こんにちわパパです①
俺の手のひらには、未だ大きく脈動を続ける二つの石。
手のひらの激痛を頭の片隅に追いやって、気づいたら目の前に居たアオイノウンさんを見る。
「え?は?卵?」
「ど、どうやって孵したんですか!?この一ヶ月、話しかけたり撫でたり温めたりしたのに、この子達全然目覚めてくれなくて!」
いや、そんな事言われても。
「え、てか、警察……」
「あ、そうです!」
腕を交差して胸を隠しているアオイノウンさんが、右手を差し出した。
「ご、ごめんなさい。操作がわかんなくて、潰しちゃいました……」
「お、俺のスマホが」
そこには、無残にも大きな穴が空き、回路が露出した俺のリンゴフォンがあった。
「そ、そんな事より! 私の卵です!」
そんな事っつったか。
「いや!お前、救急車は呼べって!」
ちょっとイラっとしたから、思わずタメ口が出た。
「あ、私、傷の治りが早いんで、あれぐらいじゃどうって事無いです」
そう言って肩がけのジャケットをはだけ、右肩を見せる。
すでに固まり始めている血を指で払いのけ、傷一つない綺麗な肌を見せつけるように強調してきた。
「……あ、そーすか」
結局怪我したのは俺だけかい?
「んと、じゃあ誘拐犯を警察に」
どうやら盗まれていたのは卵らしいし、誘拐には変わりない。
あの下品ライオン、ガサライオを警察に突き出さなければなるまい。
首を振って、倒れているガサライオを見る。
「あ」
え?
ガサライオを担いだ、鳥族と目が合った。
南国色の強い髪色はカラフルで、黄色い嘴に、ガサライオと同じ真っ赤なファー付きの銀色のダウンジャケット。
オウムみたいな鳥族の女性が、気絶しているガサライオをバン車に搬入している。
「て、てへ?」
嘴の右側から異様にデカイ、なんだろうアレ。ベロか?
その、ベロっぽい肉の塊を露出して、鳥族は笑った。
『テヘペロ』のつもりなんだろうが、擬音的には『テヘずるん』だ。
「に、逃げるぞアイツ!」
「薫平さんは動かないでください!!!!」
「は、はい」
俺より大きな声で、アオイノウンさんが叫んだ。
その迫力は凄まじく、俺は気圧されて動けない。
「だ、出すんだヨ兄貴!バレたヨ!」
「おーう。はーやーくーのーれー」
バン車の運転席に、灰色の毛玉が座っているのが見えた。
ユニフォームなのか、これまた真っ赤で大きなファー付きの、黒いダウンジャケットを身につけている。
あ、よく見たらアイツ、ナマケモノじゃん。何族って言えば良いんだ?
勢い良くバン車のドアが閉まり、エンジン音が鳴り響く。
そのままの流れで、バン車は猛発進をした。
「私の卵を盗んでおいて!! 逃すわけ、無いじゃないですかぁぁぁあああ!!!」
アオイノウンさんが、めっちゃ吠えた。
俺のジャケットを勢い良く脱ぎ捨て、跳ぶ。
その瞬間、雷光のような光で周囲が照らされた。
「なっ、なんだぁ!」
『ガァアアアアアアアアアアア!!』
地響きと共に雄叫びが響く。
フラッシュバックにより視界が遮られた俺は、取り敢えずは手のひらの二つの鼓動を守る事を優先した。
ギュッと目を閉じ、大きく開く。
しばらくして目が慣れてきて、自分が大きな影に包まれている事を知った。
見上げる。
「お、おお」
そこに居たのは、ドラゴンだった。
大きな青い翼を目一杯拡げて、空に向かって咆哮するドラゴン。
「あ、アレ何だ?」
ドラゴンの吠える先、遥か上空に、眩く輝く光の玉が浮かんでいる。
周囲の黒雲すら飲み込むそれは、徐々に大きさを増していく。
ドラゴンは一度その口を閉じ、大きく深呼吸をしている。
『ガァァァアアアアアアアアアアアアアア!!!』
ドラゴンが再び口を開け、一際大きな雄叫びをあげる。
それと同時に光の玉が一直線に飛んで行く。
逃げたバン車に向かって。
「う、うおおおっ!?」
着弾したのは見えたんだ。
激しい閃光で何も見えなかったし、爆音と轟音と地響きで何も聞こえなかった。
だけど結果は知ってる。
ありゃ、死ぬだろ。
(後でわかった事だが、ガサライオを含めた三人は生きていた。
炭と化した元バン車の成れの果ての中で、ピクピクと小刻みにふるえている所を、警察に捕まったらしい。しぶといこって。)
爆風もようやく収まった頃、今度は淡い光を発したドラゴンがゆっくりと縮む。
「ふう。スッキリした」
光が消え、中から美少女が現れた。
「あ、あの」
「あ、薫平さんはそのまま!もしかしたら薫平さんが触ってるから、卵が孵ったのかもしれないですし!」
え、俺?
