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閃光のお昼休み③

 

 そう、全ての歯車が狂ったのは、おそらくこの日下くさかのあの一言が原因なのだ。

 いや、多少自己紹介に失敗したぐらいでこんなにクラスからハブられるわけ無いしな。きっと。おそらく。

 そうでなきゃ、俺立ち直れない。


 あの『端午たんご節句せっくの昇りごい』と言う、俺の二つ名。

 実に嫌な響きの言葉だ。


 この名前の所為で無駄な争い事に巻き込まれたり、人に避けられたりと、とにかく良い目にあった事が無い。


 その名前が呼ばれ始めたのは、今から三年前。

 俺が中学二年に上がりたての、5月5日。まさしく端午の節句、子供の日の事だった。


 小学校時代の悪名が響きはじめて、ご近所に噂される俺の印象が徐々に悪くなった頃。

 翔平にせがまれて町内会の催しである『こどもの日バザー』と言うイベントを手伝うことになった。


 特別大きなイベントってわけじゃ無い。

 子供の日という祝日にかこつけて、不用品を持ち寄って売りに出そうと言う軽い物だ。

 主役の男の子達の為に鯉幟こいのぼりを上げて、柏餅やちまきを振る舞うのがどっちかと言うとメインだった。


 近所の保育園や幼稚園の子ども達が自作の鯉幟をたくさん作り、年上である俺達が公園に飾りつけ、ポップな音楽を流してみんなで遊んだりといったライトでアットホームなイベントだ。

 風待家も1週間ほど準備に時間をかけた。親父は仕事で出席できなかったものの、翔平の為に二人で結構出来の良い鯉幟こいのぼりと新聞紙の兜を作ったりと、イベントを楽しんでいたのだ。


