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閃光のお昼休み⑤

 

 その光は、とても強い物だった。

 窓から視線を逸らしていた俺にですらホワイトアウト現象を起こすほどだ。


「きゃっ!」


「うわっ!」


「何だ何だ!?」


 教室にいる生徒達が驚きの声を上げる。


「まぶしっ!何が起きた!?」


 俺も同様に声を上げた。

 思わず目を瞑ってしまう。


「目が!目が!」


 日下の叫びが聞こえてくる。

 何回もまぶたをこすり、暫く経ってようやく目を開ける事ができた。


「何だよ今の……」


「あ、だんだん見えてきた」


 椅子を引いて勢い良く席を立ち、窓へと急ぐ。

 一度振り返って日下を見ると、床に尻をつけてまばたきを繰り返していた。


「な、何よあれ」


 窓際に居た数人の女生徒の内、一人が外を見てつぶやく。

 俺はその隣の空いているスペースへ入り込み、窓から身を乗り出して外を伺う。


「はぁ……?」


 高校から見える町の景色は変わりない。

 数件の高層マンションと、多数の一軒家。

 大部分を占めるのは田畑で、三筋みすじの細い川と所々にある小高い山。


 だが一点だけ、一目で分かるほどに変容を遂げた物がある。


「き、牙岩だ……よな?」


 我が家の裏手にそびえ立つ、推定100メートルの逆三角形の一枚岩。

 ダンジョンを内包する、この田舎町のシンボルとして有名な牙岩が、元の大きさの倍以上に大きくなって居た。

 岩がそのままサイズアップしている訳じゃない。

 遠目からは見る限りでは、緑。

 さっきまでは茶色の岩肌を露出して居たのに、今はその全てが緑に覆われている。


「あぁ?」


 変貌した牙岩を見続けていると、一瞬グニャリとその姿が歪んだ。

 いや違う。

 あれは歪んでいるんじゃなくて、『増えて』いるんだ。

 増える箇所がバラバラだから、この距離で見ると歪んでいるように見えているだけだ。


「あれは……木?」


 ここからじゃ遠すぎてよく分からないが、緑色の正体は多分植物だ。

 極小の緑色の粒が、牙岩だった物の周りに舞っている。おそらくだけど、あれは葉っぱだよな?


「キャーーー!!」


「に、逃げろー!!」


 この教室は微妙な扇状になって居て、教卓から近い席から一つづつ段差ができている。

 その最上段、一番後ろの窓際の席に居る、最近付き合い出した獣人カップルが悲鳴を上げた。


「こっちに来るぞ!!」


「に、逃げるって!」


「どこに逃げれば良いのよ!?」


「速いぞ!もう駄目だぁ!!」


 窓際にいる生徒からも、次々と混乱の悲鳴が出て来る。

 俺も窓の外を見ながら、口を全開にしてその光景を見ている。


 硬い物同士を擦り合わせたかのような不快音と、風を切る音が聞こえて来た。


 それは、牙岩と思われる緑の巨大な物体の方向からだった。


 異常なスピードで、大量の樹木が伸びてきているのだ。

 逃げる間も無く、それはすでに校門前のコンビニを飲み込み、グラウンドでグルグルと渦を巻いたのち校舎に覆いかぶさった。

 殆ど一瞬の出来事で、開いた口が更に広がる。


「何だよ……これ」


 口に出した疑問が全然解明しない。

 細い枝から太い幹、大小様々な樹木が次々に押し寄せてきていて、すでに窓から外の景色は見えなくなっている。

 校舎に沿うように、まるで流れるように樹木は伸びていく。

 太陽が遮られ、教室内は蛍光灯の灯だけとなった。


「嘘……何がどうなってるの?」


「け、けいさ…つ?」


「警察なのこれ」


「警察じゃ、ないんじゃないかなぁ」


 ここまで意味不明だと、もうみんな逆に静かになった。

 呆気に取られた顔で窓を埋め尽くした樹木の枝を見ている。


『本校の生徒全員に告ぐ!校長である!担任教師が教室に到着するまで、皆着席しておれ!良いな?決してパニックを起こさず!大人しく良い子にしておれよ!?教職員はただちに職員室まで集合!本日の生徒指導担当の先生方は校舎内と部室棟、体育館とグラウンドに居た生徒を保護して回ってくれ!後に増員を送る!』


