パパのhow-to④
「そう、出来るだけ密着して」
俺の右肩に乗ったアルバが、杖でトントンと俺の肩を打つ。その言葉に従い、ユリーさんに補助されながら慎重にジャジャを抱き上げる。
「あぅ。あー」
何をされているのか分かっていないジャジャは、俺の顔をペタペタと叩いて喜んでいる。
今の俺の体は、軽減された重力のせいでジャジャの弱々しい力でも簡単にバランスを崩してしまう。
叩かれる度に頭が右へ左へと揺さぶられて、気持ち悪くなってきた。
「おぅ、おお。ジャ、ジャジャ!ストップだストップ!」
「あー!だぁ!」
頭が振られる毎に表情を変える俺が面白いのか、段々とジャジャの手の勢いが強くなってきた。
「はいはいお姫様。パパが痛い痛いしてるわよ」
ユリーさんの右手が、ジャジャの右手を受け止めた。
「うっぷ……おえぇ」
揺れまくった視界のせいで肺から空気が迫り上がって来て、同時に昇って来た胃液が口に苦味を与える。
ごっくんしなきゃ。うわ苦ぇ……。
「大丈夫?」
「な、なんとか」
本当にこのわんぱくお嬢様は遠慮知らずなんだから。ううむ。
噛み癖もそうだけど、色んな加減ってものを教えるにはどうしたらいいのだろうか。
考える事がどんどん増えていくなぁ。
今日にでもアオイに相談してみようか。
一応なんだが、双子に関わる事や、それ以外の細かい事もアオイには相談するようにしている。
ユールの時は二人とも自分の考えに捉われて、ろくに話し合いもせずにあの結果になったからな。
コミュニケーションって、大事。最近気づいた。
「じゃあ、検証その一。精霊の感知方法だ。君が牙岩で精霊を見た時は、卵殻を摂取した事で龍に近くなっていた。決して龍ほどの力を得た訳じゃないけどね。だからあの状態だと、君の目にも精霊が見えるようになったと僕は考えた」
うん。それは確かに。
角と尻尾と羽根を備えた俺は、確かにあの時人間じゃなかった。
アオイやユールが操る天の精霊とか言うのも、しっかり見えてたしな。
「そして牧場の一件。君はナナをずっと抱き上げていたんだろう?なら、接触によって龍的な因子がナナから与えられていた筈だ。つまり君は牙岩の時のような状態になるか、双子に接触している時に限って精霊と『チャンネル』を合わせる事ができる」
「触ってりゃあいいんだろう?」
「より確実なのは、精霊と感応する器官である頭部の直接接触かな?角の周りはデリケートだから、額を合わせるのが一番だね」
ジャジャとナナの角、アオイのに比べてまだ少し柔らかいんだよな。
それに小さくて短いから、あんまり触るのは良くなさそうなんだよ。寝る時とかに撫でてやると、すごい気持ち良さそうな顔をするから、優しく触れているんだけどさ。
アオイに角の感触を聞いたら、ちゃんと触られてる感じはするらしい。ただあまり他人に触らせたくないみたいだ。
その割には並んで座るときに頭を近づけてくるから、触れないように気を使ってるんだけど。
「んじゃあ、ジャジャ?おでこ、ごめんな?」
一応断りを入れて、ジャジャと額を合わせた。
「うあー」
不思議そうな顔で、ジャジャのビー玉みたいな瞳が俺をまっすぐ見ている。
綺麗だよなぁ。普段から眠そうな目をしているけれど、ナナの瞳もすごい綺麗だ。
色々違う部分が多いけど、目元に関してはこの双子はそっくりなんだ。母親であるアオイに似ている。
アオイの顔もユールに似ているから、ドラゴライン家は美人さんの家系なんだな。俺の悪人に例えられる目つきに似なくて本当に良かった。
「そのまま、目を閉じて空気を感じてごらん。ジャジャの額の熱を意識しながら」
アルバに言われるがままに、目を閉じた。
体温高めのジャジャの暖かさが、本当に心地良い。
寝かしつける時なんか、あまりの心地よさに先に俺が眠りそうになるくらいだ。
ナナだってきっとそうなんだけど、俺が寝かしつけようとするとぐずるんだよ。ママっ子だからアオイじゃないと嫌なんだそうだ。悲しい。
そんな悲哀を思案しながらも、ジャジャの小さなおでこの熱を感じる。
触れている面積は小さいけれど、確かな暖かさがジンワリと俺の額に伝わって来て、とても気持ちいい。
なんていうか、幸せだなぁ。
もうこのままお昼寝しちゃおうかジャジャ。ナナも一緒に。
「ナナの時は、結構簡単に見えたんだろう?ならそれほど難しくない筈さ。目を開けてごらん」
おっと、違う違う。
今は寝ている場合じゃないんだった。
この半無重力状態をどうにかせねば。和んでどうすんだ。
ジャジャのおでこから顔を離し、ゆっくりと目を開ける。
「うおぉ……」
凄い。
何が凄いって、ギッチリ感が半端ない。
ダイニングいっぱいに、緑色の蝶が詰め込まれている。
羽を羽ばたかせる余裕すらないほどで、ちょっと可哀想なぐらいだ。
フヨフヨと、主にジャジャを中心に蝶達は飛んで居る。
群の一部、数十匹がまとめて置いてある浮いてしまうおもちゃ達の周りをギュウギュウとまとわりついていた。
「あ、なるほど。蝶の居る所にしか影響は出てないのか」
視線を動かして、廊下側を見る。
隙間から見える廊下には、一匹も蝶が居ない。
固定電話の子機がなんとも無いのはこのせいか。
「凄いわぁ。何これ」
ユリーさんが周りを見渡して感嘆のため息を漏らした。
あれ?ユリーさんにも見えてるの?
