閃光のお昼休み④
綺麗に食べ終わった弁当の包みを持って、階段を登る。
後ろからは日下がトテトテと急ぎ足で付いて来ていて、リズムの良い足音が響いていた。
「いつも思いますけど、兄貴は食べるの早いですね」
「あぁ」
別に、特別早いわけじゃないんだけどな。理由としてはお前がいるからだ。
人が翔平の手作りの弁当を美味しく頂いている横で、あんまり好みじゃない話題をペラペラペラペラと喋るもんだから、さっさとお昼を終わらして席でふて寝したくなるんだよ。
「それで、さっきの話の続きなんですけど。どこの高校の不良から倒していきます?」
「あのさぁ」
この都合の良い勘違いは何なんだよ。
日下の中での俺は、『孤高のワルで硬派で寡黙、人知れず悪漢供を成敗する闇の仕置人』みたいに仕上がっている。
ダークヒーローまっしぐら。
「毎度毎度、訂正するのも馬鹿らしくなって来たけど、もう一度言うぞ?俺は別に好き好んで喧嘩してる訳じゃないし、率先して争いに巻き込まれようとも思っていない。どっちかといえば平穏な日常を望む温厚な男なんだよ」
たとえそれができてなくともな。
今の俺の環境が普通じゃないことは勿論理解しているし、後悔してる事はいっぱいあるが、全部納得済みだ。
過去の喧嘩だって、自業自得な部分も大いにある。
だからこの町に引っ越して来た時に、できるだけ喧嘩をしないようにとひっそりと自分に誓ったんだ。
「はい!わかってます!そう言う事ですよね!」
「お前、実は俺の事からかってない?」
絶対わかってない。もうそのキラキラした目がそれを物語っている。
階段を昇りきり、到着した二年の教室は本校舎三階、一番上だ。
お昼休みも中頃だから、廊下には多くの生徒が各々楽しそうに会話をしたりふざけあったりしている。
小脇に弁当の包みを抱えて、ポケットに両手を突っ込んで廊下を歩く。
「……見られてんな」
俺の姿を見るや、生徒達の目つきが変わる。
怯えを含んだ者や、奇異な視線を送る者。
意図は様々だが、通り過ぎる殆どの生徒が俺と日下を見ている。
「兄貴は目立ちますから」
「お前もな」
高身長の目つきの悪い俺と、低身長の改造制服に身を包んだ金髪リーゼント。
絵に描いたような凸凹コンビだ。
そりゃ注目されるよなぁ。
「今度、妹に会ってあげてください。引っ込み思案でオドオドするヤツですけど、あの日の事でお礼を言いたいって珍しく自分から言って来たんですよ。何でも弟さんにも世話になったとか」
「翔平が?」
あぁ、そういえば。
あのバザーの時、泣かされてる女の子を最初は翔平に預けたんだっけか。あの時の事か。
「別に、礼を言われるような事じゃないよ。事実あの後駆けつけて来た警官に押さえつけられたの、俺の方だし」
沢山の目撃情報で事実が明らかになるまでは、俺が暴れた犯人だと思われてたからな。
もう少しで署に連行される所だった。危ない。
「それでもですよ。助けてくれたのは確かなんですから」
「まあ、気が向いたらな。弟にもそれとなく伝えておくわ」
手のひらを軽く降って、話題を終わらせる。
そう言えば、翔平達小学生は今日は午前授業のみでもう帰宅しているんだっけか。
まっすぐ帰っていたらもう家に着いた頃かな?
あの日の事は俺にとって思い出したくない事件の一つだ。
暗黒の中学時代の始まりだったからな。あれが無ければ今頃、仲の良い友達の一人や二人ぐらいできていた筈だ。
きっとそうだ。
俺達の教室に辿り着く。
扉を開けて中に入ると教室内が一瞬静まり、主に女子からの視線が一気に集中した。
はいはい、俺のご帰還ですよ。
もう半ばヤケクソだ。
これは今までの経験上で分かった事だが、女子に嫌われたらその一年間は絶望的だ。
俺だって何もして来なかった訳じゃない。何とか友人を作ろうとした時期も確かにあるのだ。
キョドりながら吃りながら、なんとか会話やコミュニケーションを取ろうと必死になった時期が。
大抵は最初期こそビビられるものの、暫くすると調子の良いヤツとかコミュ能力の化け物みたいなヤツが話しかけて来るようになる。
嬉しすぎて調子に乗ろうとした矢先、そいつらは女子からの忠告や避けられ始める事を恐れて、光の速さで俺から遠ざかって行くのだ。
性別の違い故に、共通の話題が無い事も悪い。
女子が好みそうな会話が、一切できないのだ。
だから自己弁護も満足にできず、俺の印象は悪くなる一方。
女子内の話題は驚くべきスピードで伝わっていき、そして伝言ゲームとは徐々にその姿を変えて伝わっていくもの。
身に覚えの無い悪行や、覚えの無い事件が次から次に作られていく。
さらには男子特有の頭の悪そうな誇張までプラスされていき、俺の名前は実体の無い怪物のように成長していく。
もうそうなったらお手上げである。俺一人が太刀打ちできる手段なんか残されていない。
この町でも、きっとそうだ。もはやパターンに入ってしまった。
無限コンボだ。ガード姿勢を取る暇も無く、俺は只々悪評という重い一撃を受け続ける事しかできない。
要するに、この高校での二年間がすでに終わった事が確定したのだ。
南無。
「よっと」
弁当を机の上に置き、椅子を引く。
教室内は次第にワサワサと喧騒を取り戻していき、活気が戻る。
「兄貴、喉乾きません?」
「いらんぞ。必要になったら自分で買うから」
「いつでも買いに行くんで、気軽に仰ってくださいね!」
会話しようよ日下君!お前とちゃんと話が通った試しが無いんだけど!
