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お疲れ様に愛を込めて(エピソードEP)

 

 夕暮れの空を、買ったばかりの荷物を抱えてまっすぐに飛ぶ。

 人目につかないように高高度こうこうどを飛んでいるから、精霊にお願いして身体の周りに暖かい空気を纏いながら。

 夕乃さんといちかさんは帰る方向が違うから、私と別れた後はバスに乗った筈だ。

 私も少しだけバスに乗って、あまりの遅さに焦れてしまったから途中で降りて飛んで来てしまった。

 内緒にしなきゃ。


 雲をくぐって気流を避けながら家路を急ぐ。


 まだ時刻は18時をちょっと過ぎたところだけど、早く帰って双子達の顔を見たいし、とにかく薫平さんに会いたい。


 ……いや、実は少しだけ、あの人の顔を見るのに勇気がいると思う。


 いちかさんが教えてくれた、人間や獣人達の愛情表現。

 あんな、ドロドロに溶け合うような濃厚な物だとは思ってなかった。

 それは私が心の底で望んでいた、薫平さんとのスキンシップに少し近くて、それ以上に素敵で、でもとっても恥ずかしいものだった。

 夕乃さんは顔を真っ赤にして怒ってたけど、なるほど。アレは人の多いところで見るモノじゃない。

 率先して動画を見せて来たいちかさんだって、実はかなり照れていたのを知っている。


 全てをさらけ出して、自分の身体を気持ちごとあの人に委ねる。

 それはなんて理想的な事だろう。


 してほしい。出来るなら帰ったらすぐに。

 動画を見ても分からなかった部分は沢山あったけど、アレはきっと私の理性を容易く蕩けさせる行為だ。龍には男性が居ないから、母親以外に身体を預ける事なんてしない。だから私には考えられなかった愛し方、愛され方に衝撃を受けた。