「牙岩の時もそうだったけど、どうやら君の知覚が精霊と同期するんじゃなくて、精霊側をこっちのチャンネルに調節してるみたいだね。これも今後の検証課題かな?」
「つまり?」
「……君が見えるようになったら他の人も見えるって言う事さ」
あ、あの。そんな呆れた声と顔をしないで下さい。
俺だって頑張ってるんだよ?
「しっかし、この数はすごいなぁ。ナナの時より多いぞ」
「それだけ必要とする精霊が多い能力なんだろうね。今はジャジャも興奮してるから平気そうに見えるけど、しっかり疲労が溜まってるはずさ」
「え?」
慌ててジャジャを見る。
あ、なんか顔赤い?
あれ、もしかしてこの額の熱さは熱が出てるからか!?
「お、おいそれ早く言えよ!ユリーさん、冷凍庫から凍らしたタオル持って来てくれませんか?」
「さっきから体温が高い気がしたのは気のせいじゃなかったのね。ちょっと待っててね?」
普段から笑い上戸だから、顔すぐ赤くなるんだこの子。
そういえば、牧場の帰りのナナも、普段以上に良く寝て居たな。
ぐう、俺が気づくべきだった。
「うわー。ごめんなジャジャー」
「あー!だぁー!」
鼻息荒く興奮しケラケラと笑うジャジャ。
言われてみれば、汗ばんでるし瞳も少し充血してる。
不甲斐ないなぁ俺。
「だから、さっさとやってしまおうか。君が牙岩でやった事、覚えてるかい?」
ユリーさんが、持って来たタオルをベビーガーゼで巻いてジャジャのおでこに当てる。
少しだけ嫌がったけど、やがて気持ち良さそうに目を細めた。
「えっと、朧げながらなら」
ユールが雷球に飛び込む前後で、俺の記憶はあやふやになっている。
うっすらと覚えて居るのは体の内側に感じた強い光と、ジャジャとナナの『がおっ!』だ。
可愛かったなぁ。あれ。
「君はこの精霊、命の精霊を体内で『生み出した』のさ。どういった原理かは僕でもはっきりとは解って居ないから今は置いておこう。今回はその逆。この精霊たちを体に『取り込んで』ジャジャから取り上げなければならない」
「取り込む?」
「そう、まぁ。君にも負担が掛かると思うんだけど、今の状態だとジャジャに蓄積する負荷が重すぎるんだ。君にとってそれは許せない事だろう?」
……それはもちろんそうだし、ジャジャが苦しい思いをするぐらいなら俺が代わりになるのは当たり前の事だ。
だけど、やっぱり引っかかる。
その俺の気持ちや行動が、アルバにとって最も都合の良い結果に向けて動かされてる気がするんだ。
でも選択の余地はもとより無い。今は、見て見ぬ振りをしておこう。結果が伴わなかったら問い詰めてやる。
「……どうすりゃいいんだ?」
心を落ち着かせて、深呼吸を繰り返す。
ジャジャと目を合わせたまま、俺はアルバを促した。
「まずは、深呼吸。心を落ち着けて、一匹でもいいから精霊に集中だ」
そう言われて、眼前に浮いている群の中の一匹を見る。
こちらの視線に気づいたのか、細かく羽ばたいていた羽を止めてピタッと止まった。
視線を逸らさないまま深呼吸。
吸って、吐いて、吸って、吐く。
「そのまま。意識を精霊に向け続けて」
緑の蝶は、俺を見ている。
目に当たる部分がどこかわからないし、ぶっちゃけ光の塊だから正面と背後の区別もつかない。
だけど、俺を見ている事は、なんとなくわかる。
「龍達の精霊を使役するプロセスと一緒ならば、やがて視線と一緒に精霊を動かす事ができるはずだよ?」
視線と一緒に?
「試しに、目だけ右を向いてみて」
こうか?
目線を右に向ける。すると蝶が全く同じスピードで付いて来た。
常に視界の中心に、蝶が居る。
「よし、君の精霊器官はしっかり出来上がってるみたいだね。次は、その精霊からその周り、そして全体へと意識を伸ばそうか。どうやら君は言葉よりも感覚派みたいだから、きっと上手くいくさ」
一匹の精霊から、その奥。
よし。
んじゃ、次はその周り……こうか?
お、動いた。
んじゃあ今度はその上の群れ。
あ、もっとイケる気がする。
よし、んじゃあ俺の後ろのヤツはどうだ。
届く……よな?よしっ!
「……凄いな。もう殆どの精霊を支配下に置いて居るようだ」
「ちょっと静かに。もう少しなんだ……これでどうだ?」
アルバの声を遮って、最後の群れを意識の内側に入れた。
なんだろう。感覚でしかわからないから上手く表現できないけれど、しっくり来るというか、馴染むというか。
「さすが………の…だ」
「ん?何て?」
アルバにしては珍しく声が小さい。集中して居たのもあって聞こえなかった。
「いや、なんでも無いよ。頼もしいなって思ったのさ」
そうか?
「お前が俺を褒めるなんて、なんだか嫌な予感がするんだけど」
「酷いな。僕だって君を認めている一人さ。それじゃ、最後の工程に進もうか。ジャジャが済んだらナナもしてあげないとね」
ようし待ってろよ?すぐに終わらせてパパとお昼寝しような!
俺は腕の中のジャジャと、足元に座るナナを見て再びやる気に火を灯した。





