バード・ラヴァーズ⑥
厩務員のお姉さんが言う、カイザー丸が徐々に近づいてくる。
体格は普通のチュンチュより三倍はデカく、その目つきは殺気すら放っていて愛らしさが行方不明。
威風堂々とした王者の風を漂わせるその出で立ちは俺達に恐怖を感じさせる程だ。
「お姉さんっ!こっち来るんだけど!?」
「あ、あれ何!?」
その圧倒的な存在感に威圧された佐伯と翔平が慌ててお姉さんに問いかけた。
「カイザー丸はこの牧場のチュンチュ達のリーダーだべ! 玉座に君臨して早十年! 一度も王座争奪戦に負けた事が無いんだよ!まさに帝王の名に相応しい子なんだ!こんな早く帰って来るなんて思ってなかっただ!いつもは一月ぐらい戻ってこないのに!」
カイザー丸なんて名前つけるからじゃないですかね!?
チュンチュ達の鳴き声を聞いて帰って来たのか?
「びぃいいいええええええ!」
騒つく俺達に影響されたのか、ナナの泣き声がより一層大きくなった。
「と、とりあえず逃げた方が」
俺はナナを抱き直して、翔平の手を取る。
「大丈夫、あいつは確かに乱暴者だけど歴とした群れの主だべ。意味なく暴れたりはしないだよ。それにチュンチュ達が柵を越える事は無いだよ。あいつらのジャンプ力じゃ届かない高さだべ」
な、なら大丈夫か?
とりあえず、泣きっぱなしのナナをなんとかしよう。
翔平の手を離して、ナナを両手で頭上に持ち上げた。
「ナナ?大丈夫大丈夫。びっくりしちゃったなぁ」
「うにぇええええええ!」
「あれ?」
可愛らしい泣き顔を見上げていると気づいた。
ナナの白い上向きの角が、やはり光っている。
「これ、なんだ……?」
「兄ちゃん!」
「ん?」
翔平の声が耳に入り、顔を向ける。
「あれ! あれ!」
翔平は青い顔でチュンチュ達を指差した。
その指を視線で追う。
「いっ!」
目線が柵に差し掛かった時だ。
「うわっ!えっ!?」
「な、なして!?柵はチュンチュが越えられない高さなんだよ!?チュンチュ達が柵を越える事なんて今までなかっただー!」
大量のチュンチュが次々と柵を飛び越え俺と翔平の周りを走っている。
「お、おい!なんだこれ」
「兄ちゃん!」
「風待!翔平!」
「にゃあああっ!」
ぐるぐると俺たちの周りを走り続けるチュンチュ達。
翔平は俺の腰に手を回してしがみつく。俺はナナを抱えたまま翔平の肩を右手で支えた。
チュンチュ達の向こう側で佐伯と浩二が心配そうに俺達を呼んでいる。
「お前ら落ち着くだ!なした!?カイザー丸にビビっちまっただか!?」
慌てた厩務員のお姉さんが小さめのチュンチュを無理やり押さえつけた。
「チュンっ!? チューーンっ!」
ジタバタともがいたチュンチュがお姉さんの手をすり抜けてまた走り始める。
「ああっ! チュ、チュンチュ達の目が普通じゃないだ!こんなん初めてだべー!」
涙目のお姉さんが叫ぶ。
「薫平さん!」
アオイの声に振り向くと、ジャジャを抱えてベンチから駆け寄ってきていた。
「来るなって!」
「でも!」
俺の制止に一度足を止めて、オロオロと狼狽えるアオイ。
「チュン!?」
「チュチュチュチュチュチュチュチュっ!?」
「チューーーーン!?」
なんだ?
チュンチュ達の様子が明らかに変だ。
目を白黒させながら、俺達の周囲を走り続けている。
「お、おいお前ら」
思わずチュンチュ達に声をかけてしまった。
その形相が尋常じゃなく、嘴から舌を出して荒い息を吐いているヤツだっているからだ。
「にゃーーーー!?」
今度は何だよ!
突然の大声の主は浩二だ。
「な、なんじゃあれぇ!」
佐伯が湖の向こうを指差している。
俺は泣き止まないナナを胸に優しく押し付けながら、佐伯の差す方向を見る。
「うわぁ……」
湖の向こう、緩やかな山脈の向こうから、黒い影が顔を覗かせていた。
よく見るとそれはワサワサと動き、分裂したり合体したりを繰り返して俺達へ近づいてくる。
「あれ、全部……鳥か……?」
そう、夥しい数の鳥の群れが、山脈から湖の上まで覆うように飛んでいた。
カラス、ツバメ、白鳥から鷹まで。
様々な鳥達がこちらへ向かって集まって来ていた。
気になって周囲を見ると、同じような鳥の大群が四方から俺達を中心として飛来している。
本当になんとなく、ナナを見た。
その白くて小さい角はもうはっきりと発光していて、ナナの泣き声に合わせて明滅している。
チュンチュ達の表情をもう一度見た。
皆一様に、困惑したまま走り続けている。
なんか、ピンと来た。
「あ、アオイ!」
「はい!なんですか!」
チュンチュ達の輪の外で、アオイと追いついて来た三隈が並んで心配そうに俺達を見ている。
「多分!多分だけど!鳥を集めてるのナナだ!」
「はい!?」
わかる。
俺も自分で何言ってるか分かんないから!
「そんな事っ、出来るわけ無いですよぅ!空龍が鳥さんを操るなんて聞いた事ありません!」
「三隈! なんか知らないか!?」
最近龍について勉強をしていると言う三隈なら、何か知っているかも知れない!
「え、えっと、ちょっと待って! なんか、聞いた事ある気が!」
「本当ですか!?」
アオイは驚愕の顔で三隈を見た。
その腕に抱かれたジャジャは驚いているのか、右手の親指を咥えたまま呆けた顔でチュンチュ達を見ている。
「カイザー丸っ!ストップだべ! じゃすとあもーめんつ!」
なんで英語っ!
混乱したお姉さんが、岸に上陸したカイザー丸の進路上に躍り出た。
地面に足が着いたからなのか、カイザー丸の速度は一気に加速する。
「お姉さんっ! 危ないっ!」
俺はお姉さんに向かって叫ぶ。
「ひっ、びゃああああああ!!」
俺の声に驚いたナナが、一回大きく目を見開き、再び大きく泣いた。
その白い角の発光がより大きくなる。
「チューーーーン!?」
「ヂュっ!?」
「チュンっ!?」
その発光に合わせて、チュンチュ達が一斉に動き出した。
俺と翔平を器用にすり抜けて、迫り来るカイザー丸とお姉さんに向かって走り出す。
空を埋め尽くす鳥達も同じように、カイザー丸へと一斉に急降下を始めた。
「ヂューーーン!」
カイザー丸がその巨体を震わせて、短い羽を広げて雄叫びをあげる。
「あいつ!迎え撃つつもりだよ!」
佐伯が興奮した声で鼻息も荒く拳を握る。
穏やかな牧場の夕暮れで、西日本鳥類最強決定戦が行われようとしていた。
なんだこれ。