 ドラマや映画で濁されていた、長年の謎。その答えは確かに秘めなきゃいけない事だった。納得だ。

 あんな濃密な行為、全てを委ねていいと思える相手じゃないと見せられない。


 私が心から慕っていて、頼もしく思っていて、この身を焦がす程に好いているあの人に、『私』を全て預ける。

 考えるだけで、脳味噌がゆだってしまう。


 だけど、やっぱり恥ずかしさもある。

 私の身体は母さんと一緒で、色んなところが育ってない。

 母さんはあまり気にしてなかったけど、他の龍を見たら違うところはいっぱいある。


 特に顕著なのは胸。これが酷い。

 小さい頃に出会ったお姉さん達、他の龍はみんな私より豊満な胸をしていた。

 子供の頃はそんなに羨ましいとは思わなかったけど、大きくなるにつれて自分の成長が不完全じゃないかと不安になり、心配していたから。


 今は、そんな事より薫平さんだ。

 私が見た人間の映像作品や雑誌記事だと、胸の大きさは女性の魅力にダイレクトに直結してしまうらしい。

 夕乃さんは、大きい。あんなの反則だ。

 右の乳房だけで私の頭を叩けるんじゃないだろうか。

 悔しい。悔しいけど、夕乃さんは魅力的な人だ。

 理知的で、思慮深く、優しくて、温厚。

 私の思い描く理想の女性像は、夕乃さんに近い。


 だから私はあの人より努力をしなければならない。

 うかうかしてたら、薫平さんを取られてしまう。

 あの魔性の胸部はそれぐらいの破壊力を持っているのだから。


 母乳が出るようになって、私の胸は少しだけ大きくなった。

 でもこんなの、誤差と言われてもおかしくないレベルの増量だ。

 しかも成長した訳じゃないから、いずれ元に戻ってしまうだろう。


 なら、今がチャンスだ。

 少しでも大きさ、胸部の戦闘力が高い内に、薫平さんを満足させなければ。


 西の空が暗くなってきて、夕暮れの赤と夜空のあおが混じり始めてきた。

 家が恋しくなる時間帯。

 はやる気持ちをなんとか制しながら空を飛び、やがて愛しの我が家が見えてきた。

 赤い屋根が夕日に照らされて、オレンジ色に染まっている。


 家の中ではきっと翔平さんがお夕飯の準備をしてくれていて、薫平さんがジャジャとナナと一緒に遊んでくれている。

 もう少ししたらお義父とう様も帰ってくるから、私も色々手伝わなければ。


 家に帰る。待ってる人がいる。

 なんて素晴らしい事なんだろう。

『ただいま』って言ったら、『おかえり』って言ってくれる。

 それが愛する家族なら、こんなに贅沢な事は無い。


 ジャジャとナナがダイニングに入って来た私を見て、可愛らしく笑うだろう。ナナは多分、危なっかしく飛び上がっては、私の胸に飛び込んでくる。

 そんなナナを優しく抱きしめて、それから薫平さんがジャジャを抱えて来てくれるから、ジャジャも抱きしめて。

 今日居なかった分、思いっきり頬ずりをするんだ。


 そのあとは、薫平さんに少しだけ甘えよう。

 いや、存分に。熱を帯びた心に従うままに。


 裏手の森に降りて、精霊達に感謝してその束縛を解く。 迂回して道路に出て、周囲を警戒した。

 大丈夫。誰にも見られて居ない。


 門扉を開けて、玄関に入る。

 預けてもらった鍵をポシェットから取り出して、差し込んで回す。


「ただいまです!」


 扉を開けて、大きな声で帰って来たとアピールする。


 パタパタとスリッパの音が近づいて来て、やがてダイニングから翔平さんが顔を出した。


「おかえりアオイ姉ちゃん」


「はい、ただいまです」


 うん。嬉しいな。

 靴を脱いで上って、荷物を降ろした。


「チビ達と兄ちゃん、眠ってるから静かにね?」


「え?」


 あれ?この時間に眠ってるのは珍しいな。


「なんか、今日は色々大変だったんだって。さっきまでユリーさんが居たんだ」


 何かあったんだろうか。


「起きたら聞いてってユリーさん言ってた。今は寝かしてあげようね。三人ともグッスリだから」


「はい。お部屋ですか?」


「ううん。ソファで寝てる」


 黄色いエプロンの翔平さんは、そう言うとキッチンに戻って行った。


 荷物で音を出さないように気をつけながら、私もダイニングへと入る。


 3人掛けのソファの端から、足が飛び出ていた。

 近づいて覗いてみると、薫平さんが外側になって双子達と三人一緒に寝ている。誰かがかけてくれたであろう毛布を身体の半分程に包ませて。


 楽しい夢を見ちゃうと、特にジャジャが浮いちゃうから、薫平さんの腕で二人とも押さえられている。


 苦しく無いように絶妙な力加減を覚えた薫平さんはもうプロフェッショナルだ。


 顔を覗くと、双子はいつも以上に気持ち良さそうな寝顔をしている気がする。

 薫平さんは涎を垂らしてグッスリだから、本当に疲れたんだろう。


 何があったかは知らないけれど、きっとまた頑張ってくれたのは間違いない。

 うん。『おかえり』を聴けなかったのも出迎えがなかったのも少しだけ残念だけど、ゆっくり寝てもらおう。


 キョロキョロと辺りを見渡して、翔平さんがこっちを見てない事と他に人が居ない事を確認する。


 よし、大丈夫だ。


 私はソファの横の床に膝立ちで座り、薫平さんの背後に回る。


 ゆっくり身を屈めて、耳元に口を寄せた。


「……今日は、ありがとうございます。それと、お疲れ様……です」


 意を決して、頬にそっと口付ける。

 あ、口の端が少し触れちゃったかも。

 だ、大丈夫だよね?起きてないよね?


 親愛と、感謝を込めて優しく触れた私の唇がとても熱い。

 心地よさが全身に広がって、多幸感で胸が張り裂けそうだ。

 短いのか長いのか、よくわからない時間が流れる。

 名残惜しさが私の唇を薫平さんの頬に引き付ける。このまま時間が止まってくれれば、きっと私は物凄い事をしそうだ。


 ソロリソロリと顔を離す。離れがたくて、私の舌が最後まで抵抗を続けたせいで頬を舐めてしまった。


 前に母さんが去って行った夜に、おでこにした時となんだか違う。

 あの時は、勢いがあったから。


「へえ」


 声がした。


「アオイちゃん。だーいたーん」


 顔を上げると、お義父とう様がダイニングの入り口でニヤニヤと私を見ていた。


「あ、あの」


「仲がよろしくて結構な事ですな。今度は薫平が起きてる時にしてやってよ。きっとおもしろ……喜ぶからさ」


 急速に顔が熱を帯びる。

 思考が乱れて汗が吹き出て来た。


「あ、こ、これは!ち、ちがうんです!」


「いやいや、おじさん全部見ちゃったよ。アオイちゃんが幸せそうにコイツにチューしてるところ!最後に頬を舐めちゃってまぁ、今日の夜は早く寝なきゃダメかなぁ?」


「お、お義父とう様!忘れてください!」


 私の悲鳴を聞き流して、お義父とう様はネクタイを緩めて笑いながら階段を上って行った。

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