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パパのhow-to①

大変お待たせしました。

 


 現在、俺はダイニングの天井からジャジャとナナを『見上げている』。

 おかしい事をいっているのは承知している。だけど正常な日本語として表現するには、この状況が異常すぎる。

 より正確に伝えるのであれば、両足を天井に付け、地面を見下ろしている形だ。

 完全に上下が逆転してしまっている。


「ど、どうしましょう」


 双子達の隣に座るユリーさんが、頬に手を添えて俺を見る。


「どうしましょうね」


 足元を確かめる。少し埃の溜まった天井は少し足を動かすだけで薄い煙が立ち、ゆっくりと地上に落ちていく。

 汚いな。いつか掃除しなきゃ。

 おっと、今はそんな事考えている場合じゃない。

 軽く膝を曲げてみると、フワリと体が浮き上がる。

 不思議な感覚だ。

 普通に地面に立っているのとは、やはり違うらしい。

 体重が足にまったく乗っていない。曲げた膝の部分に重心があるのか、動きに合わせて体全体が勝手に移動を始める。


 いざ自分が体験すると、なんとなく分かってきたぞ。

 やっぱりジャジャの起こしているこの現象は、物を浮かせるんじゃなくて物の重力を変化させてるんだ。

 俺や浮いているおもちゃ達は重力が軽くなっている。持ち上げられたり、浮かされている感覚とは違う気がする。

 となるとあの八頭身の人形は、逆に重力が重くなってるんだ。

 たしか、普段の俺たちに掛かる重力は、体重分だっけ?

 あの人形だけ、普段の何十倍もの重力が掛かっているから、俺にも持ち上げられなかったのだろう。

 気になって地面側の人形を見た。

 耐え切れなくなったのだろうか、今にも壊れそうなぐらいひしゃげている。


「うわぁ」


 ぞっとするなぁ。

 そりゃあ、自分の体重を遥かに超える重みを乗せられたら、壊れるよなぁ。


 ジャジャが怖がったあの大きな瞳のシールが張り付いた顔が、俺を見ている。

 助けを求めているようにも見えて、正直気味が悪い。


 ん?

 ジャジャが怖がった?

 あ、もしかして。


「ユリーさん。おもちゃ箱から赤い飛行機取って貰って良いですか?」


 なんとなく、ピンと来たぞ。

 脳裏に浮かんだ閃きを確認するために、ユリーさんにお願いをする。


「赤い飛行機?」


「はい」


「別に良いけど、なんで?」


「ジャジャが嫌いなおもちゃなんですよ」


「んん?」


 ユリーさんが首を傾げながら腰を上げた。

 おもちゃ箱は木製の囲いの外、ソファの隣に置いてある。

 ソファに近づいたユリーさんが箱のフタを外すと、たくさんのおもちゃがぎっしり詰まっていた。

 半分以上は、親父が買ったり貰ったりしてきた物だ。

 職場にいるお子さんを持つ同僚から、使わなくなったおもちゃや服をよく貰ってくるのだ。

 余裕があるとは言えない我が風待家にとって、そんな貰い物のおさがりがとっても助かっている。買うと高いんだ。コレが。


 おもちゃもそうだが服が特に有難い。

 日に日に成長している双子の服はすぐに着れなくなるからな。

 最初に買った幼児用つなぎも、もう袖が通らなくなってしまっている。

 これは俺やアオイの考えが足りなかった。成長を見越した服選びなんて考慮してなかったからな。

 少し大きめのサイズの服でも今後必ず必要になる。感謝、感謝である。


 おもちゃ箱を開けたユリーさんがガサガサと箱の中を漁る。

 一個づつおもちゃをどけていくと、木製の赤い飛行機のおもちゃが姿を現した。

 プロペラ機をデフォルメした、頑丈そうな飛行機だ。


「あ、あれ?」


 ユリーさんがその機体を持ち上げようとするが、なかなか持ち上がらない。


「俺の考えが正しかったらそのおもちゃ、凄い重たいはずなんですが」


「だ、駄目ね。私じゃ持てないわ。この間は軽かったのに」


「よし、ビンゴです」


 この赤いプロペラ機のおもちゃは、簡単に分解しないようにパーツが全てくっ付いている。

 全体的に丸っこいフォルムをしていて、多分なんだがジャジャやナナより年上の子用のおもちゃなのだろう。

 尖っていたり細かい部品がないから、試しにジャジャに渡したところ真っ先に噛み付いたのだが、突起部分が口に引っかかった事がお気に召さなかったようで一噛みしたら不機嫌に投げたおもちゃだ。