呆れながら椅子に座って窓側を見る。
一番端の廊下側の席だから、あんまり景色は良く無い。
グラウンドに向けられた窓の外には、小さく牙岩が見える。
内部にダンジョンを持つ、推定100メートル程の逆三角形の巨大な岩。
大地に突き刺さる牙に似たその姿から、『牙岩』と呼ばれ親しまれたこの田舎町のランドマークだ。
我が家の裏手の森の奥深くに存在し、アオイとその母ユールが長年を過ごした龍の巣がある。
だが今はもう、その巣の中には何も残っていない。
ドギー巡査が伝えてくれた、トレジャーハンター協会による大規模調査団の調査開始がもうじき迫って居るからな。
親父やアオイと一緒に、荒らされる前に全て片付けてきたのだ。
龍と言う、実在するもののその実態が明らかにされていない生物。
彼らトレジャーハンター協会だけじゃ無く、いろんなヤツらが龍を狙って居る。
その血を飲めば強大な力が得られると噂され、その卵を食せば不老不死になると言い伝えられ、龍が溜め込む宝石は最上級の価値を持ち、その皮膚や肉には様々な超常の効果が宿って居る。
そんな与太話が、世界には溢れている。もちろん、ほとんどがでまかせだ。
否定できない部分も確かにあるが、そんな伝承や伝説が間違っている事はアルバやアオイから伝えられている。
だけど彼らは、それを信じてアオイやジャジャやナナを狙って居るのだ。
彼らには、龍はとっくに引っ越したと思わせることにしている。
ファンタジー系や神話や伝説に詳しい、我らがブレインこと三隈曰く『実際に過去に目撃された龍が、その後も同じ場所に巣を構えていたことは無い』そうで、もともと巣の中にあった家具なんかは我が家に運び入れ、アオイの力によって内部を少し荒らしてきた。
これで龍は『卵を狙われた事に焦って、慌てて引っ越していった』と言う偽装になるはずだ。
調査期間中は、かわいそうだけどアオイや双子達は滅多に外出できない。
ドギー巡査の知る限りだと、その期間は2ヶ月ほどだそうだ。
長いなぁ。本当に迷惑だ。
一応、親父が休みの日に車を出してもらって、町から離れて遊ばせようと企画している。
週に一度か二度しか家を出れないなんて不憫だから、目一杯楽しく過ごしてもらおうと翔平とプランを構築中だ。
「牙岩、確か兄貴の家の近所でしたっけ」
「ん?あぁ、まあな」
「遠くから見た事はあるんですけど、あまり近くで見た事は無いんですよ。ちょっと前まではダンジョンがまだ生きていて、この町にも沢山のトレジャーハンターの人達が居たそう何ですけど」
「へぇ」
知らないふりをする。
俺、実はそのダンジョンに入った事あるんだ。などとは口が裂けても言えない。
ライセンスを持たない一般人が、協会管理のダンジョンに潜ることは犯罪だ。罰金刑か実刑も有りうる。
『牙岩』ダンジョンは希少鉱石と特殊薬効成分のある薬草を基本とした採取型ダンジョンで、今はもう殆どが取り尽くされて出涸らし状態である。
あそこにあるダンジョンを構築する魔石が充分な魔力を補充できれば、その鉱石や薬草も自然と回復するそうだが、日本はもともと魔力の薄い地域だ。
各地にある数十点ほどの魔力濃度の濃いポイントにある物なら、もっと大規模で深いダンジョンになるそうだが、この町はそれほどでも無い。
それに牙岩にある魔石はかなり小さいそうなのだ。その大きさや種類で貯蔵量の違う魔石は、大体がサイズによって構築されるダンジョンの規模が決まるらしく、牙岩は国内にある中でも小さめのダンジョンとなる。
「まぁ、森の深いところにある場所だしな」
「そうですよねぇ」
なんとか知らない振りを通し、会話を終わらせる。
これ以上続けたらボロが出そうだ。
もう一度、遠くに見える牙岩を眺めた。我が家は見えないが、牙岩は存在感強めにそこにある。
もう行く事もないんだろうなぁと思いながら、視線を弁当箱に戻した。
その時だった。
一瞬、窓の外が真っ白に染まった。





