に!」
ロックウルフの前足に力が込められ、俺の体が反応する。
「ビュンと!」
「グァァァァァァッ!!ゲペッ!!」
吹っ飛んだ。
俺がじゃない。
ロックウルフがだ。
その体を木っ端微塵にバラバラと、巨大な赤い発光体にぶつかって真横に風を切って飛んで行った。
「へ?」
折れ曲がったトンボを振るおうとした姿勢のままで、俺は固まる。
「あ、兄貴?今、何を」
え?
いや、俺は何も。
「無事か坊主ども!」
坂の下から、野太い声が聞こえてきた。
振り返り声の主を探す。
「モンスター相手に何やってんだ!さっさと避難しろよ!」
それは、見覚えのある姿だ。
下品な金色のダウンジャケットに、顔を隠すほどの巨大な赤いファー。
2mはあろう巨体。
フサフサのたてがみ。
肩に構えているのは細かい文様と不思議な装飾の施された大きな筒状の物体。
「俺はトレジャーハンターだ!お前らを近くの避難所まで」
「お、お前! お前! おまえー!!」
思わず指を指してしまった。
なるほど! なるほど!
そんな可能性もあったか!
てっきりもうこの町に居ないもんだと思ってたぜ!
この騒動も、こいつらの仕業だな!?
根拠も証拠も確証も無いけどきっとそうだ! そうでなきゃ困る!
「うお!? 何だ!? 何だよ!?」
俺に指を指されたもんだから驚いて一歩引きやがった。
「ガセライオン!!」
「ガサライオだ! じゃねぇ! なんで俺の名前を知ってやがる!」
ジャジャとナナの卵を盗んだ誘拐犯。
獅子族のガサライオがそこに居た。





