がおっと吠える④
「アオイっ!」
急いで細い道を駆け上がり、頂上へ到達した。
そこは見渡す限りの平らな地面。
奥の方に、盛り上がった岩が一つだけ見える。
「おい! 慌てんなって!」
後ろから親父が追いついてくる。
その言葉に答えるのも億劫で、俺は首を動かしてアオイを探す。
見つけた。
「最後くらい! ジャジャとナナを薫平さんに会わせても良いじゃない!」
「ダメだって言ってんだろ! 言う事を聞け!」
「理由が納得できないんだもん! ジャジャとナナにおっぱいあげるだけだってば!」
透き通るような青い髪を逆立たせ、その大きな翼をピンと空へ伸ばし、尻尾を真っ直ぐ伸ばしてアオイは憤っている。
対峙しているのはやはりユールだ。
相変わらず見た目だけは一流モデル。
詐欺じみた清楚なその姿で、こちらも同じように激昂している。
その姿を確認した俺は脇目もふらずに走り出す。
「お、おい!薫平!」
慌てた親父の声が聞こえるが、俺の足を止める理由にならない。
ダンジョンで痛んだレガースがパカパカと音を立ててめくれ上がる。鬱陶しい。
煮立った頭で邪魔だと判断して、走りながら力任せに引きちぎる。
ザックも要らない。
重いだけだ。
『薫平くん! 落ち着いて!』
三隈、お前には悪いけど落ち着いていられない。
「アオイっ!」
「へ?」
声を掛けると、こちらに目を向けたアオイが間抜けな顔で呆けた。
「薫平……さん……?」
そのビー玉見たいな瞳を大きく見開き、ポツリと零す。
「悪い! 待たせたな!チビ達はどこだ!」
ようやく辿り着き、その肩に手を置いた。
荒くなった息を急いで整える。
「あ、あの、巣の中です。さっきまでずっと泣いてて、泣き疲れたみたいで」
「そうか。やっぱり泣いてたか」
こうしちゃいられない。
顔を見に行かなきゃ。
「……小僧、何しに来た」
「うっさいよ。お前には用事は無いんだ。巣ってあの大岩で良いか?まずはチビ達に授乳してやろう。案内してくれ」
ユールが静かに威嚇してくるが、正直マジでどうでもいい。
軽くあしらって、アオイの手を引く。
「は、はいっ! 着いてきてください!」
ようやく状況に追いついてきたアオイが、嬉しそうに俺の手を握り返す。
「アイっ!」
「母さんちょっと待っててよ! すぐに終わらしてくるから!」
「待てっ!アイっ!」
「いやー奥さん! 初めまして!」
いきり立ったユールの目の前に、親父が立ちはだかった。
「なんだお前は!」
「いえいえ、アンタが殺すとか殺さないとかのたまった家族の家長なんですけどね。風待 晃平と申します。宜しく」
「はぁ?」
にこやかに手を差し出した親父に面食らって、ユールは固まっている。
親父、少しだけ任せてもいいかな。
俺に背中を向ける親父が、差し出してない方の手でさっさと行けとジェスチャーをしていた。
それを横目で見ていた俺はアオイの手を握りなおし、巣へと足早で向かう。
「薫平さん……来てくれたんですか……どうして……」
横に並んだアオイが、俺を見上げて涙目で問いかけてくる。
「……来るよ。そりゃ来るさ。ぱ、パパ……だもんな」
気恥ずかしいセリフだと自覚して、顔が赤くなって行くのがわかる。
「は、はい……」
俺を見上げたまま、アオイの顔は真っ赤に染まっていく。
なんだこの空気!
何なんだ!
『薫平くん……私が聞いてる事、忘れてない?』
「いえっ!忘れてません!」
忘れてましたっ!
イヤホンからトーンの低い三隈の声が聞こえて来た。
『ゆっ、夕乃お姉ちゃんも今のうちに休憩しよっ! 冷蔵庫にプリンが有るから取って来るね!』
『夕乃ー。びーくーる、びーくーるだ。ほら深呼吸してー、ヒッヒッフー』
翔平と佐伯の慌てた声が聞こえて来る。
今の三隈の表情が容易く想像できた。
「薫平さん?」
アオイが不思議そうな目で俺を見ている。
あ、そうか、アオイには聞こえてないんだった。
「いや、ここに来るのにさ。三隈に凄い助けて貰ってて」
「三隈さん……が?」
信じられないと言わんばかりの顔で、アオイは呆けた。
「巣の中で、説明するさ」
「は、はい。お顔、見てあげて下さい。ずっとパパがいないって………な、泣いてたから」
まるで百面相。
泣き出したアオイの頭を撫でながら、やがて俺たちは巣に辿り着いた。
「…………………………あー」
「…………………………あぅー」
か細い声が奥から響く。
居てもたっても、居られなかった。





