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龍のお嬢さん⑤

 

 目の前の女の子は涙を拭わず、荒い息で俺に縋り付いている。一糸纏わぬその姿も相まって、必死感と悲愴感は全開だった。


「おっ、お願いじまず!あ、あの子達を助けてくだざい!」


「お、落ち着け!まずは落ち着いてくれ!怪我に障るから!」


 俺はスマホ片手でオタオタとテンパる。

 ハッと気付いてスマホをジーンズのポケットに入れ、ジャケットを脱ぎ、女の子の肩からかけた。

 一個ずつだ。一個ずつ状況をクリアにしていこう。


「あ、あの君は、子供を追っているのか?」


「あのっ、あの獅子族の人が子供を!」


 ダメだ。この子が落ち着かないと俺も動き出せない。

 腰回りに抱きつかれてるし、振りほどくのもはばかられる。

 となれば手は一つ。無理矢理にでも落ち着かせるしかない。


 意を決して両手を開き、俺は彼女の両頬りょうほほを強めの力で挟んだ。

 ペチンと軽い音を立て、紅潮して薄ピンクの頬がたわんだ。

 弟の翔平が今より小さい時、泣き喚いたらこうしてだまらせたのを思い出したのだ。


「落ち着け!」


 彼女は呆気に取られた顔で俺を見上げている。


 とりあえず。成功したようだ。


「いいか?時間が無いみたいだから簡単に聞くぞ?俺は風待。風待かざまち薫平くんぺい。君の名前は?」


 小さい子に教えて聞かせるように、ゆっくりと話す。

 彼女は震える唇をキュッと引き締め、涙を滲ませて答え始めた。


「わ、私はアオイノウンです」


「よし、アオイノウンさん。さっきここを通り過ぎた獅子族が、子供を誘拐した。OK?」


 瞳を真っ直ぐ見つめながら、俺は続けて問い掛ける。


「は、はい。あの人で間違いないです」


 よし、それだけ聞ければ充分だ。もし他にややこしい事情があるなら、ソレはその時対処しよう。


「んじゃ、俺はアイツを追いかける。君はこのスマホで救急車と警察を呼ぶ。良いな?」


 ポケットから再びスマートフォンを取り出し、彼女に渡した。

 ロックは掛かってないし、スマホなら大抵似たような操作で電話をかけられるはずだ。

 状況から見て、今のこの子がアイツを追うより、体力に自信がある俺の方が絶対に良い。


「は、はい」


 ポカンと惚けたまま、アオイノウンさんは頷いた。


「良し」


 ゆっくりと腰に回した手を引き剥がし、できるだけ優しく扱いながら彼女の膝に置いた。


「行ってくる」


 それだけ言うと、俺は振り向き、深呼吸。

 もう一度空気を深く吸い込み、目を閉じて、身体を目覚めさせる。


 吸った分より少し多めに吐き出して、両足に力を込めた。

 目を開く。

 直線道路の遥か向こう。

 金色の下品なダウンジャケットは豆粒程度。


 大丈夫。追いつく。







 風待かざまち薫平くんぺいは風を待つ。

 風のかおりを嗅ぎ取って、いつだって、何処だって。

 飛びたいときに。






「ビュンと飛ぶ」






 か細い声で口に出す。


 同時に地面を蹴って全力の疾走。

 ストライドは大振りで、しっかり地面を確かめながら。


 母さんが面白がって口にして、いつからか本気の時のルーティーンとなった儀式めいた決め台詞。


 気持ちよく決まった時は、いつだって最高の結果を出してきた。

 幼稚園、小学校の運動会。

 負けられない喧嘩。負けたくない喧嘩。

 追試や補講ギリギリのテストの時だって。

 母さんのこの『呪文』さえあれば、俺は負けない。


 身体は風の流れを掴み、グイグイと前に進んでいく。

 俺史上、最も速いんではないかと思うぐらいだ。

 獅子族の姿は徐々に近づいてくる。


 それでもまだまだ遠い。

 大丈夫。

 なぜだかいつもより冷静クレバーな思考が、大胆かつ確実な一手を導き出した。


 右の耳に意識を集中。

 風の音を聞き間違えるな。

 俺の身体の頑丈さは織り込み済み。

 身体が強すぎて気味悪がられた事なんて数えきれないし、喧嘩で負けないのもそのおかげだ。

 暴走族のバイクを正面から受け止めた事だってある。


 そう、ここは国道。

 関東に向けて沢山の車が行き交い、制限速度は60キロ。

 バイクや普通自動車はもちろん。


 ダンプやトレーラーだって頻繁に通るんだ。


「どりゃっ!」


 ガードレールに足をかけ、勢い良く跳躍した。

 狙いはスレスレ、トレーラーの荷台部分の淵!


「しゃぁっ!」


 右手でガシッと掴んだ。左手で固定する。視界の端で捉えたサイドミラーから、音に気づいた運転手の不思議そうな顔が見える。

 腕にかかる負荷は尋常じゃなく、冗談抜きで持っていかれるかと思えるほどだ。

 一番最初に接触した右手の爪が、多分何枚か剥がれてる。

 ヌルッとした感触と、鋭い痛みに顔をしかめるが、今は我慢の時。


 ドライバーが気付いたようで、急ブレーキをかけた。

 気づかれても大丈夫。

 充分距離は稼いだし、その証拠にガサライオとか言ってた獅子族を既に追い抜いている。


 トレーラーが止まる前に手を離し、着地。失敗して地面を転がる。

 スレスレでトレーラーのタイヤが頭の横を通ったが、大丈夫。死んでない。

 遠くでドライバーの怒鳴る声が、ドップラー効果で消えていく。


 すぐに起きてガードレールを飛び越え、向かってくるガサライオと対峙した。

 ガサライオは不思議そうな目で俺を見ている。

 都合の良い事に、子供が入っていると思われる風呂敷は正面に抱えていた。


「子供を返せ!誘拐犯!」


 許せんな。あぁ、許せんよ!

