バード・ラヴァーズ②
少し歩くと、牧場の中心地となる売店を見つけた。
その横に、木製のテーブルが5セット並んでいる。
大きな木の下に配置されていて、枝が丁度屋根となって日陰ができている。
ここが昼食スペースになっているらしい。
10名くらいなら余裕で座れるそのテーブルのひとつに弁当を広げる事にした。
一応ここは観光地なので、売店で売っている商品は割高だ。
もちろんそんな値段の物を無計画に買う事を、風待家の財務大臣であらせられる翔平が許すはずがない。
売店程度じゃ逆立ちしたって翔平の弁当に敵うはずがないしな。
ジャジャとナナを含めて8名。
かなりの量となった弁当は重く、もちろん俺が運んできた。
傾いたりしないよう慎重になったため、余計に重みが増していた気がする。気のせいだが。
テーブルの上に、持ってきたランチシートを広げる。
微風のせいで端がたなびき、うまく広げられなかった。
「浩二、そこ押さえといてくれないか」
「にぇえええ」
なんだその嫌そうな顔。
「こうちゃん、早くしてよ」
「にゃ!」
翔平の言葉に嬉しそうに頷き、浩二は風で暴れるシートをペシペシと猫パンチする。
「いや、押さえろよ」
「ふしゃーーー!!」
うおっ、威嚇してきやがった。
「こうちゃん」
「にっ!」
「早く」
「みー……」
翔平の静かな声に身体を固まらせた後、続く視線に肩を大げさに下げて萎縮する浩二。
シートを掴み、しげしげとテーブルへと押さえつける。
「ありがと」
翔平はなんでもないように、弁当箱をシートの上に置いた。
佐伯家の末っ子、佐伯 浩二。
こいつは短毛三毛猫族の中でも、珍しい男子として生まれてきた。
短毛三毛猫族を母親にもつ猫の獣人は多い。
女の子は三毛の頭髪と耳と尻尾で生まれてくるが、男の子はたいてい一毛の色で生まれてくる。
しかし佐伯の母親は三毛猫族だが、父親は人間だ。
獣人と人間のハーフは、『どちらか』に必ず偏る。
なので浩二が母親のお腹の中にいて性別がわかった時、家族一同は人間の男の子が生まれると思っていたらしい。
だが生まれてきたのは立派にまだら模様の猫の獣人。
サプライズに沸いた家族は、小さな頃から浩二を甘やかして育てた。
その結果、立派なわがまま長男が誕生してしまう。
浩二は、まぁ、なんていうか、何でもできて何でも許されてきた人間だ。
猫の獣人としての俊敏さと敏感さを併せ持ち、またよりにもよって父親が格闘技の師範だったものだから基礎ができてしまっていた。
気に食わない事は殴って拒否し、欲しい物は殴って奪う。
それが許されると勘違いした浩二は、小学校に上がる頃には見事な暴君と化していた。
もちろん師範である父親と、躾に厳しい母親がそれを許すはずもないが、問題は祖母と祖父だ。
同居している母方のおじいちゃんとおばあちゃん。
猫族である二人は、珍しい三毛の男の子の誕生に孫パワーが爆発したらしい。
浩二が何をやっても『すごいぞぉ』。
浩二が両親に怒られても『元気でいいじゃあないかぁ』。
浩二が学校で怒られても『仕方がないじゃあないかぁ』。
俺も一回会ったことがあるが、あれは駄目な許し方だとすぐにわかった。
自分のした事を認めてもらえてると勘違いした浩二は、まあ面白いぐらい増長した。
まさにガキ大将。三学年に上がる頃には、浩二の天下ができつつあった。
それは暴力が支配する良くない時代の到来だ。
男子は浩二の気まぐれに怯え、女子は浩二の癇癪に怯え、先生方は自身の忍耐の限界に怯えていた。
そんな無法地帯と化した学校に、一人の救世主が現れる。
名を風待 翔平。
後の『氷の微笑み』『心臓を射殺す視線』『猛獣使い』こと、我らが翔平が浩二の前に立ち塞がった。
そして風雲急を告げる学園戦争が始まったのである。
実際、俺は詳しい事は知らない。
翔平も『大したことしてないよ。叱っただけ』としか語らないからな。
その頃の俺は中学で不良共に絡まれていたし、佐伯や三隈とも会話らしい会話をしていない。
何があったかはわからないが、翔平は浩二を手懐けた。
二人だけの戦いがあったとかで、あいつらの同級生も知らない事らしい。
俺の知らない何かがあって、暴れん坊大帝こと佐伯 浩二は、風待 翔平の軍門に下った。
あれはとある休日の昼下がり、弟の友人が遊びに来ているからと気を利かせて茶を出した俺の目の前に、猫族の本能のままに翔平に腹を見せて撫でられていた浩二を思い出す。
蕩けた顔で喉を鳴らす浩二に戦慄を覚えたのはいい思い出である。
「アオイちゃん、ジャジャちゃんおねむみたいだよ」
「ふぇ、ふええ」
昼の準備中、ジャジャと遊んでいた三隈がアオイを呼んだ。
腕の中のジャジャは少しぐずっている。
アオイはベビーカーを横に置いてベンチに座り、双子のおしめの準備をしている。
「ナナも少し眠そうなんです。どっかでおっぱいをー」
「くぁー」
ベビーカーの中のナナは大きなあくびをしていた。
アオイはキョロキョロと周りを見渡す。
「あ、アオイ。売店のオバちゃんが休憩室使っていいって言ってたよ」
売店で飲み物を買出しに行ってた佐伯が戻ってきた。
「聞いてくれたんですか?」
「そりゃ、電車の中でありえない事言ってたじゃん。聞くって」
テーブルの上に大きなペットボトルと紙コップを置きながら、佐伯は呆れながらアオイを見る。
「そうだね。いくら人が少ないからって、薫平くんに隠して貰いながらじゃ心配にもなるよ」
「あはは……」
一応、授乳カバー持ってきてはいたんだが。
俺の至らない考えより、やっぱり女子の方がしっかりしているなぁ。
「風待、隠れりゃいいってもんじゃねぇんだぞ。おぉん?」
「す、すみませんでした……」
「しししししししっ!」
佐伯の凄みに何も言えず、素直に謝る俺に浩二が楽しそうに笑った。
こいつ、ほんとに俺の事嫌いだよなぁ。
「じゃあ薫平さん。私達少し行ってきますね」
「アオイちゃん一人じゃ大変だし、私もいくよ」
「ならあたしも行こうかな。今後のためにね」
女子達が連れ立って売店へと向かった。
「今後のためって……浩二、お前の姉ちゃん子供産む予定でもあんの?」
「ふしゃあ!!」
手を引っかかれた。
痛ぇ!!
「今のは兄ちゃんが悪い。こうちゃん、こっち手伝って」
「にゃあ!」
翔平の冷めた視線が身体に刺さる。
浩二は嬉しそうに翔平の元へと駆けていった。
俺、悪いことしたのかなぁ……。