 イベント当日も、翔平は恥ずかしそうだったがまんざらでもなく、学校の友達と一緒に大いにはしゃいでいて、俺もそれを見て少し嬉しかったのを覚えている。

 翔平に作ってやった新聞紙の兜はとても好評で、他の子たちに『僕にも』『私にも』とせがまれてせっせと新聞紙を折に折ったりなんかしていた。

 事件はそんな時に起きた。


 酒に酔った素行の悪そうなチンピラ集団が、突如会場に乱入してきたのだ。

 バザー客に絡んだり、ナンパをしたり、父兄に罵声を浴びせたりとやりたい放題の連中で、会場は暗いムードに包まれていた。

 俺は小さな子供達を避難させようと会場内を歩いて、一人の女の子の泣き声を耳にした。


 栗色の髪が可愛らしい、翔平と同い年ぐらいの女の子の鯉幟こいのぼりが、チンピラの一人によって踏みつけられて壊されていたのだ。

 慌てて駆け寄って女の子を抱き上げ、チンピラに抗議した。

 ここでやめときゃ良かったんだ。


『良い大人が、子供の物取ってんじゃねぇよ!』


 確かそんな感じの事を言ったはずだ。

 当時の俺は中学生にしては背が高く歳より上に見られる事が多く、そして荒んでいる時期だったのも悪かった。


『あぁ!?手前ぇ何処の高校だ!?誰にモノ言ってやがる!!』


 そんな三流の悪役じみたチンピラの発言で周囲の仲間が集まり始め、ついには喧嘩を売られてしまった。


 怒りで茹だった俺は女の子を近くの大人に預け、その喧嘩を見事に安値で買ってしまう。


 チンピラ独自のネットワークにでも広めたのか、最初は7人程度だったチンピラ供が仲間を呼んで15人ぐらいまで膨れ上がった。

 人数の不利を即座に悟った俺は、近くにあった鉄のポールに括られた鯉幟こいのぼりを武器に大立ち回りをし、あろう事か勝ってしまう。


 ここで俺の悪い癖が爆発する。

 そう、やりすぎたのだ。


『子供達に謝りやがれ!!』


『す、すみましぇん!!ごめんなさい!!』


 倒れたチンピラは立てなくなるまで打ちのめし、逃げるチンピラは泣くまで追い込み、頭を下げるチンピラにはこれでもかと踏んづけた。


 その光景を見た子供達は泣き叫び、その声で俺はようやく、自分のしでかした事に気づく。


 後に残るは嗚咽をあげてしゃくり泣くチンピラ集団と、自分の血とチンピラの返り血に染まった俺と鯉幟こいのぼり

 地獄絵図である。トラウマ物だろう。


 翔平はそんな俺を見て呆れた溜息をつき、大人たちは子供を背に隠した。


 そうして、『端午たんご節句せっくの昇りごい』という、悪鬼が爆誕した。


 その悪名は近隣の不良達に瞬く間に伝播し、名を上げようとする腕自慢やその名をお気に召さない先輩方との仁義なき無駄の極みな争いが始まったのだ。


 周囲を巻き込んだ襲撃や待ち伏せ、恫喝や恐喝、強請ゆすたかり。

 俺に対する不良どもの手練手管はバリエーション豊かで、その努力を是非とも社会貢献に回して頂きたかった。


 それはつい最近あの街を引っ越す直前まで行われていて、ようやくあの不名誉な二つ名を知らない場所に来たと胸をなで下ろしていたのに、この野郎……。


「どうかしました?兄貴」


「……なんでもねぇよ馬鹿野郎」


 翔平の作ってくれた弁当を広げて、校舎横の人気ひとけの無いベンチで食べている。

 そこはあんまり日光の当たらない場所だ。

 部室棟と校舎の隙間。アスファルトがキチンと整地されておらず、その上埃っぽい。


 なんでこんな最悪な立地で昼食を食べているかと言うと、主に目の前でヤケにファンシーなピンクの弁当箱を広げている日下のせいだ。


 自己紹介の翌日から目を輝かせて俺について周り、『舎弟にしてください!』などとのたまった。

 断固として拒否したが諦めず、今月初めには何を思ったのか髪を金髪に染めて現れ、みんなの度肝を拭いてみせる。

 先週ぐらいからリーゼントをキメだし、学ランを三つボタンの短ランに改造し、ツータックのボンタンまで履いてくる始末。

 完全に、俺をヤンキーだと思ってやがる……。


 なんでもあの日助けた女の子はコイツの妹らしく、日下もあの場に居たらしいのだ。

 親戚の家に行ったついでにあのイベントに参加した所、騒動に巻き込まれたとかなんとか。なんて間の悪い……。


ひなが泣かされてるのに、僕は一歩も動けず、お兄ちゃんなのに助けてやれませんでした。その時現れた兄貴はすっごい男らしくて!僕もあの人みたいにワルでも正しく強い男になろうって、ずっと思ってたんです!そしたら、兄貴がこの学校に転校して来たじゃ無いですか!これは、チャンスなんです!兄貴!どうか僕、いやオレをいっぱしの正義のワルにして下さい!』


『ワルじゃねぇし、正義のワルの意味が解らないのでおとといきやがれ』


『う、うす!』


『うす!じゃねぇんだよ!!本当にわかってのかお前!』


 そんなやりとりがずっと続いているのだ。根性だけなら俺よりあるよコイツ。


 日に日に『正義のワル』を目指して間違った進化を遂げる日下は、沢山のクラスメイトから心配されている。

 この間なんか日下の幼馴染と言う眼鏡の猫族の女の子、学級委員長であるリーナが顔を真っ赤にして震えながら、俺に向かって『牧雄くんを悪い道に引っ張りこまないで!』なんて叫ぶ始末。


 日下はクラスどころか学年全体のマスコットだったらしく、めでたく俺は『マキちゃんに悪影響を与える有名な不良』と言う立場を確立してしまった。

 クラスの男子はビビって近寄らず、女子からは白い目で見られたりシカトされたりと、踏んだり蹴ったりだ。

 ずっと俺について回る日下と教室で昼飯なんか食べてたら、俺は視線に耐えられない。


 どうやら『昇り鯉』の名はこの町にまで知れ渡っていたらしく、俺の顔は知らないが『昇り鯉』の悪行を知っていると言うヤツはいっぱい居た。


 笑える事にいつの間にか俺は広域指定暴力団をバックに持つ喧嘩集団のトップになっていたり、街中のカツアゲされた金は自動的に俺の口座に振り込まれていて成金になっていたりするらしい。


 一人歩きしすぎだろ『昇り鯉』。お前は何処に行こうと言うのだ。


「兄貴、今日の卵焼きはチーズ入りなんですね」


「うん」


「今日の弁当、雛が作ってくれたんですよ」


「うん」


「で、最初はどの高校から攻め込みます?」


「うん」


「ここら辺だと、有名なのは工業ですかね?不良の数が凄いって聞いた事あります」


「うん」


「聞いてます?」


「聞いてねえよ」


 もううんざりだ。

 あぁ、早く帰って双子達と遊びたい。


 もはや学校に一縷の望みも無く、アオイがああなった以上家でも安心できない。

 俺の唯一の癒しはジャジャとナナの笑顔だけだ。


 どうして、こうなった……。


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