 人様の大事な家族を奪う奴は、絶対に許しちゃ置けないんだ!


「じゃ、邪魔すんな人間!俺は獣人だぞ!お前らが敵うとでも思ってんのか!」


 よし、アイツ認めたな?誘拐犯って事を否定しなかったな?

 んじゃ、遠慮はいらない。


「少なくとも、俺はお前に負けないっての!」


 走り出す。

 ガセライオは懐から、またまたサイズのおかしいナイフを出した。

 脅しのつもりか、ブンブン片手で振り回しながら迫る誘拐犯。

 残念!刃物ナイフ程度、見飽きてる!


「うおぉおおおっ!」


 気合いの雄叫び。

 俺とガサライオが交差する瞬間。

 俺を斜めにオロす角度で振るわれる刃物ナイフをしっかり見極め、半身を反らしながら跳躍した。

 鼻先をかすめる刃物ナイフ。髪の先がシュッと音を立てて削れるが、俺の肌には触れていない。

 すかさず横に突き出した腕。

 狙いは一つ。

 風呂敷を抱えた身体と、顎の間。


 ソレは往年の名レスラー、『ウィー!!』でおなじみのあの人のフィニッシュホールド。

 投げ縄打ちの別名も持つ、伝家の宝刀!

 そう、つまりはラリアート、又の名をウェスタン・ラリアット!!


「こっ!」


 絞ったような面白い声を出し、ガサライオの喉元に俺の二の腕が深くめり込む。

 勢い良く地面に倒れこむガサライオ。

 風呂敷を大事に抱え込んでいた事は感謝したい。

 ガサライオの胸の上に落ちた事で、大きな衝撃なんかは伝わっていないだろう。


「ハァッ、ハァ!ハッ、ふう」


 今更ながらに体に疲労感と、指先と腕に激痛が走る。


「……やっちゃった」


 正直に言おう。

 全然、冷静クレバーじゃなかったです!

 走り始めた時点で頭が沸騰してました!


 あー。

 俺の悪い癖その二だ。

 考える前に動き出す身体。

 翔平から日頃、口酸っぱく注意されてるから、馬鹿なりに考えて行動するよう心がけているんだけどなぁ。


 思い出して見たら、走行中のトレーラーに飛び乗るとか正気の沙汰じゃない。

 普通に考えて跳ねられて死ぬだろう。

 それに飛び降りた先もだ。

 まかり間違ってたら今頃道路に潰れた柘榴ザクロみたいな跡が残ってたかも知れない。


 うおお、怖え。


「や、ヤバかったかな」


 口に出してとりあえず落ち着く。

 そうだ。誘拐された子供の安否確認をしなきゃ。


 ガサライオの胸元からこぼれた風呂敷に手をかけた。大きさは俺の胴体ぐらい。

 片手で、硬く結ばれた結び目を解く。解きづらい。


 それにしても、こんなもんで子供を縛るなんざ許されないだろ。

 後でもう一発殴っておこう。


 そんな事を考えながらも、片手ではやっぱり結び目は解けない。

 痛む右手を開いて見たら、案の定というか。

 中指と人差し指の爪が剥がれ、手のひら全体の皮が剥けて血だらけだった。

 今はまだ興奮してるから平気だけど、後から酷いんだろうなぁ。


 覚悟を決めて、右手も使い結び目を解いた。

 ハラリと風呂敷が開いた。


「………ん?」


 あれ?

 子供、は?


「なんだこりゃ」


 中にあったのは、二つの石だった。

 大きさは俺の頭より少し大きいぐらい。

 真っ白なソレは、加工された宝石みたいな表面をしている。


「……えー?」


 嘘だー。

 俺、誘拐犯を間違えちゃったかな?

 ガサライオ、冤罪?

 俺、やっちゃった?


 冷や汗を流しながら、肩を落とす。


「あっ」


 思わず、血のついた手で石に触れてしまった。しかも血で滑って二つともだ。


「やべ、ガサライオの石。汚しちゃった」


 しかも俺の血で。見ようによってはスプラッタだよコレ。

 なんとか汚れを落とそうと左手で拭ってみたが、血が広がるだけだった。


「……素直に謝ろう」


 俺が謝罪の意思を固めたときに、ソレは起こった。


「え」


 左手に伝わる鼓動。

 見てわかるほど、石が大きく揺れた。


「ええ?」


 ソレは徐々に早く、そして力強く。

 二つの石は、まるで心臓の拍動のようなリズムで揺れる。

 幻聴でも何でもなく、ドクンと小さな音を鳴らしながら。


「まっ、待って。何?何だ?」


 なぜか手を離さない。

 気づけば両手で一個ずつ、まるでその鼓動を確認するかのように触れていた。


 ドクン。ドクン。

 鼓動はより大きくなっていく。


「あ、あぁーー!!」


 声に驚いて、顔を上げた。

 俺のジャケットを肩からかけた、青い髪の素っ裸の女の子。

 アオイノウンさんがそこにいた。


「た、卵。孵っちゃう……」


「へ?」


 俺の間抜けな声と、パキッとした乾いた音が鳴るのは、殆ど同時だった。



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