がおっと吠える⑤
巣の中は、とてつもなく広かった。
10トンダンプが通れるぐらい大きな入り口に、さらに大きな通路。
焦る気持ちが抑えきれず、俺とアオイは早足でその通路を進む。
やがて、大きな壁に辿り着いた。
その壁の中央に、小さな穴が空いている。
小さいと言っても、この洞窟のような巣の大きさと比べたらの話だ。
人が二人並んで通れる程度と言えば、想像できるだろうか。
躊躇せずにその穴を通ると、古めかしい家具やカラーボックスが目に入って来た。
さらには一番奥、家具に取り囲まれるように、キングサイズすら遥かに超えるサイズのベッドがある。
そこに、俺の娘達は寝て居た。
いや、起きてるんだけど、横になってるって意味で。
「ジャジャ……ナナ……っ!」
思わず駆け出した。
早く顔が見たくて堪らなかったからだ。
アオイの手を離してベッドに駆け寄ると、小さな4つの目が真っ直ぐ俺を捉えた。
「あー、うあー!」
「だぁー!」
元気に手足をワタワタと動かして、双子は笑った。
何だろうか、自然と涙が俺の目から溢れた。
ここ最近、涙腺が弱くなりすぎでしょう?
「あはは、ずっと不機嫌だったのに。ジャジャ、ナナ? パパが来てくれたよ?」
アオイが両手を伸ばして、双子の頬を撫でる。
くすぐったそうに体をよじるも、ジャジャもナナも笑い続けている。
「ほら、薫平さんも」
「……っあぁ!」
喉の奥が、熱い。
無理やり息を吐き出す事で、なんとか返事が出せた。
ゆっくりと両手を伸ばすと、双子は素早く俺の指を掴む。
ニギニギと、それぞれの手が両手で弄ばれる。
暖かい手のひらの感触が、俺の煮立った思考を冷ましてくれる。
「……待たせたな。ごめんな?」
「ぃあうー!」
「ふにぇ」
ジャジャは元気よく、ナナは不思議そうに返事を返してくれた。
「……おっぱい、あげて良いですか?」
ベッドに腰掛けたアオイが、ゆっくりと服を捲り上げた。
それを横目で見ているが、いつもなら注意しているのに、今日はなぜか何も言いたくない。
胸の部分だけを露出したアオイが、まずは近くに寝てるナナを抱き上げた。
右の乳房をナナに差し出すと、すぐにナナがそれを咥える。
俺はジャジャの両脇に手を差し込み、ゆっくりと持ち上げる。
「あー!あうー!」
嬉しそうに、ケラケラと笑うジャジャ。
「はい。こっちです」
アオイが左腕を差し出して来た。
離れたがらないジャジャをゆっくりと引き離し、その腕に収める。
初めこそ多少嫌がっていたが、ジャジャはすぐに左の乳房に気づき、ペチペチと叩いた後にそうっと顔を近づけた。
「薫平さんも」
その言葉に、我を取り戻した俺は慌てて上着を脱いだ。
服に引っかかった事で、イヤホンの存在を思い出す。
「み、三隈、ちょっと切ってもいいか?」
恐る恐る聞いてみる。
『……うん。私も、なんか聞いていられないから。終わったら……またかけてね』
「……悪いな」
『……言わないでよ』
その言葉の後に、すぐに通話が切られた。
俺は少しだけ目を閉じ、ゆっくりと開く。
上着をベッドの上に放り投げ、アオイの背後に回り、背中を合わせて座った。
最初はいつも冷たいんだ。
でもすぐに心地よい熱を帯び始める。
二人分の体温が混ざり合い、じんわりと汗が溜まり始めるが、汚いと思った事は一度も無い。
この時間、俺たちはいつも無言だ。
双子達は授乳を終えると、心なしかいつもより満足そうな顔で眠りについて、俺たちは気恥ずかしさを隠せずに布団に潜り込む。
だけど、今日は伝えたい事が沢山あるから。
「……俺さ」
「……はい」
ゆっくりと口を開いて声を出し、アオイの反応を待つ。
少しだけ間を置いて帰って来た返事に、少しだけ安心した。
「馬鹿……だから、あん時、何も答えられなかった。お前だけに決断させて、お前だけに苦しい思いをさせて」
「だって、それは……私が勝手に産んで、私が無理やりこの子達のパパにしてしまったから……当然です」
違う。
いや、状況だけなら、違わないけど。
「いや、違う。無理やりなんかじゃ……ないよ。俺はさ、最初からこの子達に求められてた。卵から孵ってすぐ、そしてそれに応えた。流されてたってのもあるけどさ。嬉し……かったんだよ。実は」
「嬉しい……?」
ジャジャとナナが、喉を鳴らして母乳を吸っている。
んくんくと、可愛らしい音が耳を通り抜ける。
「弟……翔平にだってそうだけどさ、頼られるの……嫌いじゃないし、特にこんなか弱い子達が、俺だけ、こんな馬鹿な俺だけを頼ってくれてさ。単純だから、守ってやらなきゃって」
「……私は、そんな薫平さんの優しさにつけ込んで」
「違う」
それだけは、絶対に、違う。
「決めたのは、俺だ。普通なら急に父親になれなんて、断るに決まってるのに、舞い上がった俺はお前にも頼られてるって調子に乗って、どこかで、きっと」
そう、それは、俺の間違い。
「守ってやってるって、見下してた」
「そんな! だって実際に私達は!」
「違うんだよ。あの、上手く言えないけど、さ」
母さん、どうか俺を叱ってくれ。
「子供って、たくさんの人に守られなきゃならないんだ。俺だけじゃダメだ。お前だけでも、きっと足りない。俺たち二人いても、それでも足りない。ならさ」
「……なら?」
天井を、見上げる。
「沢山の人に、頭を下げよう。プライドとか、事情とか、そういうの全部抜きにして、みっともなくても、助けて貰おう。もちろん、その人が本当に助けてくれるのかどうかってのは、俺たちが見極めなきゃ駄目だ。多分、それが親のしなきゃいけない仕事だから」
「沢山の……ひと」
「そう、親父とか、翔平とか、ドギー巡査とか、井上巡査とか、佐伯とかもかな? まあ難しそうだけど、ユールさんにもなんとか頭を下げてさ。実際に今俺がここにいるのは、三隈に助けて貰ったからだし」
「くん……ぺいさん」
アオイの背中から伝わる震えは、きっと悲しさじゃない。
「こいつらの為にさ、なりふり構わず、やって行こうぜ?確かに俺は流されてここまで来たけど、それでもジャジャとナナは産まれて来たんだ。お前に望まれて、ここに生きてる。なら、こいつらが幸せになる事だけを探していこう。その為なら俺は」
これは、俺の素直な気持ちだから。
「なんだって、やってやる」
「…っ! ふっ……ふえっ……ふああぁああああああっ!!」
ついに堪えきれず、アオイは声をあげて泣き出した。
両手には愛する娘達を抱えているから、涙を拭う事すらできないだろう。
でも、アオイは胸の中で必死に生を求めて母乳を吸う双子達を、優しく、力強く抱いて離さない。
どことなく、その声は娘達にそっくりで。
「また、泣かせちゃったなぁ……」
天井を見上げながら、俺は苦笑した。





