バード・ラヴァーズ⑦
遅れをとりもどせキャンペーン中。連続投稿その①
「ヂューーーーーンっ!」
カイザー丸の野太い咆哮が夕暮れに木霊する。
短い羽を目一杯に広げ、一歩進むごとに軽い地響きを響かせながら真っ直ぐに進撃して来る。
「チュンっ!?」
「チュンチューンっ!?」
「チュチュチュっ!?」
チュンチュの群れ達は困惑の鳴き声を上げながら次々と柵を乗り越えていく。
「ああっ、お前達っ!駄目だー!」
涙目の厩務員のお姉さんが口元に右手を当ててオロオロとチュンチュ達を見送っている。
「薫平さんっ!ナナっ!翔平さん!」
「大丈夫!?」
俺達の周りからチュンチュが居なくなり、アオイと三隈が駆け寄って来た。
「お、俺達は大丈夫だけど」
「びっ、びっくりしたぁ」
俺の腰にしがみついたまま翔平が安堵の息を漏らした。
「ふぇえええ、ばぁああああっ!」
「ナナ、もう大丈夫だから。ほら」
ナナを抱き直して背中を叩く。
少しだけ泣き止んだナナは俺の服を両手でギュッと掴み、グリグリと肩口に顔を押し付けた。
「ナナが、鳥さんを集めてるって本当ですか?」
アオイが右手でナナの頭を優しく撫でた。
腕に抱かれているジャジャも親指を咥えたままナナを見ている。
「多分なんだけど……ほら、今も角が光ってる」
「光って……ますか?」
「光ってないと思うんだけどなぁ……」
アオイと三隈は首を傾げた。
「え?いや、こんなハッキリ光ってるじゃん」
「…………………あ、光ってます。でも私でも大分集中しないとわかんないぐらいです」
アオイは目を細めてナナの角を凝視している。
「薫平くんには、ハッキリ光って見えるの?」
無言で頷いた。
どういう事だ?
俺の目にはナナの白い上向きの角が、一目で分かる程明滅してるのが見えている。
優しい淡い光が、ナナの泣き声や鼻を鳴らす音に合わせてチカチカと。
「…………んー。一応、『こっち』の世界や『向こう』の世界にも、鳥を操る神獣や怪物の伝承は結構あるんだ。実際にモンスターの中には生み出した鳥を操作するタイプもいるし。ただ、龍が鳥類を操るって話は、はっきりとは残ってないの」
「はっきり?」
三隈が顎に右手を添えて考え込む。
俺の相槌に軽く頷いた。
「実際に鳥を操ると言われている生物は、神話なんかだと大体同じ鳥類の姿をしているの。鶏を鳴かせて夜明けを告げる朱雀だったり、雷と共に眷属の雷鳥を羽ばたかせる南米の神鳥サンダーバードだったり。ただその正体を論じる一説には、プテラノドンなんかの翼竜の生き残りを見た現地の人がそう呼んでいるって話もある事にはあるんだけど……」
三隈はカイザー丸へと視線を移した。
その周囲には恐ろしい数の色んな鳥たちが舞っていて、嘴を尖らせてカイザー丸へと次々に襲い掛かっている。
足元には自らが率いている筈のチュンチュ達が群れとなって突撃を繰り返し、それをカイザー丸が短い羽を振り回して退けていた。
「詳しい事は調べてみなきゃ、ネズミさんは何か知らないかな?」
龍の医者、陰険ネズミ、ペテンネズ公などの俺による蔑称を数多く持つアルバ・ジェルマンか。
あの灰色のモコモコに頼るのも癪だが、仕方がないな。
チーズワンパックで貸し借り無しだ。借りを作るのすら遠慮したいからな。
「空龍にも空の一族にも、鳥を操る事のできる龍種はいません。すくなくとも会ったことのある龍や聞いたことのある龍にもいませんでした」
「そうか……しかしまあ」
俺はまだ鼻を鳴らしてぐずっているナナの後頭部を見た。
「……たぶん、ナナはこの牧場に入った時から何かに怖がってた気がするんだよなぁ。ずっと機嫌悪かったし、珍しく俺に甘えてきたし」
「そうですね。パパなら守ってくれると思ったんじゃないでしょうか」
何に怖がってる?遠くにいても感じ取れるほどの何かに怯えているのは間違いないんだけど。
牧場に居て、町に居ないモノ。
さっきまで居なくて、今居るモノ……。
馬か?