 ナナは普通に遊ぶから、捨てたりはしてない。


「ビンゴ?」


「ええ、ジャジャが噛んだ物で好きな物は重力が軽くなって、嫌いな物は重力が重くなるんですよ」


 八頭身の人形も嫌いだし、飛行機のおもちやも嫌いなおもちゃだ。

 ジャジャは大抵の事は喜ぶ子だから、嫌いな物なんてそうそう無い。

 予想通りの結果が出た事で、他の事も色々分かってきたぞ。


 まずは効果範囲。

 ジャジャの噛んだ物全てが同時に浮いたり地面にめり込んだりしたらそれこそ大変だ。

 今外出してるアオイなんて、胸から空に浮き出して周りがパニックになってるだろう。

 だけどその可能性はゼロだ。

 なぜならダイニングから見える廊下の固定電話、その子機に変化が無いから。

 アレはこの間、たまたまローテーブルに置いてあった時にジャジャの餌食になった物だ。

 ジャジャが噛み付いた時に、ドンピシャのタイミングで電話が鳴った事でジャジャが驚き、それ以来近づけるだけで泣くようになった。

 嫌いというなら、あの子機はジャジャが最も嫌う天敵な筈だ。

 それが何ともなっていないという事は、ジャジャの能力はこのダイニングの中だけに限定されている。

 それが最大なのか、最小なのかは要検証だろう。


 そして、影響時間だ。

 もちろんユリーさんだって、ジャジャの噛み癖の被害者だ。

 俺が学校に行ってる間はずっと見てくれてるから、当然と言えば当然だな。

 昨日も軽く親指を噛まれたとアオイから聞いているから、少なくても一日経てばジャジャの能力の影響からは除外されるっぽい。


 とまあ色々分かったものの、今の状況を改善させる手段がさっぱりだ。

 能力発動から少なくとも四十分ぐらいは経ってる。

 ジャジャの意思でしか解除されないのか、それとも時間が経てば自然と戻るのか。恐ろしいのが永久的にこの状態でいなきゃならなくなった場合だ。

 こんなフワフワした状態じゃ、俺の生活がままならなくなってしまう。

 外に出たら間違いなく風に流されて行方不明になるぞコレ。


「凄いけど、大変な子ねぇジャジャちゃん。さすが龍だわ」


「あー!だー!」


 ユリーさんが、俺を見ながら両手をパチパチと叩いてケラケラと笑っているジャジャを抱き上げた。


「パパ、このままだと大変なの。直せるかしら?」


「あぅ?」


 ジャジャはコテン、と可愛らしく首を傾げた。

 うん。アレは分かってないな。


「さーて、どうすっかなこれ」


 俺は逆さの状態で腕を組んで考える。


「うん。ステップワンのお時間みたいだね?」


「びっっっっっくりしたぁ!!」


 いつのまにか俺の顎に鼠の賢者、アルバ・ジェルマンが立っていた。いつもの魔法使い風ローブが俺の視界に見切れて居る。

 俺は驚いて肘を開けて脇を晒してしまった。両腕を組んだままだから間抜けな体制だ。


 アルバは、見慣れたその体より大きな杖をコツコツと俺の顎の骨にぶつけている。


「ははは、何そのリアクション」


 小馬鹿にした態度で俺を笑う灰色フワフワ鼠。

 ぐぅ、現れるタイミングすらムカつくんですけどコイツ!


「お、お前しばらく戻らないんじゃないのかよ!護衛をお願いした龍を迎えに行くって書いてたろ!?」


「まあね。あの子、放っておくと道に迷ってばかりでさ。僕が迎えに行かないと日本海から大陸に渡ろうとしてたんだよ?大陸から来たのにさ」


「じゃ、じゃあその人?は、もう着いたのか?」


 アルバがここにいるって事は、そうなるよな。

 やべ、アオイも居ないし家の片付けもしてない。

 一応寝泊まりする部屋は整えて居るけど、寝具がまだ完璧じゃないんだ。

 明日親父と引き取りに行く予定だったからな。

 しかも俺はこんな状態だから出迎えも出来ない。

 うわぁ、第一印象最悪じゃないか!

 俺の見た目と合わさると今後の関係構築に支障が!経験則で考えるとね!?


「いや、今は休憩をさせててね。なにせあの子は地龍なんで空を飛べないんだ。体力バカだし龍だから足は速いんだけどさ。出来るだけ目立たないようにしてるから遠回りしてるんだよね。ボンヤリしてたら何やらこの家の方角から精霊の騒がしい声を聞いたから、僕だけ戻って来たんだ」


「お前だけ?」


「そう、僕にとっては距離なんて意味が無い。そこに龍が居るならば、まばたきより早く僕は移動できるんだ」


 何それズルイ。

 でもなんとなくコイツの神出鬼没な理由がわかったぞ。


「そんな事より、双子の問題だね?」


 あ、そうだった。

 なんでコイツと話してると目的を忘れがちになるのか。

 きっとコイツがイライラさせるからだな。うん。


「双子って言うより、ジャジャなんだけどさ」


 曲がりなりにもコイツは自称、龍のお医者さん。

 俺に比べたら龍に対する経験値の量が天と地ほど違う。

 悔しいが、とっっっっっっても悔しいけど!

 コイツを頼らざるを得ない訳だな!

 本当は嫌なんだけどさ!しょうがないよね!


「いやいや、ナナも何かしたんだろ?見ればわかるさ」


「あ、そうか。お前牧場に行った日から居なかったっけ」


「ああ、あの日かい?なるほどね。ナナの方はそんなに『沢山使わない』のか」


 何言ってんだコイツ。

 頼むからさ、自分だけに分かる言語で喋るのやめてくれない?


「さて、じゃあ君の出番かな?」


 ん?俺?


「そう、人間の君さ」


 そう言ってアルバは俺の顎から飛び降り、優しくダイニングの床に着地した。

 杖を掲げて、その先端で俺を指す。


「歴史上初めての龍の『父親』、パパのお仕事だよ」


 その小さな口をニヤリと歪めて、鼠の賢者は笑った。


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