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噛むからね?⑤

 

「大規模ダンジョン調査団?」


 ローテーブルを囲みながら、俺たちは烏龍茶を飲んでいる。


 隣の木製の囲いの中では、ユリーさんがジャジャとナナを遊ばせていた。

 ジャジャは何が面白いのか、目に付くおもちゃを片っ端から口にくわえてモグモグと甘噛んでいる。

 壊れそうな物、口に含んではいけない物はユリーさんがしっかりとチェックしてくれていて安心だ。

 一番の被害はやっぱり子犬のぬいぐるみで、すでにジャジャの涎でベトベトである。やはり今日も洗濯機のお世話になりそうだ。


「ええ、西日本トレジャーハンター協会と関西の大学の共同で、『牙岩』ダンジョンに龍が生息しているかどうかを調べる為のね?」


 烏龍茶のグラスを一度煽って、ドギー巡査は告げた。


「重機や大型機械も持ち出されるから、ウチの署長がいろんな理由をこじつけて許可を延ばし延ばしにしてきたんだけど、ついに申請を却下できなくなってね?百人規模のトレジャーハンターの素性や、持ち込む重火器や刀剣類なんかを今一つ一つ確認してる最中なの」


「ウチの管轄だから、可能な限り詳細にチェックして時間を稼いでるんだけど、どう頑張ってもあと一月ぐらいで終わっちゃうんだよね」


 ドギー巡査の言葉に、井上巡査が補足する。

 息のあった説明に、馬鹿な俺でもすんなり理解できるのはさすがだ。

 百人規模のトレジャーハンターか。そんなに沢山人を揃えて何をしようってんだ。


「それは、どれくらいの期間この町にいるんですか?」


「一応、今提出されている書類上は半年と記載されているけど、延長されたら一度許可を通した手前断れないのよ」


 半年でも困るのに、期間延長なんてされたらたまったもんじゃない。


「調査って牙岩だけじゃ無いんですか?」


 牙岩にあるアオイ達の巣をどうにか片付けないとな。

 あー、考える事が増えてしまった。


「書類上は、この町を中心にしてと書いてあるから、裏手の森とか近辺の山とかもね?」


 勘弁してくれよ。

 家の近くまでうろうろされたら落ち着かなくなるだろうが。


「その調査に便乗して役所にテレビ局の取材許可の申請とかも来てるのよ?」


「東日本トレジャーハンター協会も龍の利権を求めて話に噛んでくるって噂もあるし、しばらくこの町が騒がしくなりそうなんだ」


 くそぅ、ハイエナどもめ。

 なにが楽しくて人の家庭に探りいれようとしてんだ。


「なんかお祭り騒ぎですね……」


 楽しそうなお祭りじゃないのが問題なんだけどな。


「調査が開始されたら、私たちも迂闊にこの家に近寄る事もできないと思うの。勘繰られたらおしまいだからね?」


「ママは問題無いわよね?」


 ドギー巡査の言葉に、ユリーさんが反応した。

 膝の上でナナを座らせて、ボールを顔の前で揺らしている。

 釣られたナナが顔を動かして目線でボールを追っていた。


「もちろん。ママは一般市民だもの。むしろ私達の連絡係をやって欲しいぐらいよ。問題は警察官が毎日一家庭を尋ねてるって事。定期巡回にしては頻度が多すぎるから」


「そうですよね……」


 ふむ。

 俺たちの事情を知っているのは、家族以外だと三隅と佐伯姉弟。

 ドギー巡査と井上巡査、この町の警察署長とあと四名の顔を知らない警察官だけだ。

 ドギー巡査たちは毎日どちらかが尋ねてくれては、異常がないかを確認してくれる。

 どっちかって言うと家が近所なドギー巡査の方が良く来てくれるし、ユリーさんが居る時は一緒に夕飯も食べていったりもするしな。

 なんだかんだで、気にかけてくれているってのは安心感があるから、俺たちは結構感謝しているのだ。


「わかりました。あと一ヶ月ですよね?なんとかできるかぎりの事はやっておきます」


「ええ、お願いね?一応電話でのやり取りは続けるし、日程なんかは追って知らせるわ。スケジュールを表にしてママに持たせるわね。前後の数日間も気をつけるように」


 アオイ達の巣には今日の夜にでも向かうとするか。

 親父にも手伝って貰って家具なんかを運んじまおう。

 あの巣にあったのは大きいベッドと衣装ケース、それと細々とした生活器具なんかだから、龍の姿になったアオイの背中なら三往復ぐらいでいけるだろう。

 夜の間なら森もかなり暗いから、目撃される事もないだろうしな。


「じゃあ、私達は戻るわね。ママ、今日は遅くなりそうだから」


「あらそう、俊夫君とデートかしら?朝帰りするなら連絡してね?」


「お、オバさん!」


「残念、お仕事です」


 少し悪そうな顔で笑うユリーさんの言葉に、井上巡査が激しく動揺した。

 ビクついた足がローテーブルにぶつかり、あやうくグラスを倒しかける程だ。

 ドギー巡査は何でもなさそうな顔で流し、腰を上げて制帽を直した。

 ウェーブのかかったミドルヘアーを首を振ることで整え、その長く垂れ下がった耳をピクンと動かす。

 気のせいかな?腰の尻尾が物凄い勢いで左右に振れてるんだけど。


「じゃあまた」


「お邪魔したね」


 ドギー巡査と井上巡査は、囲いの中のジャジャとナナに手を振った。


「あー!」


「あぅ」


 布団の上で子犬のぬいぐるみを噛んでいたジャジャは元気良く笑顔で返事を返し、ユリーさんの膝の上のナナは不思議そうに二人を見つめ返す。


