バード・ラヴァーズ⑤
「チュン!」
「チュチュっ!」
「チューンっ!!」
丸々と太った、愛らしい茶色の物体達が楽しそうに水辺で戯れている。
「か、可愛い……」
「やーん!なにあれなにあれー!」
頬に手を置いて身震いをしている三隈と、興奮を隠し切れない佐伯が思わず声を上げた。
「兄ちゃん!あれ見て!」
珍しく無邪気に喜んでいる翔平が水辺の一点を指差した。
「にににににに……」
その隣で浩二が悔しそうに歯を食いしばっている。
何に嫉妬してんだお前は。
「わわわ、薫平さんあれ!雛ですよ雛!」
俺の隣でベビーカーを押していたアオイが、翔平の指差す所を見て驚いている。
ここは牧場の最奥地。
飼育されている400を超えるチュンチュの憩いの場。
通称、雀湖。
なんでこんな言い辛い通称が流行っちゃたんだろう。
それなりに大きな湖に、大小様々なチュンチュが思い思いに遊んでいる。
優雅に湖を泳いでいる茶色。
水辺で仲間に水をかけて遊んでいる茶色。
岸辺で一心不乱にエサ箱を突いている茶色。
おそらく雄らしい茶色の周りに、なにやら淫靡な空気を出して群がっている茶色達。
茶色、茶色、茶色。
視界を埋め尽くすチュンチュの群れに、俺は圧倒されている。
「すっごいなぁ……こんなに居るとは」
俺の想像では、まあ多くても五十匹居るか居ないかだと思っていた。
しかし現実は想像をいつでも凌駕する。
なんだこの群れ、異常繁殖でもしてるんじゃないか?
「あそこ、ふれあいパークって書いてる」
佐伯が指差す場所に、木の柵で囲われたスペースがあった。
中では牛族の獣人の女の人が麻袋を担いで忙しそうにしている。
「行ってみようか」
俺は努めて平静を装いみんなに提案する。
触れ合えんじゃない?
これ、あの茶色とワサワサ触れ合えんじゃない?
「兄ちゃん、あーゆーの好きだもんね」
隠しきれてなかった。
はいっ!大好きです!
気持ち駆け足で俺たち一向はふれあいパークへと急ぐ。
柵に近寄ると、牛族の女の人が笑顔で軽く頭を下げた。
「いらっしゃい。こんな若い子達だけなんてめんずらしいなぁ」
金髪の美人さんだった。
うわ、何あの胸。ミサイルでも仕込んでんの?
「薫平くんはどこ見てるのかな?」
「チュンチュに決まってるだろうが」
思わず彼女の胸元に行きそうだった(行ってた)視線を、三隈が物理的に修正した。
正確に言えば背後から両側の側頭部を掴まれて、普段からは想像もつかない力で上を向かされていた。痛い。
痛いし怖い。
びっくりして思わず嘘吐いちゃった。
「私のがあるのに……小さいですけど」
「すいませんお姉さん!!チュンチュと触れ合いたいんですけど!」
アオイのつぶやきを大声で掻き消した。大丈夫、ナナはまだ俺の腕の中でぐっすりだ!
早くこの話題を逸らさなければ!
「……あとで、お互いの妥協点を話し合いましょうね?」
そんなアオイのつぶやきが怖い。
怖くて怖い。
「あいよ。遠慮せずかまってやってくんろ。この子達は一昨日産まれたばっかでな。あだす一人じゃ満足に甘えさせられないんよー」
牛族のお姉さんのなまりも気になるが、今注目すべきはその足元にスリスリと群がる、小さな茶色だ。
「ふわぁああああっ!なにこれなにこれなにこれーっ!」
佐伯が突然ぶっ壊れた。
「あのあの、この子達、触ってもいいの?」
「どんぞどんぞ。チュンチュの雛は人懐っこくてな。むしろ触ってあげないとさびしくて隅の方で拗ねて泣いてたりすんだ」
それって鳥類がしていい拗ね方なの?
許しを得た佐伯が、地面に尻が着かないように気をつけて膝を抱えて座る。
ソロソロと右手を伸ばすと、その手に気づいた小さな茶色達が勢いよく駆け寄って来た。
「おぉおお……」
感嘆とも興奮ともとれる声を漏らす佐伯。
見れば差し出した手に、5匹のチュンチュの雛がスリスリと体を擦り付けている。
気持ちよさそうに目を細める子チュンチュ達が非常に愛らしい。
「僕も僕も」
翔平が佐伯の隣に座り、両手を伸ばして子チュンチュの一匹を抱え上げた。
「チュっ!」
嬉しそうに一鳴きして、身をよじって甘えるチュンチュ。
「可愛いなぁ」
「ねっ!ねっ!?可愛いよねっ!」
「にぇえええええええ」
姉と翔平のそんな姿を見て、浩二が不満気な顔で唸りだす。
「あぅ、あー。だぁー」
「あ、ジャジャ起きちゃいました」
いつの間にか起きていたジャジャが、アオイを見上げて『なになに?ジャジャおきたからみせてっ』と両手を上げてアピールをしている。
俺の隣に立っていたアオイがベビーカーの中に手を伸ばした。
「おはよージャジャー。ほーらお友達の鳥さんだよー」
アオイはジャジャを抱き上げ、アオイの脚に身を擦り付けていた子チュンチュ達を指差す。
右手の親指を咥えながら、ジャジャは子チュンチュ達を見た。
「あー、だぁー!」
目を輝かせて、ジャジャは大きく左腕を動かした。
「チュっ!」
「チュンチュンっ!」
「あぅ!きゃいっ!」
なにやら赤子にしかわからないコミュニケーションを取っている。
ジャジャの声に子チュンチュ達が反応し、その反応にジャジャが喜ぶ。
なにこの光景。眩すぎるんだけど。
「この子達、ようやく厩舎から出てきたばっかなんだぁ。群れのリーダーが先週から姿を消したもんでよ。今のうちってんで外に出していたんだよ」
「群れのリーダー?」
チュンチュの群れの?
