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がおっと吠える⑩

 

「あれ?」


 突然目が覚めた。

 霞みがかった思考をぼんやりと掴み、俺は一体いつ眠ったのかを思い出す。

 ダメだ。

 まだ完全に覚醒していないようで、考えるのがめんどくさい。


 長く眠っていたからか、目が開けづらい。

 目ヤニで塞がれたまぶたを擦ろうと腕を持ち上げようとして、全く動かない事に気付く。


「……あ?」


 喉から掠れた声が出てくる。


「……え?っい!」


 全身が、痛い。

 表情筋から足の指まで、少しでも動かそうものなら痺れるような痛みが走る。

 痛みで若干だが目が覚めた。

 なんとか首を少し動かす事が出来たので、自分がどこに寝ているのかを確認する。


 まず目に入ったのは、見覚えのある机。

 滅多に使われてない俺の勉強机。

 次にローテーブルと座椅子。

 洒落っ気の無いシンプルな物で、案外気に入っている。

 そして衣装用のカラーケース。

 洋服に頓着とんちゃくだから、そんなに数を持っていない。

 カラーケース4つほどあれば、俺の衣類は全て収納できる。


 つまりここは俺の部屋。

 まごう事なく、我が家である。


 今度は反対側へと首を振った。

 眠っている場所がベッドなので、位置的に窓側になる。

 開けられたカーテンから、優しい光が差し込んでいる。

 部屋の電気がつけられていないから、これは月光と星の光だ。


 この町は世界衝突によって日本に増えた新地区だ。

 標高が比較的高い場所だからか、星が良く見える。

 窓の両側にあるカーテンはまとめられていて、風に揺られて静かな音を立てている。


 しばらく窓の外を眺めていると、俺のすぐ脇、視界の下で何かが動いた。


 痛む首をわずかに動かしてみる。


 そこにはアオイがお気に入りの、猫耳を模した飾り付きのフードが可愛い、幼児用のツナギを着たジャジャとナナが眠っていた。


 俺の顔のすぐ横で、タオルケットに包まれて気持ちよさそうに寝ている双子。


 ジャジャは最近癖になっている親指しゃぶりをしながら、ナナは夢でも見てるのか右手をニギニギと繰り返し閉じたり開いたりしながら。


 自然と笑みが零れた。


 あれ?

 そういえば、なんで俺はここに寝てるんだっけか。


 確か、アオイとチビ達が居なくなったからダンジョンを…………………っ!


「ユール!!」


 蘇る記憶につられて、勢い良く身体を起こした。


「っぎぃ!!」


 全身に走る壮絶な痛みで、硬直した。


「ぐぅうぅ」


 脂汗を流しながら、痛みを唇を噛んで耐える。


 そうだ。

 ユールはどうなった。

 膨れ上がって爆発しかけていた雷球を誘導するために、その中へと飛んで行った筈だ。


 痛みを覚悟して首を動かし、部屋の様子を伺う。

 いつもの俺の部屋だ。

 アオイとチビ達と寝る、引っ越して着たばかりの八畳の部屋。


 床に敷いてあるカーペットにはジャジャが浮いた時にグラスを倒して溢れてしまったジュースのシミが残っている。

 アオイが寝ぼけて角でつけた、壁の傷も。

 三隈が土産にと持って着た、ナナのお気に入りの小さな猫のぬいぐるみも。


「……何が、どうなった?」


「薫平さん?」


 部屋の扉が、ゆっくりと開いた。

 廊下の明かりを背に、見慣れたシルエット。


「あ、アオイ」


「……良かったぁ。目が覚めたんですねぇ

 」


 アオイは安堵の表情で部屋の中に入り、扉を閉める。

 再び暗闇に覆われた部屋を少し歩いて、勉強机の上のスタンドを、紐を引っ張る事で灯した。


「あ、あの、俺は、なんで家に戻ってきてるんだ?」


「覚えて、ないんですか?」


 サッパリだ。

 最後に見たのは、優しい微笑みを浮かべて雷球へと消えたユールの姿。

 悔しさで叫んだ、そこからの記憶が無い。


「そうだ!ユール…さんは!? どうなった!?」


「……母さんは」


 アオイは顔を伏せた。

 スタンドの灯りだけでは、影が濃すぎてその表情を伺えない。

 心臓が少しづつ鼓動を強め始める。

 え?……もしかして?


 アオイはゆっくりと顔を上げた。


「薫平さんと、ジャジャとナナのおかげで、生きてます。今は翔平さんの部屋のベッドで眠ってますよ」


 笑顔だった。

 目尻に涙を溜めて、嬉しそうに笑っている。


「……無事……か」


 肩の力が抜けていく。


「っぐぅ!」


「薫平さん! 痛むんですか?」


 緊張が解けると、一時的に忘れていた身体の痛みを思い出した。

 顔をしかめて身を硬直させた俺を見て、アオイは背中と腕に手を添えてくれた。


「横になっててください。 傷は癒えたんですけど、筋肉とかが大分痛んでるらしいんです。多分龍になった影響だって、おじさまが」


 ん?