 生徒全員の肩がビクリと揺れた。

 教室前方の両端に取り付けられたスピーカーから、野太い声が爆音で響いた。

 窓ガラスがその音でビリビリと音を立てて震えている。


「い、今の校長先生?」


「せ、席で待ってれば良いの?」


「そりゃ、外に出てもさぁ」


「そ、そうだよな?」


 周りを見ると、生徒達はお互いの顔を見合いながらゆっくりと自分の席へと戻って行く。

 その顔から疑問の色は落ちていない。

 おそらくどうして良いか分からないから、とにかく指示に従って動いているのだろう。

 俺は何故か動けず、もう一度窓の外を見て立つ。

 見えるのはガッチリと絡み合った樹木の枝や幹のみで、外の様子はもう伺えない。


「……っ!家っ!」


 窓際で呆けて居たら、脳裏にアオイと双子達や翔平の姿が思い浮かんだ。

 慌てて学ランの内ポケットからスマートホンを取り出し、画面を操作して家の電話番号をタップする。

 急いで耳に当て、コール音を待った。

 短いコール音が、断続的に鳴り続ける。


「………おいおい嘘だろ。出ろって、アオイ。頼むから電話出てくれ」


 牙岩があった方向を睨みながら、コールし続ける。

 焦れに焦れて、空いた左手で窓枠を強く握ってしまった。


 我が家はこの町で一番牙岩に近い場所にある。

 近いと言っても直線距離で500メートルは離れているけれど、さっきの牙岩の様子を見る限りその距離は安心して良い距離じゃない。


「頼む……無事で居てくれ……頼むっ」


 靴のつま先で地面を何回も叩く。

 出ない。何でだ。アオイ、ジャジャとナナと一緒だよな?

 買い物とか出てないだろ?

 暫くは俺が居るときじゃないと出れないって俺言ったよな?あれ?伝えた、筈だよな?


 今の時間だったら、ユリーさんも居るはずだ。

 翔平はもう家に帰れてんのか?

 まさか、寄り道なんてするヤツじゃない。家に居る筈だ。


 数回のコールの後、留守番電話の自動メッセージに切り替わった。

 ゆっくりとした機械的な声が、今の俺には癪に障る。

 やがてメッセージは録音を促す音声に変わり、長い電子音で録音の開始を告げた。


「アオイ!薫平だ!あとでもう一回電話するから、絶対出てくれ!翔平が帰ってきたら家から出るなと伝えて欲しい!すぐに帰る!」


 録音開始と同時に大声で伝言を吹き込み、ほぼ同時に窓から離れて教室の入り口へと足を向けた。

 ゆっくりと動くクラスメイト達を手で押しのけ、机をジグザグと避けながら入り口の扉に辿り着いた。


「か、風待君!どこに行くんですか!?」


「家に帰る。どいてくれ」


 扉の前に、日下の幼馴染である学級委員長のリーナが立って居る。リーナ・メイルと言う名の、佐伯と同じ短毛三毛猫族(みけねこぞく)の女子だ。

 まだら模様の髪を肩口で揃えた、眼鏡を掛けた真面目なヤツだ。


「だ、駄目です!校長先生の放送、聞こえなかったんですか!?先生が戻るまでは……」


「メイルさん。俺、今、余裕、ない。頼む。どいてくれ」


 話を遮って、纏まらない思考のままに片言で告げる。

 焦る気持ちが精神の棘を鋭くしていく。


「だ、駄目です!こんな時こそ落ち着いて行動しなきゃ、みんなが危ないんですよ!?」


「俺の家は牙岩のすぐ近くだ。家族が家にいる。帰らなきゃならない」


 分かってる。言ってる事はド正論で、本来なら返す言葉も無い。

 だけどその正論には、今は従っている場合じゃない。


「し、心配なのはわかりますがどうか落ち着いてください。お願いします。ね?」


「悪い。本当に急いでるんだ。あとでちゃんと謝るし、何なら殴ってもらっても構わない」


 即断、即決。


 俺はメイルを避けるように、大股で体を横にスライドした。


「あ、兄貴ストップ!」


 日下の声が聞こえてきたが、無視して息を大きく吸い込み、腹に力を込める。

 そのまま、体重を全力で乗せて押し出すように思いっきり扉を蹴った。


「フンッ!」


「ひっ」


 メイルの口から短い悲鳴が出た。

 反射的に体を抱えて反対方向へ飛び退く。


 扉は激しい音を立てて廊下に吹き飛んだ。

 二枚あった木製のそれは、廊下側の壁に激突して大きな破片となって割れる。


「本当にすまん」


 短く告げて、俺は足早に廊下に出る。

 視界の端には怯えた表情のメイルが床に尻をつけてヘタリ込む。


 構わずに階段に急ぐ。廊下にはまだ数人の生徒が居て、何事かとこちらを見ている。

 関係ない。どけよ。邪魔すんな。

 本気で睨み付けると、慌てて道を開けた。

 ありがとう。

 内心でお礼を言いながら、廊下を進む。

 早足だった歩みは次第に駆け足になり、気がつけば走り出していた。


「兄貴!」


「何してんだお前!戻れよ!」


 階段への角を曲がろうとしたら、後ろから日下の声がした。

 振り向かずに大声で返事をする。


「ぼ、俺も行きます!妹が、雛が牙岩の近くの小学校に通ってるんです!あいつ、今日は昼に終わるけど図書室で調べ物するって!」


 クソ。

 俺と同じような理由じゃねぇか。


「悪いけど!お前とその妹を気遣う余裕なんて無いぞ!」


「分かってます!でも、俺はお兄ちゃんですから!」


 階段を駆け下りながら、俺たちはほとんど怒声で会話をしている。


「付いてくるのは勝手だけど!お前の身はお前で守れよ!」


「は、はい!」


 やがて校舎の入り口が見えた。

 その先も樹木の枝で塞がれているが、何とか通れそうな隙間がある。


「いくぞ!遅れんな!」


「はい!」


 俺たちは勢いよく外に飛び出した。


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