「おう。アイツがいるとメスのチュンチュがビビッちまって、子供たちを放さないんだよぉ。群れの主だけあって乱暴者でなぁ。私達厩務員の言うことも全然聞かねぇで、たまにフラッと居なくなるんだぁ」
あんな愛らしいチュンチュ達のリーダーなのに、そんな不埒者が居るのか。
俺の想像では大きな王冠を被ったもっと丸いチュンチュだったのに!
「兄ちゃんのイメージ、変だからね?」
うん。分かってる。
しばらく子チュンチュ達と戯れながら時間を過ごす。
ナナは結局起きなかったから、ずっと俺の腕の中だ。
少しもったいない気もするけど、また今度来た時に子チュンチュを見せてあげよう。
ふれあいパークも閉園となり、子チュンチュ達は厩務員のお姉さんに連れられて厩舎へと戻っていった。だいぶ遊んでいたらしく、いつのまにか空が少し夕暮れ始めて来ていた。
いい感じに疲れていた俺達は、パークの隣にあったベンチで小休憩をしている。
湖にはまだたくさんのチュンチュが遊んでいて、チュンチュンチュンチュンと囀りが聞こえてくる。
「こうちゃん!駄目だってば!」
翔平が大声を上げた。
「にししししし」
その声の先に、浩二が居る。
「翔平、こーじがまたなんかしでかした?」
佐伯が翔平の元へ駆け寄る。
「いちか姉ちゃんも怒ってよ。こうちゃん、チュンチュを捕まえるって柵越えちゃったんだ」
「あんの馬鹿!こらこーじ!父さんに言いつけるよ!」
佐伯が慌てて柵から身を乗り出す。
「ちょっと見てくるな」
「はい」
「うん」
ベンチでジャジャのおしめを換えているアオイと、その補助をしている三隈に一声かけて、ナナを抱えたまま柵へと向かう。
「にゃー……にゃ……」
「やめろって言ってんだろばかこーじ!姉ちゃん本気で怒るぞ!」
「こうちゃん!危ないってば!」
佐伯と翔平の制止の声を何ともせず、浩二は身を屈めて水辺で寝ているチュンチュに向かってソロソロと移動していく。
「おい浩二!そいつらが暴れたらお前が危ないんだって!」
俺も声を張り上げた。
大人のチュンチュの大きさは、背丈だけでも今の浩二より大きい。
体重なんて浩二の4倍近くあるから、圧し掛かられただけで大怪我だ。
「浩二っ!いい加減にしろっ!!」
「にっ!!」
佐伯の本気の怒声が牧場に響いた。
その声に驚き、身を固める浩二。
同時に、数匹のチュンチュが驚いて俺達へと視線を向けた。
「……チュ」
「……にゃあ」
一匹のチュンチュが、すぐ近くにいた浩二と目を合わした。
固まる両者。
浩二は目を見開いて汗を垂らす。
「…………チュっ、チューーーーーーーーーーーーーーーーーーン!!!」
「にゃわわわわあっ」
「ふえっ」
チュンチュが驚きの声を上げた。
慌てて浩二は柵に向かって走る。
チュンチュの声に驚いたのか、ナナが起きて眼を丸くしている。
「ふわっ、びゃあああああああああああああああ!」
「おおっ!ナナ、びっくりしたな。怖くない怖くない」
俺は慌ててナナの背中を優しく叩きながら宥める。
「びいいいいいいっ!んにゃああああああっ!」
よほど驚いたんだろう。
中々泣き止んでくれない。
「チュっ!」
「チュチュチュっ!」
「チュチューーーンっ!」
湖にいるチュンチュ達が、一斉に鳴き始めた。
「うわあ、どうしたのみんな!」
「ばかこーじの所為で怖がってるんだ!あの愚弟!」
「にやにゃあ!!」
浩二が息を切らせて柵を登っている。
「あれ、何だ?」
ナナをあやしながらチュンチュ達を見ていたら、湖の先に何かが居るのを見つけた。
横に長い丸いシルエット。
見る限りかなりデカい。
緩やかに湖を滑るように泳いでいて、やがてその姿がはっきりと見えてくる。
「でっかあ……」
「なにあれ……可愛くない」
「にゃあああっ!」
「嘘ぉ……」
俺達が見たもの、それは超巨大なチュンチュ。
俺の身長を優に超える、見上げるような巨体。
頭には、白いトサカのような毛が生えていた。
「あぁぁぁーー!!」
突然聞こえた声に驚き、振り向く。
そこにはふれあいパークのお姉さんが、口を開けて驚いている。
「カイザー丸が、帰って来ただぁーー!!」
カイザー丸?
何それ。