 龍になった?

 あ、そういえば。


 右手を上げて、耳の上を触る。

 無い。

 確かに生えていた大きな角が、どこを触っても見つからない。


 首を無理やり回す。

 背中に生えていた、翼がない。

 お尻にあるはずの尻尾も無い。


「あの時、薫平さんが急に大声で叫びだした時に、角や翼が光ったんです。私達が精霊を操る時のように。でも、薫平さんは操るんじゃなくて、なんていうか、生み出してました」


「う、生み出す?」


 微かに、その光景を思い出した。

 緑の光でできた、すごく小さな蝶。

 あれが、やっぱり精霊だったのか。


「……あんな精霊、見た事無いです。形は天の精霊と同じで蝶でしたけど、緑色って初めて見ました」


「そ、それで?」


 俺は、その精霊で何をしたんだ?


「……少し苦しそうでしたけど、考えられない程の精霊を生み出した薫平さんに同調するように、ジャジャとナナも唸りだしたんです。全身を光らせて、強い龍気を発しながら」


 俺はもう一度双子を見る。

 安らかな顔だ。

 どっからどう見ても、無害で無垢な可愛い寝顔。


 そういえば。


「……チビ達、吠えてなかった?」


「覚えてました?私も余裕なくてちゃんと覚えて無いんですけど、二人揃って『がおっ!』って、可愛く吠えてましたよ?」


 ああ、あの愛くるしくて耳に心地よい咆哮は、やっぱりジャジャとナナのだったか。


「その咆哮と同時に、薫平さんが生み出した精霊達が一斉に雷球に向かって飛んで行ったんです。凄かったです。あんなに沢山の精霊、龍王とかじゃないと操れないから」

 

 話を聞く限りでは、その精霊を操っていたのは双子達だ。

 もう一度、寝顔を見る。

 スピスピと鼻を鳴らせて寝ている姿からは、龍王なんて大層なものと肩を並べる存在には到底思えない。

 

「あとは、あっという間でした。閃光と共に空が真っ白になったと思ったら、雷球なんて影も形も見当たらなくて、気絶した母さんだけが浮いてたんです。緑色の精霊達に支えられて」


 それじゃあ。


「とりあえず、みんな無事……なんだな?」


「ハイ。薫平さんだけです。叫ぶのをやめたと思ったら、角と尻尾と翼を光の粒に変えて、ゆっくり倒れたんです。あの時は気が気じゃなかったですよ」


 そ、そうかぁ……。

 それなら。


「それなら……良いんだ」


 脱力して、ベッドに身を預ける。


「ジャジャとナナも、すぐ眠っちゃったんです。相当疲れてたんだと思います。私が背中に乗せてお家まで運んだんですけど、一回も目覚めないから」


「どんぐらい、寝てた?」


 外はもう真っ暗だ。

 結構長い間、寝てたんじゃないだろうか。


「まだ五時間ぐらいです。三隈さんと佐伯さんは、お義父とう様が車でご自宅へと。翔平さんは晩御飯を作ってます。私は翔平さんを手伝いながら薫平さんと双子達の様子を見てました。おじさまの診察だと心配無いって行ってましたけど、やっぱりあの人は信用できませんから」


「アルバは?」


「気がついたら居なくなってました。お義父とう様と何やら言い争いをしてましたけど、なんかずっと嬉しそうでしたね」


 あいつには、問い詰めなきゃならない事が沢山あるからな。

 龍の卵の殻の事や、俺が龍に変身した事、緑の蝶の精霊の事、そしてユールの事。


「ふぁあ……っ!」


 大きな欠伸あくびをしてしまった。

 身体を伸ばしたせいで、痛みも付いてくる。


「飲み物、机の上に用意して置きますから、薫平さんはしっかり休んでください。死んでてもおかしくない無茶をしたんですから」


 それを言われると、翔平の説教が怖いじゃないか。


「ああ、悪い。寝かせてくれ」


 安心したからか、身体中が怠い。

 すぐにまぶたが閉館時間をアピールしてきて、交渉の余地が無い。

 すぐに目を閉じた。


「はい、ごゆっくり」

 

「おやすみ……」


 アオイの手が、額を撫でた。

 スベスベとした感触が、とても心地よい。


「……ありがとうございます。薫平さん」


 目を閉じたまま、俺は小さく頷いた。

 眠気はすぐそこまで攻めてきて居て、意識は白旗を早々に振っている。


 額に、柔らかい物が当たった。

 小さな水音を立てて、時間にして十秒ほど。

 そこから波紋のように心地よさが広がる

 その心地よさに包まれて、俺はついに意識を手放した。


「………大好きです。愛してます。おやすみなさい……薫平さん」


 優しい声に導かれて、夢の扉が開く。





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