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ナナ姫はご機嫌ナナめ①

 

 ユーリエル・ドラゴラインは、アオイや双子達と言葉を交わすこと無く去って行ったという。


 俺はあれから二日程全くと言っていいほど動けなかったから、彼女の姿を見る事は無かった。

 いったい何を思い、何を決断し、何を諦めたのだかは俺にわかる筈も無く。

 ただアルバ・ジェルマンに言付けた俺への忠告から、きっと少しは思い詰めることなく立ち去って行ったのだと勝手に思うだけだ。


 あれから我が家で変わった事といえば、そんなに大した事は無い。


 俺の看護に熱意を燃やしたアオイが飯やら飲み物やらマッサージやらで大いに困らせてくれたぐらいだ。

 流石にトイレと風呂まで面倒みようと暴走した時は、翔平に泣いて助けを求めたさ。

 見舞いに来てくれた三隈も参加してくれたお陰で大騒ぎだった。


 親父とアルバが言い争う事が多くなった。

 二人で庭先で睨み合い、静かな口調で何かを話し合っている。

 聞いてもはぐらかされるし、親父が困ったように笑うから聞くのをやめた。


 俺が龍化した事も、鼠は言葉を濁すだけで話そうとしない。

 今のところ身体に異変は無く、以前となんら変わらない。

 アオイと二人でしつこく問い詰めても、煙に巻かれて逃げられる。

 本当にあの鼠だけは、信用ならない。


 かといって、気にしすぎても身体に毒だ。

 アオイは渋い顔をしていたが、俺が良いなら深く考えない事にしたらしい。

 それでも三隈と二人でネットを使って龍にまつわる伝承や伝説を探している。

 だって、隠そうとしないんだもの。


『愛されてるなぁ旦那』


 佐伯が楽しそうな顔をして俺を茶化す。

 返答に困るからやめてほしい。というか俺のそんなリアクションが益々佐伯を楽しませてしまう。


 翔平は何も変わらない。

 スーパー主婦人でいつもクールなマイブラザーは、なんとなく前より自然な態度でアオイや双子達と接している気がする。


 さて、春休みもあっという間に終わりを告げて、俺と翔平は学校が始まった。

 翔平は家から程近い小学校へ。

 俺はバスで十分ほどの場所にある高校へと編入した。


 ……まあ、色々あった。

 これを機会に、贅沢にも友人とまでは言わないが、普通に挨拶できる程度に親しい知人を作ろうと俺は決意していた。

 編入前日にその決意を夕飯時に発表したら、おかずが四品増えた。


『薫平、普通はそれを友人って言うんだぞ?ほら、父ちゃんのアジフライ一匹やるよ』


『兄ちゃん、僕応援してるね。あ、奴さん食べてね?』


『何かわかりませんが、薫平さんが決めたなら私は全力で支えるまでです。私の肉団子もどうぞ』


『君は僕並に友人が居ないみたいだね。チーズあげるよ』


 泣いた。

 ていうか鼠が普通に食卓に乱入してたから、掴んで庭に放り投げた。


 学校の事は置いておこう。

 少しだけ話すなら、俺の決意は初日の顔合わせで木っ端微塵に砕かれたって事だけ告げておく。

 まさか過去の俺を知っている奴が居るなんて、思っても見なかったんだ……。

 あの不名誉な二つ名をもう一度聞くことになるとは思わなかった。


 俺たちが昼に家を空けるとなると、アオイとチビ達しか残らない事になる。

 流石に心配だったので、前から顔合わせを済ませていたドギー巡査のお母さんにシッターをお願いした。

 おっとりタイプのユリー・マギーさんは、定年を迎えた元保育士のその手腕を遺憾なく発揮してくれた。

 人柄も良く、人見知りのアオイもすぐに打ち解けたようだ。

 金色長毛犬族(ゴールデンレトリバー)のユリーさんはドギーさんのようにスタイルの良い人で、たぶん五十歳を超えているのにカッコいいタイプの女性だった。

 平日の10時から17時まで、7時間も面倒を見させておいて無償というのもとんでもない話だ。

 挨拶ついでに親父から報酬の話を出してもらったんだが、なんか強い意志でやんわり断られた。

 定年を迎えても子供達と触れ合う事を望んだユリーさんは、ジャジャとナナが良い子で可愛いからそれで良いとまで言ってくれた。

 家族揃って申し訳無さが爆発したので、お昼ご飯とおやつ、それに週に三度くらい家に迎えて晩御飯を馳走させて頂いている。

 早くに旦那、ドギー巡査のお父さんを亡くしているので、警察官である娘が仕事の時は殆ど一人で過ごしているらしい。

 警察官の勤務時間は長いから、寂しかったのだろう。

 少なくとも俺達の目から見たユリーさんは嬉しそうだ。


 アルバが救援要請をしたボディーガードの龍だが、急いでいるみたいだが遠方から来るため、二ヶ月後の到着を予定している。

 それまでは、俺とアオイで頑張るしかない。

 誰が来るのかは、サプライズだと鼠が教えてくれなかった。

 あいつ、人の神経を逆撫でしないと呼吸できないの?それならギリギリ許してやるよ。


 そんな風待家の朝は、毎日が大騒ぎである。


 親父は朝早く家を出て、だいたい7時半ごろに俺達が家を出る。

 ママっ子のナナはともかく、ジャジャが問題だ。

 俺が居ないと気づくと、喉が張り裂けんばかりに泣き喚く。

 深く眠っているのを確認して、注意深く起こさないようにどう頑張っても、瞬時に目を覚まし大泣きをする。

 なんで気がつくのか本気で分からない。

 着替えは部屋で無くダイニングで行ったり、寝る前に着替えておいたりとこれでも毎日工夫してるんだけどな。


 ジャジャが泣く、すると当然のようにナナも泣く。

 なればアオイ一人で面倒を見る事は無理で、せめてナナが泣き止むまでは傍から離れられない。

 初日なんてあまりにも可哀相で、ジャジャを学校に連れて行こうとしたほどだ。

 翔平に激怒されて目が覚めたけど。


 ようやくナナが落ち着いて、俺は泣き叫ぶジャジャに罪悪感を感じながら家を出る。

 翔平の学校の方が近いから、時間ぎりぎりまで相手をしてくれて本当に助かっている。


 アオイは翔平に習いながら、料理や掃除、洗濯の習得に励んでいる。

 そこにユリーさんというベテラン主婦さんも加わり、えらい勢いでめきめきと腕を上げているようだ。

 毎晩の食事に一品追加されたのは、アオイのレベルアップの成果でもある。


 毎日がなんてことなく、慌しく過ぎていく。


 双子の成長も実感しながら、ある『問題』が浮上したのは、5月も初旬の事だった。

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