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バード・ラヴァーズ④

 


 ナナの機嫌が悪い。

 お目当てのチュンチュの湖はすぐそこだけど、俺たちは脚を止めて木陰に入った。

 大きくぐずる事はせず、ずっと不機嫌に弱弱しく泣くナナをあやすためだ。


「どうしたの?おねむできない?」


 大好きなママに抱かれていても、ナナは泣き止まない。


「ふえぇ、んぅ」


 口をへの字にまげてイヤイヤと首を振る。

 どうにも理由がわからない。

 木の根元に腰を降ろしたアオイが懸命に機嫌を直そうと頑張っている。


 ジャジャは気にせず寝ているし、おしめもさっき換えたばかり。

 おっぱいだって拒否するし、抱いてあやしても効果無し。


 うむ。八方塞がりだ。

 どうしたものか……。


「まだ寒いのかな?」


 三隈がナナの首元に手を入れ、幼児用ツナギのフードを被せた。

 ジャジャと色違いのクマ耳フード。

 ジャジャが茶色でナナは白だ。

 一応外出用と考えて、動物耳シリーズの中でも厚手な奴を着させてある。

 五月に入り暖かくなってきてはいるが、時折冷たい風が吹くからな。

 それに最近顕著に感じさせられるのは、大人と赤ん坊では、感じ方がまるで違うという事だ。

 俺たちにとっては何てこと無い寒さも、ナナ達赤ん坊からしてみれば、状況によっては体調を崩しかねない極寒になる。

 逆に過ごし易く穏やかな気候でも、体温高めの幼児からすれば汗が止まらない温度だ。

 そのため俺たちの荷物には少なくない量の双子達の換えの服が入っている。

 体温調節には、細心の注意を払わなければ。


「少し汗ばんでますから、大丈夫みたいですね。この汗も泣いてるからだろうし。泣き虫ナナちゃん?どうしましたかー?」


 アオイがナナの額と自分の額を合わせて、瞳を覗き込む。


「うぅ」


 鼻で浅く息を吸って、ナナはようやく泣き止んだ。


「怖がってる?」


 なんとなく、そんな気がした。


「え?何にですか?」


 いや、本当になんとなくだ。

 言葉を喋れない双子達は、俺たちに意思や目的を伝える方法が無い。

 だから本当になんとなく思った事を、全部試してみるしかない。

 そんな事をしていたら、最近思いついた事を口に出す癖ができてしまった。


「初めての場所に怖がってんじゃないの?」


 アオイの荷物を代わりに持っている佐伯が口を開く。


「そうかもね。ウチの近所とは全然違う所だし」


「にっ!にぃ!」


 勝手に進もうともがいている浩二の襟を掴みながら、翔平はナナの額を撫でた。


「あー」


「ナナ?」


 アオイの側で覗いている俺に、ナナが手を伸ばしてきた。


「ん、俺?」


 珍しい事もあるもんだ。

 アオイと俺が両方居る場合、ナナは必ずアオイに甘える。

 俺が抱っこできるのはアオイが不在の時か、アオイが手を離せない時だけだ。


「パパがいいの?」


「あう、だぁ」


 ジタバタと短い手足と尻尾と翼を動かして、ナナが俺へと身体を寄せた。


「おし来た。おいで」


 なんにしても、これだけ甘えてくるナナは珍しい。

 抱っこできるチャンスがあるなら、どんな理由だろうと大歓迎だ。


「はい薫平さん」


「はいよ」


 ナナの両脇に手を差し込み、アオイは俺へと腕を伸ばす。

 アオイの両手の上から俺の手を被せて、掴んだ。

 すぐにアオイの手が引かれ、しっかりと体重を支える。

 ナナを片腕に座らせ、俺の胸にナナの身体を優しく押し付ける。


「んふう」


 肩口に頭を押し付けて、緊張を解くかのように弛緩するナナ。


「あれ?なんだこれ」


 俺からみたらナナのつむじと角しか見えない。

 ちなみに双子のつむじはそれぞれ逆に巻いていて、ジャジャが右巻き、ナナが左巻きだ。

 そんな左に巻いている最近青く染まりかけてきた短い産毛の脇に、ナナの角が生えている。

 ジャジャはアオイと同じ黒くて真っ直ぐな角を持っているが、ナナの角は白くて途中で上に曲がっている。


 文字通りの二卵性だからか、双子は結構似ていない。

 いや、似てはいるんだが、違う所が多い。

 最近増えてきた髪なんかもそうだ。ジャジャの髪はサラサラなストレートだけど、ナナの髪はクルリと渦を巻いた天然パーマだ。

 最初の頃は良く見ないとわからなかった違いが、この二ヶ月でずいぶんと多くなってきている。


「どうしました?」


 ベビーカーで寝ているジャジャのタオルケットを直しながら、アオイが不思議そうな顔をした。


「角、光ってないか?」


 ナナの白い角が、ぼんやり光っているように見える。


「え?そんな事ないよ?」


「うーん……光っては、ないなぁ」


 三隈や佐伯にはそう見えないって事は、俺の勘違いか?

 もともと真っ白なもんで、太陽の反射でそう見えただけかもな。


「特に精霊が集まっているわけでも無いです。龍の角が光る時は精霊を導いてる時ですから」


 アオイが言うなら、違うんだろうな。


「ふぁあ」


 ナナが大きなあくびをして、俺の腕の中で身体を丸くした。

 やはり眠かったのか。


「珍しいですね。ナナが薫平さんに抱っこされてすぐに寝付くなんて」


 いやぁ、俺は嬉しい!

 いつもめちゃくちゃ嫌がって、最終的にアオイに抱かれないと寝てくれないんだよなぁ。

 可愛いなぁ。ウチの末の娘は超可愛いなぁ。


「しばらくは抱いていようか」


「そうですね。目的地はすぐそこだから、そこで休憩しましょう。チュンチュをジャジャとナナにも見せてあげたいですし」


 もうこうなったら起きるまで抱いておきたいぐらいだ。

 頭頂部しか見えないナナを伺うと、小さな肩を上下させて、可愛らしい寝息を立てている。

 早い。


「じゃあ、ゆっくり行こうか」


 三隈の提案に無言で頷く。

 折角眠ったところを、俺の声で起こすのは可哀想だ。

 アオイも立ち上がって、ベビーカーのハンドルを握る

 。

 翔平は浩二の服をゆっくりと離し、口に指を当てた。

 静かにしろよって意味だぞ。

 そんな不思議そうな顔するなよ浩二。


 みんなを先に行かせて、最後に俺が続く。

 穏やかな寝息をここぞとばかりに堪能しながら、ナナをもう一度見た。


 やっぱり、光ってないか?


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