楽園を目指す者たち
「セイジツ兄貴は?」
「打ち合わせだヨ!飯いらないってサ!」
トレーニングルームには、ナナイロ姉貴一人だった。
大きなダンベルをガッシャガッシャと音を立てて、ナナイロ姉貴は筋トレの真っ最中。
いつ見ても凄ぇよな。
あんなボストンバックみたいな大きさのダンベルを両手に一個づつ持ちながら、平気そうな顔で腹筋してるんだもの。
アジトに戻って来て2週間、セイジツ兄貴は毎日忙しそうだ。
協会のお偉方の聴取も殆ど兄貴に任せっぱなしだ。
メインの稼ぎ場所であるダンジョンに潜れないから、俺達は暇である。
アジトの地下に作ったトレーニングルームで、日々筋トレの毎日。
腐りそうだ。
買い物しようにも、外には俺たちがしでかした事件を追っているブンヤや記者が張っているから、どうにも出づらい。
いや、いつもならあんな下手な隠れ方をするような素人に遠慮なんかしないけれど、今回は俺達の方が悪いから、余計な事はしないでおこうと兄貴達と決めたんだ。
協会への罰則という名目で迷惑料は支払ったそうだが、いくら積んだかを兄貴は教えてくれなかった。
多分、物凄い額だったんだろうなぁ……。
俺がそれを気に病むことなんざ、兄貴にはお見通しだ。
だから協会幹部からのお叱りを一手に引き受けてくれてるんだと思う。
……そりゃ、気にするさ。
俺が対処を間違えなきゃ、あんな騒ぎにもならなかったし、捕まる事も無かった。
協会に借りを作る事も、アジトで暇を持て余す事もな。
今度こそ、上手くやらなきゃ。
すでに協会から新しい依頼は受けている。
どうにも面倒臭い、裏方の仕事だ。
ダンジョンにはあと4ヶ月も潜れないから、俺たちは主力部隊の補佐という名目であの町に戻る事になっている。
「大規模調査団、ねぇ」
俺は壁に背をつけて座り、持っていたタブレットを見る。
日程と人数、そして簡略化された要項しか記載されていないデータだ。
あんな絞り尽くしたダンジョンに、今更どんな調査をするというのか。
伝承や文献が確かならば、俺達に巣を荒らされた事で龍はとっくにあそこから居なくなってる筈だ。
俺たちだって、半信半疑であのダンジョンに向かったんだ。
当然、できる限り龍については調査済み。
産卵期直後でしかも卵を狙われた龍が、まだあのダンジョンの頂上に居るとは思えない。
しかもあんな低レベルのダンジョンだ。
過去のハンター達がほとんど調べ尽くして居る。
龍の巣が今まで見つからなかった事が不思議なくらいだ。
「依頼内容、姉貴は知ってるんだろ?」
未だに腹筋を続けるナナイロ姉貴に問いかける。
姉貴は一旦腹筋を止めて、呆れた顔で俺を見た。
「ガサラが気にしたってしょうがないんだヨ!細かい事は兄貴が知ってるんだからそれでいいでショ!」
「気になるじゃないか。ダンジョンに潜れない俺達が一体あの町で何をするんだよ。案内すらできないんだぜ?」
「やれる事をやるだけだヨ!多分暴れられないのが残念だけど、兄貴に任せて置けば大丈夫ネ!」
そう言って、再び腹筋を始めた。
本当に、ナナイロ姉貴は兄貴にベタ惚れなんだから。
さっさと結婚しちゃえばいいのに。
二人がそういう仲なのは、孤児だった俺を拾ってくれた時から知って居るけれど。
なんだか不思議な関係なんだ。兄貴と姉貴は。
もう、12年も経つのか。二人に拾われてから。
毎日一生懸命にその背中を追い続けて居るから、年月が過ぎるのがとても早い。
兄貴がいつか言っていた、あの言葉を思い出す。
「せめて俺達ぐらい、毎日笑って暮らそう。そんな楽園みたいな毎日を、まずは俺達が見つけるんだ。そしたら、他のヤツだって後から続いてくるだろ?」
実際の兄貴の語り口はとってもゆっくりだから、俺の思い出補正がかかって居るけれど。
その言葉は俺の胸に深く突き刺さった。
俺、あの言葉を笑って言えるほど、強くなれてんのか?
タブレットの画面がポップ音と共にウインドウを表示する。メールの着信だった。
差出人はセイジツ兄貴だ。
『今日の夜に出発する。準備しておけ』
トレーニングルームでは相も変わらず、ダンベルの音が響き渡っていた。