もう、混乱しすぎて何から聞けば良いのか分かんねって。
とりあえず、明日ケータイショップに行こうと考えるのは、現実逃避になるんですか?
「あっ!見てください!」
落ちていたジャケットを羽織り、俺の隣に屈むアオイノウンさん。
「ほらっ!右手の子!もう直ぐです!お姉ちゃんですよ!」
確かに、右手で触っている卵が、カタカタとさっきまでとは違う揺れになる。
内側から削っているような感覚。
本来は重傷を負っている筈の右手が、ジンワリと暖かい。
「頑張って!あと少しだよ!」
アオイノウンさんのテンションも上がりっぱなし。
俺の疑問に答えられる余裕は無さそうだ。
バキバキと何かが割れる音がする。
より激しく、右手の卵が揺れた。
それと同じ時に、今度は左手の卵も小刻みに揺れ始める。
「わっ、わっ!左手の子も!凄い!」
「お、俺の手、もう離していいよな?」
「あ、はい!もう大丈夫そうですね!ほら、見てて下さいよ!」
ようやく卵から手を離して、俺はひとまず落ち着いた。
深呼吸だ。
冷静に行こうぜ薫平。
一際甲高い音を出して、右側の卵に大きく亀裂が入った。
ポロポロと殻が溢れていく。
チラリとアオイノウンさんを見ると、涙と鼻水でボロボロだった。
小声でひたすら「頑張れ、頑張れっ」と呟き続けている。
左の卵も順調に割れ出し、アオイノウンさんは首をキョロキョロと心配そうだ。
暫くの時間が経った。
気がつけば俺はアオイノウンさんの手を握り、肩を抱いて卵を見守っている。心配でたまらず、フラフラだったのを見かねたのだ。
下心では無い。
やがて、アオイノウンさんが涙で脱水症を引き起こす直前に、その瞬間は訪れた。
「ふぁっ、ぷしゅんっ!!」
彼女はクシャミと一緒に産まれてきた。
最後の殻を頭で突き破り、開きかけた目を精一杯瞬かせて。
「あっ、ああっ………う、産まれたっ………!!」
俺の手を握るアオイノウンさんが、感極まってプルプルと震えだす。
薄い白っぽい頭髪は、きっと産毛だろう。
まだ生えそろってないから頭皮が丸見えだ。
半開きの瞳は綺麗な黒目をしてて、いつの間にか寄り添っていた俺達をジッと見ている。
「…………………………あー」
「うん……うんっ!ママだよっ!」
アオイノウンさんが殻の台座に座るその子に手を伸ばす。
彼女はその手を暫く見つめ、不意に両手で中指をギュッと掴んだ。
そして。
「あー!」
世界で一番可愛く、笑った。
多分俺はその日、運命達と出会ったんだ。