噛むからね?④
お昼時、俺は翔平が作ってくれていたホウレン草のおひたしをおかずに味噌汁と白米を食べている。
ポン酢に漬けられたホウレン草は程よい酸味で、隠し味の胡麻が風味を際立たせていてご飯が進む進む。
「はいナナちゃん、すっきりしたねー」
「あぅ」
ダイニングの窓側、太陽光の良く当たる場所は双子達の遊び場だ。
目を離せばすぐに飛び上がるジャジャのために弾力性の高いマットを敷いていて、親父が作った木製の囲いで区切ってある。
ユリーさんはその中央でナナのおしめを換えていた。
数十年のブランクがあるとはいえ、4人の娘さんを育て上げたその手際は見事なもので、よく動き回る双子達を制御しながらあっという間におしめを換えてみせた。
慣れてきたとはいえ、アオイや俺なんかはたまに手こずる。
特にすぐ機嫌を悪くするナナなんかは、おしりを拭くのに時々二人がかりで取り掛からないといけない時もあるのだ。
「あむ、あむあむ」
「ジャジャちゃん?何食べてるのかな?」
寝転がりながら、親父が買ってきた鈴が中に入ったゴムボールを甘噛みしているジャジャ。
「あむ」
「はい、だーめ」
「あー」
「めっ」
ゴムボールを取り上げられたジャジャが、両手を伸ばして取り替えそうとする。
「ほら、犬さんどうぞ。ボールは割れちゃうから駄目ね?」
「あー!」
手渡されたお気に入りの小さな子犬のぬいぐるみを、躊躇することなく口に入れるジャジャ。
ここ最近でかなりボロボロな姿になってしまった犬さんは、猫のぬいぐるみと一緒に三隈からプレゼントされた物だ。
猫さんはナナのお気に入り。犬さんはジャジャのお気に入りである。
「ご馳走様っと」
昼飯を全て平らげ、皿を重ねてキッチンのシンクに運ぶ。
ユリーさんが双子を相手してくれている間に、なんとか昼飯を済ませる事ができた。
二人が起きてる間はゆっくり食べることなんて出来ないからな。本当に有難い。
自分の分の皿を洗い、ついでに二つの哺乳瓶を洗う。
母乳以外に慣れていない双子達の口にする物だ。
洗剤もなるべく天然由来の物を使うし、洗った後は煮沸消毒もきっちり行っている。
ネットで色々調べたときに、乳児や幼児は本来は定期的な検診を受けながらお医者さんに育児の相談ができる。
しかし双子は龍だ。
病院は龍を受け入れたがらないし、触れたがらない。
しかも龍だとバれると色々な厄介な連中を寄せ集めてしまう。
病気や怪我には充分に用心しなければな。
その為に煮沸消毒など、出来る限りの事はしているんだから。
一応、龍専門の医者と言い張る灰色のモコモコが居るわけだが、あいつは自分の気の向いた時にしか顔を出さない。
今でもあいつがどこで寝泊りをしているのかわからないから、こちらから呼び出す事ができないのだ。
その癖、気がついたら冷蔵庫からチーズやら果物やらを勝手に漁って食べてるもんだから、ムカつくネズミだ。
「こんにちわー」
「どうも」
「あら、ドク。それに俊夫君じゃない」
風通しを良くする為に空けていた窓から声がした。
顔を向けると、庭先に制服を身に着けたドギー巡査と井上巡査が立っている。
「ママ、来てたの?」
「ええ、アオイちゃんが今日はお留守だから、薫平君だけだと大変でしょう?お久しぶりね俊夫君」
「ご、ご無沙汰してます」
タオルで手を拭いてダイニングに出ると、大きな体格の井上巡査が深く頭を下げていた。
「こんにちわドギー巡査、井上巡査」
「ごめんな風待君、突然来ちゃって」
頭を上げた井上巡査が、その人の良さそうな顔で苦笑した。
「いえ、大丈夫ですよ。どうぞ上がって下さい」
「ごめんなさいね?ちょっと伝えておかないといけない事が出来ちゃって、近くまで来てたもんだからついでで悪いんだけど」
そういってドギー巡査は靴を脱いでダイニングに上がった。
続いて井上巡査も上がってくる。
俺はキッチンに戻り、食器棚から来客用のグラスを二つ取る。
流し台にグラスを置いて振り返り、すぐ後ろの冷蔵庫を開けて烏龍茶のペットボトルを取り出すと、掴んで蓋を回しグラスに注いだ。
「あ、気を使わなくても」
井上巡査が申し訳なさそうに声を出した。
「もう入れちゃったんで、飲んでってください」
「悪いな」
二つのグラスに烏龍茶を入れた後、なんとなく手で運ぶのがみっともない気がしたからお盆を食器棚から取り出してグラスを載せた。
小さいサイズのお盆を持ってダイニングに出る。囲いの外に移動してあったローテーブルに置いてグラスを並べた。
「珍しいですね。二人で来るなんて」
立ったままだった巡査達に座るようジェスチャーで促して、問いかける。
「巡回中だったからね。お昼に被らない様に来たんだけど、大丈夫だった?」
苦笑いしながらドギー巡査がグラスを掴んだ。
二人の巡査達は、毎日どちらかが交代で見回りに来てくれる。
顔だけ見て様子を伺うとすぐに仕事に戻るから、自然と玄関ではなく庭に回るようになった。
「ママが居るとは思ってなかったんだけど、問題なさそうね」
「はい、ユリーさんにはいつも助けてもらってます」
「とんでもないわよ。こんな可愛らしい双子ちゃんと遊びながらお昼までご馳走してもらって、なんだかもうしわけないわぁ」
ユリーさんがナナを抱き上げて笑顔で顔を覗き込んだ。
「だぁ」
「ほんとに可愛いわぁ。ねぇ俊夫君。赤ちゃんって良いわよね?」
「は、はい!」
ん?なんだか井上巡査が変だ。
井上俊夫巡査は、俺と同じぐらいの身長に、俺より一回りほど広い体格を持つ男性だ。
なんでも県警一の腕前を持つ柔道家らしく、その体格にも納得できる。
純朴そうな顔つきも相まって、『町のおまわりさん』というイメージがピッタリだ。
「いやぁ、あの小さかった俊夫君がこんなに立派になって。ドク、あなたさっさと捕まえておかないと、盗られちゃうわよ?」
「ママったら、またそんなこと。井上君と私はそんなんじゃないってば」
「は、はい……」
あ、はーん?
なるほど、なんとなくピンときたぞ?
「何言ってるのよ。こんなガサツな貴女なんかのために同じ警察官にまでなってくれたのよ?しかも小さな頃から貴女を知っていてくれて、文句無くついてきてくれてるなんて最高じゃない」
「あ、あのおばさん!自分は!」
「その手の話は学生時代に嫌と言うほどからかわれたの!もう、いい加減にしてよ」
「そお?残念だわぁ。貴女達ならこの町に居るから、すぐに孫の顔を見れると思ったんだけど」
「残念でした」
「あ、あの」
身を乗り出した井上巡査はドギー巡査の言葉に先手を取られて固まっている。
これ、ラブの匂いがしますね。
「そんなことより、少しいいかしら薫平君」
「え?あ、はい」
うーん。
もう少しだけ井上巡査の動向を探りたかったんだが、まあいいか。





