ご町内迷宮を突破せよ!①
校舎の玄関を潜ると、思わず足を止めてしまった。
さっきまではグラウンドだった筈の場所に出た俺達を待っていたのは、複雑に絡み合う樹木で形作られた森だ。
太い幹が縦に横に斜めにと縦横無尽に敷き詰められ、5メートル先ですら正確に把握できない。
大量の葉っぱが行く手を遮り、巨大な花弁を持ったドギツイ色の怪しい花が至る所で存在感高めに咲いている。
近隣の高校に比べて大きめだった我が校のグラウンドが、今や緑に覆われた立派な樹海と化している。
「校門は向こうですよね?」
怯えの含む声を出した日下が、俺の後ろで呟く。
無言で頷き、周りを見渡した。
玄関前にあった円形の花壇の横に、グラウンド整備用の鉄製のトンボが置いてある。
細長い板が先端に取り付けられた、地面の土を綺麗に慣らす為の道具だ。
多分昼休みに自主練をしていたサッカー部が、慌てて放置していったのだろう。
「日下。一応あれ持っとけ。何があるかわかんねぇから」
「は、はい」
小走りで花壇に近づき、トンボを両手で掴む日下。
それを見届けた俺は、ゆっくりと樹海を進む。
「た、助けてぇ」
頭の上から声がした。
ビックリして思わず身構えたが、見てみると其処には一人の女生徒が居る。
「ヒック、あの、お願い……助けてぇ」
女生徒は植物の蔦に身体中を絡みとられ、逆さにぶら下がっていた。
「そして見ないでぇ」
うん、あの、ごめん。
もう見えちゃってるんだ。
多分一年生なんだろう。まだ垢抜けない顔をした、黒いロングヘアーの牛族の女の子だ。
年齢にそぐわない大人ぶった黒い下着が、重力に従順に従ったスカートのせいで丸見えである。
「……すぐ下ろすから。ごめんな?我慢してくれ」
「あ、あのあんまり見ないようにするから」
いつの間に追いついていた日下が、恥ずかしそうに女生徒に告げる。
「ふぇぇ……」
静かに力無く泣きながら、女生徒は諦めて首を振った。
女生徒を下ろす。
近くの枝を足場にして女生徒の体を支え、蔓を一つ一つ気をつけながら力任せに引きちぎる。
しばらくして女生徒は無事に地面に降り立つことができた。
安心したのか涙をポロポロと零し、顔を覆っている。
「あのさ。ほら、校舎の中は大丈夫だから」
慰め方が、わからん。
「ふえ、ヒック、なんで私だけぇ……花壇にお水あげてただけなのにぃ」
「ご、ごめんな?」
「わ、忘れるから!ボ、オレって物覚え悪いし!」
助けた筈の俺達が謝ってしまった。
クラスの成績上位の日下が、物覚えが悪いわけないんだけどな。
なんとか泣き止んだ女生徒が校舎の中に入っていく。
同時に中から先生達の姿が現れた。
「いくぞ日下。早くしないと先生達に止められる」
「はい」
先生達は四人も居るんだ。
さっきの女生徒みたいに逃げ遅れたヤツがいても、あの人数なら大丈夫だろう。
道を塞ぐ葉っぱや枝をかき分けて先に進む。
太陽が見えないから、樹海の中は薄暗い。
助かるのは地面がしっかりと整地されて居ることか。
これが本物の森なら足元は柔らかい土で、きっと歩きづらかっただろう。
「あ、兄貴。ちょっと待って」
「急げ日下。はぐれるなよ?学校で遭難とか笑えないからな?」
だけど、今の状態ならあり得そうだ。
校舎入り口から校門まで、そんなに離れていない筈。
なのに周囲が全く見えないおかげで、今の位置関係を把握するのが大変だ。
枝と枝の隙間から見える、校舎の壁が唯一の頼りだ。あれがなかったすでに方向を見失っている。
それほどこの森は密度が高い。
「着いたか?」
「着きましたね」
10分弱の時間をかけて、ようやく校門の前にたどり着いた。
なんで学校から出るのに10分もかけなきゃならんのだ。
鉄製の大きな門は開けられたままだ。グルグルと蔦に巻き取られて居る。
後ろを振り返って、校舎を見る。