でもそばに居ても目を覚ましたり嫌がるそぶりは見せなかったっけ
か。
羊?
いや、昼食スペースの近くに居た羊には怖がって無かった筈だ。
チュンチュか?
でも雀湖に着いてもしばらくは眠って……。
カイザー丸……。
カイザー丸か!
そうだよ。カイザー丸は浩二が驚かせたチュンチュ達の鳴き声で戻って来たんだ。
群れのリーダーとして群れを守りに。
多分その泣き声に感づいたカイザー丸の気配に怯えてるんじゃないか?
俺はナナを抱えなおして、今まさに鳥類大戦争を繰り広げているカイザー丸へと視線を移した。
「なぁ三隈」
「なに?」
俺は顔を動かさずに三隈へ問いかける。
何かを考え込んでいた三隈が顔を上げた。
「チュンチュも他の鳥たちも、ナナが操ってるっぽいよな」
「うーん。状況から見たらそう見えるよね。そうじゃなきゃチュンチュ以外の鳥たちがここに集まる理由がわかんないし」
それに雛を手放さなくなるほど群れのリーダーを恐れているチュンチュ達が、なぜか足を止めることなくカイザー丸へと立ち向かっているのも変だ。
「んじゃあさ。カイザー丸、操られてるように見える?」
「それは……」
三隈もカイザー丸へと視線を移した。
「そうは、見えないね」
あれも鳥なんだよなぁ。見えないけど。
「ん?」
しばらく暴れるカイザー丸を見続けていると、気になる物を見つけた。
よく見ないとわからないほどの小ささで、カイザー丸の周囲に緑色に光る物体が複数飛んでいる。
それはヒラヒラと揺れながら、粒子のような尾を描いてカイザー丸の周りを回っていた。
その形は蝶だ。
ユールとの一件で見た、緑色の精霊。
あれ以降どんなに目を凝らしても見えなかった精霊が、カイザー丸の周囲でまるで楽しそうに舞っている。
「……アオイ、天の精霊って白く光る蝶の形をしているんだよな?」
「へ?」
アオイが呆けた声を出した。
「は、はい。天に生まれた天を遊ぶ精霊は、すべて白い色で光ってます。地の精霊や海の精霊は見えないからわかんないですけど、聞いた話だとそれぞれ形が違うそうなんですが、聞いた話だと地の精霊が赤で、海の精霊が水色に光るそうです」
んん?
じゃあ、あの精霊はなんの精霊なの?
なんで今、俺はあの精霊が見えてるの?
「もしかして、薫平さん。あのときの精霊が見えてるんですか?」
「あ、あぁ。カイザー丸の周りだけな。しかもほんの数匹だ」
顔をアオイへと向けると、神妙な顔で考え込んでいた。
「……もしあれが精霊なら、おかしいんですよね。精霊一匹にできる事って大した事ないので、数匹だけで集まるなんて滅多にないんですよ。天の精霊が少数いても、雨の粒を数滴作るぐらいしかできませんし」
じゃあ、あの精霊は何をしているんだろう……。
「うぅぅ」
「おっと、ナナ?怖い事ないぞー。パパが居るからな?」
さめざめと泣き続けるナナは可愛らしいが、泣かせたままだと可哀想だ。
「あぁ!カイザー丸っ!さすがにお前一匹じゃあ無理だべ!なぜ逃げないだぁ!」
慌てる厩務員さんの声色に、カイザー丸への心配が含まれている。
そうだよなぁ。
あいつ、群れの声を聞いてすぐに駆けつけてきたもんなぁ。
ここのチュンチュを束ねる王として、心配したんだろうなぁ。
このままじゃ、いけない気がする。
いや。いけない。
チュンチュ達も本気で群れのリーダーに歯向かっているわけじゃない。
他の鳥たちも訳がわからないまま集められたんだろう。
怯えたナナの無意識に呼び寄せられて、体が勝手に動いているんだ。
いくらなんでも、あんまりだ。
他の動物とはいえ、そんなの奴隷と変わらないじゃないか。
俺はジッとナナを見る。
多少落ち着いているとは言え、まだ怯えが残っている。
頭の悪い俺の考えられる、たった一つの解決策。
そんなに難しいことじゃない。
これは、『パパ』である俺のやるべきことだ。
なら、俺がやらなきゃ。





