バード・ラヴァーズ③
「やっぱり美味しいなぁ……。翔平くんすごいね」
「ほんとほんと、嫁に来いよ翔平」
翔平手製のチキンカツサンドを頬張りながら、三隈と佐伯姉は翔平を褒める。
うむ。弟が褒められるのはやはり気分がいいな。
「いちか姉ちゃんが男の人だって僕知らなかったなー」
翔平は澄まし顔のままお茶を飲み、返事を返す。ほとんど棒読みだった。
「にししししししっ!」
「なんであんたが嬉しそうなんだよっ」
「にぃっ!」
得意げに笑う浩二に佐伯は呆れながら頭を軽く叩いた。
「一応、私も下拵え手伝ったんですけど、どうですか?」
緊張の面持ちでアオイが俺に聞いてきた。
「うん、美味い。上手になったなお前」
素直に返す。
「えへへ。ほんとですか? 嬉しいなぁ」
本当だとも。
最初の頃なんて酷かったんだから。
以前のアオイの食生活は悲惨な物だった。
牙岩ダンジョンに巣くう6種のダンジョンモンスター、その中で食用に適しているのは大きなハンマーを担いだ二足歩行の雄牛、バスターカウだ。
あまり下界に下りようとしなかったアオイはダンジョンに潜り、バスターカウを主食としていたらしい。
その調理方法は驚くほど単純。
焼くか、煮るかだ。
最上階に流れていた雨水の川、岩肌に浸透して溜まった水を使い、牛肉と呼んでいいのか知らんがその肉を煮たり焼いたりして食べていたとの事。
生じゃないのは血が苦手だからだそうだ。
そんなアオイは、当然ながら碌に調理法を知らなかった。
翔平が青い顔をして止めなければ、庭先で稲妻を落として肉を焼き始めるところだったらしい。
出来上がった料理も、焦げていたり煮えていなかったり。
とてもじゃないが、文明を感じる料理には見えなかった。
それが今となっては、サラダと汁物を翔平に任される程に成長している。
ひとえに弛まぬ努力の賜物だろう。偉い。
偉いし凄い。
「……薫平くん。今度のお昼は私が作るね。これでもお母さんの手伝いは良くするから」
へぇ。意外だ。
三隈は意外と不器用だから、あまり家事が得意そうには思えない。
なんか楽しみだな。
「いえ、結構ですよ『夕乃』さん。夫の食の管理は妻の責務です。未熟ですが私がお世話をするのが当然ですから」
アオイが笑みを浮かべて三隈へ迫る。
「いやアオイちゃん。遠慮しないで?毎日双子ちゃん達のお世話で疲れてるでしょ? 偶の休みの日ぐらいゆっくりするのも、お母さんには大切な事だもの。私なら気にしないで? お料理大好きだから」
三隈も笑顔で返事を返した。
「いえいえ夕乃さん。夕乃さんは風待家の大切なお客様ですから。お客様を台所に立たせるなんて、風待家の一員として恥ずかしい真似はできません。ねぇ薫平さん?」
はい、薫平です。
「べべべ、別にそんな家訓は我が家には」
なんだろう。さっきまで吹いていた穏やかな牧場の風はどこに行ってしまったのか
「いいよいいよアオイちゃん。気にしないで? 毎週お世話になってるんだもの。それぐらいはさせてください。それに翔平くんだってアオイちゃんの面倒を見るの、偶にはお休みした方が良いと思うの? 毎日家事で大変だものね。ねぇお兄ちゃん?」
あ、はいお兄ちゃんです。
「そそそ、そうでもないよね翔平?」
助けてブラザー!
春の陽気に包まれた暖かい食卓が一気に極寒の北極圏になっちゃった!
「兄ちゃん」
そう、そうなんだよ!
ここでいつもみたいに翔平の切れのある冷静な一言が炸裂して……。
「僕とこうちゃん、羊見にいってくるね」
「にしししししっ」
神は俺を見捨てたか。
一点の混じりけの無い瞳で俺を見て、翔平は断罪の鎌を俺の喉元へ、もとい無慈悲な一言を俺に突き刺した。
浩二はその後ろで口元がねじ切れんばかりにいやらしい笑いを浮かべている。
「夕乃さん、すこし図々しいんじゃないですか?」
「あら、お家の事ならお義父様は遠慮せず寛いでくれっておっしゃってくれたわ?」
「社交辞令って、日本の良い文化だと思いません?」
「お義父様ほどの方が、そんな見え透いた事言うわけ無いじゃない」
「そんな事言わなくてもわかるからに決まってるじゃないですか。大人なんですから」
「ひきこもりだったアオイちゃんが大人のコミュニケーションを語るの?」
「人見知りで他人と会話できない夕乃さんだって同じですよね」
「同じ人見知りには言われたくないなぁ」
怖い。
並びあって座る二人のその小さな隙間に舞い込んできた葉っぱが、なぞの力場によって破裂した気がする。気がしただけだった。
「さ、佐伯さん?」
凍り付こうが固まろうがその場を乱す能力を持つ素敵なあの娘!
あとはお前だけが頼りだ!
君に決めた!
「しょうへーい、こーじー、あたしもいくー」
デイムっ!ホーリーシッ!
佐伯の野郎逃げやがったな!
あぁわかってたとも!おまえってばそんな奴だよ!
覚えてやがれ!
尻尾を膨らませて逆立てながら翔平たちを追って走るネコムスメ。
それを見送りながら、俺の背筋に悪寒が走る。
「薫平さんだって、私のお料理美味しいって言ってくれましたよね?」
「薫平くんだって、私のお料理楽しみって言ってくれたもんね?」
両耳に聞こえるのは、天使の歌声か、悪魔のささやきか。
どちらにせよ、俺の精神では太刀打ちできないのは確かだ。