木々に邪魔されて姿がさっぱり見えない。
あの短時間でこの状況になるのか。一体何が起こってるんだよ。
「あれ?道路はそんなでもないですね」
校門を恐る恐る潜ると、学校前の2車線道路に出る。
道路を挟んだ向こう側のコンビニや建物は木々に覆われてるが、道路にはそんなに無い。
律儀にも道路を避けるように、まるでアーケードの天井みたいに樹木は道路の上を覆っている。
コンビニを見ると、十数名の買い物客がザワザワと騒ぎながら店内に避難していた。
「なんか知らないけれど、これで移動はしやすいな」
とは言っても、完全に樹木がないわけでは無い。
数本ほどはぐれた樹木が道路を横断したりしていて、車が太い枝で潰されてたりも。
「……なんで建物は無事なのに、車は壊れてるんだろう」
「考えてもわからんし、今はそれどころじゃ無い。行くぞ日下」
「は、はい」
いつもならバスで通り過ぎる道路を走る。
歩道側は樹木が邪魔をして通りづらいから、車道の真ん中を堂々と通っている。
道行く途中で、何人か通行人とすれ違った。見た感じ、怪我人は出ていないようだ。
「こ、ここらへんが田舎じゃなかったら大変でしたね」
「こんな騒ぎじゃ収まらないだろうな」
俺たちの高校は、この町でもあんまり栄えて無い場所にあったからな。
建物と建物の間隔は田舎らしくかなり離れているし、登校や下校時間でも無い限り歩いている人は殆ど居ない。
高校と2件あるコンビニしか目立つ建物もないから、車もそうは通らない。
これがバスで30分ぐらい行った駅前だったら、もっとマンションや雑居ビルが立ち並んでいるし、人も多い。
あそこまでこの木々達が侵食して居るなら、今頃は大騒ぎだろう。
丘陵地が多いこの町は、大小様々な坂がかなりある。
今俺たちが走っているのも、ここら辺じゃ一番急な坂だ。
樹木の数は坂の頂上に行くほど少なくなっていて、やがて頂上にたどり着くと辺り一面を見渡す事ができた。
「……やっぱりというかなんというか、牙岩に近づくほど深くなってるな」
「はぁ、はぁ、見える限りだとっ、もう森と変わらなさそうです……ねっ」
肩を上下に揺らして、日下は荒い息を吐いている。
「大丈夫か?」
「は、はいっ。兄貴は、平気そうですね。さすがです」
平気って訳でも無いんだけどな。
多分お前の体力が無さすぎるだけだ。
「ん?」
坂の下から、何かが物凄い勢いで近寄ってくるのが見えた。
「んんっ!?」
なんかアレ、見覚えがあるんだけど。
やばい、もし俺の知っているアレなら、とてもヤバイ!
「日下!逃げろ!」
「え?」
キョトンとした顔で俺を見る日下。
駄目だ。こいつ何も察してない。
もうじきヤツはここに来る!もう時間が無い!
「それ、貸せ!」
「うわ!」
日下の手から鉄製のトンボを奪い取り、勢いよく突き飛ばした。
そのまま力任せにトンボを振り回す。
「グッ!」
鉄製のトンボは甲高い音を立てて、勢いよく飛び込んできた硬いソレにぶつかって跳ね返る。
「グルゥルルルルルル!グラァアアアア!」
「う、うわあああ!?」
日下の悲鳴と、ソレの雄叫びが空気を裂く。
俺はぶつかったトンボの勢いに負けて体勢を崩してよろける。
片手を地面につけて、無理矢理姿勢を正した。
慌てて首を上げ、探す。
ソレは俺の背後に着地して居た。ガチャガチャと音を立てながら、動きだけはやけに柔軟に見える。
ソレから視線を逸らさず、衝撃で歪んだトンボを構えて深く息を吸う。
「うわ、うわ」
「早く逃げろ馬鹿!」
突き飛ばされたまま地面に尻をつけている日下はジリジリと後退して行く。
俺は大声で叱り飛ばした。
「グゥウウ!!」
呻り声を上げて、牙岩ダンジョンに生息するモンスター、岩の体を持つ獰猛な獣、ロックウルフは俺から距離を取った。