「はい、お仕事頑張ってらっしゃい。ほらおチビさん達も、おまわりさん達にバイバイって」


 ユリーさんはナナの右手を取って、ゆっくりと振った。

 ナナはユリーさんを見上げてキョトンとしている。


「わざわざありがとうございます」


 俺は靴を履いて庭に出た巡査達を追って、室外用のスリッパを履いた。

 門までついていって、家の前の空き地に止まっていたパトカーに向かう二人を見送る。


「……いつママに言うつもり?」


「も、もうすこし覚悟を」


「はぁ、何を怖がってるのよ」


「いや、怖がってはいないって」


「怖がってるじゃない」


 巡査達がなにやら小声で言い争っている。

 その小さな会話も、パトカーの中に入ってしまった為に完全に聞こえなくなった。

 うむ。なにやらラブの匂いがする。

 人間関係に疎い俺がわかるくらいだ。きっと他の人にはもっとバレバレなんだろうなぁ。


 やけに静かなエンジン音で、パトカーは見えなくなった。


 パトカーの去った方角をしばらく眺めながら、少し考える。


 恋愛かぁ。

 アオイも三隅も、こんな俺を好きと言ってくれた。

 人として、男として、受け止めるかどうかの対応をしなければならないのはわかっているのだ。


 しかし、その答えがわからない。


 アオイに関しては、双子達の事があるから、強く拒絶する事は絶対に無い。そもそも拒絶する意思が無い。

 俺はあの日、不用意にも二つの命の責任を取ると約束してしまったし、投げ出すつもりは微塵も無い。

 ユールとの一件で、ジャジャとナナを我が子として愛してしまっているのも自覚したし、可愛いしずっと見ていたい。


 じゃあ俺がアオイをどう思っているかと言えば、難しい。

 そもそも、好きってなんだ。

 嫌いかどうかでいえば、嫌いではない。

 あいつのまっすぐな所は好ましく思っているし、一生懸命な所も見ていて応援したくなる。

 双子達と接するアオイは間違いなく優しい母親で、ずっと見ていても飽きない。


 じゃあ、それは好きって事なのか?

 人を好きになったら、何をしたらいいんだ?


 考え付くのは、キスだ。

 接吻。

 マウストゥマウス。


 テレビや映画で度々目にする、判り易い愛情表現。


 アオイと俺が二人向かいあって、甘い空気を醸し出して、やがて二人のシルエットはゆっくりと近づき、まるで溶け合おうとしているかのごとく唇を重ね貪り合う……。


 なんだこれは。

 想像できない。


 キス、したいのか俺。

 キスから先だって、もちろんあるわけだ。


 俺もお年頃の男の子。

 そういう方向の知識に関しては、正直興味シンシンである。

 悪くないはずだ。健康的な思春期男子として、真っ当な事だと思います。


 ただ、それをするのがアオイとだって想像すると、まぁ、あやふやになる。

 俺に対してヤケにオープンなアオイだから、あいつの裸を目撃する機会は結構ある。

 ていうか、一日一回の授乳タイムなんか俺たち二人とも上半身裸やないかい。


 その気になれば、リアルな映像記憶を駆使していくらでも妄想できるはずなのに、なぜかもやのような映像しか思い浮かばない。


 多分、ママをやってるアオイのイメージが強すぎる気がするんだ。

 ジャジャとナナに対するあいつの姿は、決して汚してはいけないぐらいに神々しくて。


 それじゃあ、三隅夕乃はどうなんだ?

 これまた分かりきっている。

 アオイと双子達を放って、三隅とそんな関係になって良いわけがない。

 じゃあなぜハッキリと拒絶できないのかと言えば、それこそ嫌いじゃないからで。

 アオイに対しての感情がわかってないのに、三隅にだけきっぱりと拒絶する事を良しとしていないのだ。俺は。


 小学校のときから、あいつはかたくなに自分の正義と思いを貫く奴で、かっこいいとすら思っていた。

 中学からは避けられていると勘違いしていたから、俺から接点を持とうとは思わなかった。

 俺がそう思っていただけで、あいつはずっと俺のことを想っていてくれていたらしく、正直に言うと嬉しく思う。

 長い間抱いていたあいつの想いを、無碍むげに断る事が、できない。


 あれ?

 俺、詰んでないか?


 アオイを好きになろうにも、母親のイメージが固まれば固まるほど恋愛から遠ざかる。

 でもアオイが隣にいるだけで、三隅の気持ちを受け入れる事ができない。

 なにこれ。


 わかってる。

 酷い事をしているのは、わかっているんだ。

 いずれ俺に天罰が下るだろう。

 二人もの女の子の純粋な気持ちを、自分の感情だけで弄んでいる酷い男なのだから。

 そんな中途半端な態度が、一番人を傷つける事になるのに、わかっているのに。

 決断の時はきっと来る。

 俺がどんなに逃げても、どんなに嫌がっても、それは来るし、来ないといけない。

 泣くのは一人か、それとも二人か。

 一番可能性が高いのは、こんな俺に愛想を尽かせて、二人共が離れていくことだ。

 さもありなん。


 もしかしたら、泣くのは俺なのかもしれない。


 後悔、先にたたずってね。


 五月の昼下がり。

 ポカポカとした陽気に包まれた俺の心に、うっすらと暗い影が差した。


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