がおっと吠える③
階段を恐る恐る登り、最上階へと辿り着く。
途中休んだとは言え、五時間余り走って来たのだから体力的にはヘトヘトだと思うのだが、多分少なからず興奮しているからだろう。
そんなに重い疲労感を感じていない。
大丈夫、まだ足は上がっている。
『私の想定よりも、大分早いペースで着いたね。二人の体力が心配なんだけど、休むつもり、無いんだよね?』
そりゃあな。
なんせ、もう二日もジャジャとナナに会っていない。
一日一回の授乳の立会いをしてないのも心配だが、なんだろう、多分、泣いてる気がするんだよなぁ……。
『言わなくてもわかるから、大丈夫だよ。階段を登ったらすぐに裏に回ってね。最上階は、ルテン以外のモンスターが出ない筈だけど、警戒するに越した事はないから。階下からモンスターが上がってこないとも限らないし』
「わかった」
その言葉通り、階段の裏手に回る。
天井には無数の小さな穴から光が射していて、下の階に比べたら視界は大分明るい。
道の先を伺うと、上手い事光が当たらず、薄暗い通路が見える。
『そんな距離は無いと思うんだけど、水の音聞こえない?』
耳を澄ませると、勢いの弱い水の流れる音が聞こえてくる。
「ああ、聞こえる。まっすぐで良いか?」
『ナビするね。最初の分岐点までは直進。その分岐点を右に進んで』
「了解」
親父を見ると、背後を気にしている。
「どうした?」
「いや、なんかいるなぁーって」
「へ?」
俺も後ろを見る。
正しいルートであろうその通路の先に、赤い光の点が二つ。
「ん?」
目を凝らす。
その赤い点は、地面から離れた高いところに浮かんでいて、時々上下に揺れていた。
『く、薫平くん。お義父様。嫌な予感がするから、ゆっくり下がって』
「奇遇だな三隈、俺もそんな予感がする」
そしてそういう予感ってのは、大体当たるんだコレが。
「キエェエエエエエエエエッ!」
雄叫びと共に、それは正体を現した。
「ぐ、グリフォン……」
「デケェなおい!」
岩石で形作られた鷲の頭に、鋭い爪と大きな翼。
フサフサの毛が生えた獅子の下半身を持つ、正にグリフォンがそこにいた。
体長は4メートルぐらいか?
余りにも大きすぎて全体が把握出来ない。
『このダンジョンのボス! 岩のグリフォン、怪鳥ルテンだよ!逃げて!』
「お、おお」
「いや、待て薫平」
ジリジリと後退する俺を、親父が止めた。
右手で俺を制しながら、視線はルテンだけを見ている。
「な、なんだ親父……あ」
その目線を追って見ると、すぐに気づいた。
「み、三隈」
『何かな!?』
慌てた三隈の返事が聞こえる。
「ボスモンスターって、魔石のある部屋に居る筈なんだよな?」
『うん! 身体が大きいから広間とその周囲しか……あ、もしかして』
三隈もなんとなく察したようだ。
「ああ、多分想像通りだ」
親父の口元がプルプルと震えている。
「あいつ、つっかえて身動き取れないんだ」
そう、怪鳥ルテン。
岩の身体を持つ巨大なグリフォンは、狭い通路で肩を縮めて、必死にもがいていた。
身体をよじらせて前に進もうとしているが、岩で出来た身体のせいか柔軟性はゼロで、ミシミシと音を立てるばかりで一向に進んでいない。
しかも無理やり突っ込んでいるせいか余計に壁にピッタリと嵌り、ありゃもう退がる事も難しそうだ。
『……多分、最上階まで来た人が余りにも久々すぎて、反射的に広間から出てきちゃったんだね。意思はないけど動物的行動は取る筈だから』
び、ビビらせやがって!
あー本当にビックリした!
「キューン……キューン」
そんな子犬みたいな声出すなよ……。
なんか段々可哀想に思えてくるだろうが。
「と、とりあえず、先に進もう」
「あ、ああ……」
アッサリとボスをスルーして、俺たちは通路を進む。
気を取り直した三隈のナビに従い、雨水の流れる川に辿り着き、その上流を目指す。
時間にして十分ぐらいで、目的地に辿り着いた。
「この岩の、裏ねぇ」
「見ようによっては不自然だな。アオイちゃん達が置いたのかな?」
川の上に、巨大な岩石が置かれている。
岩の下を潜る様に水が流れていて、壁の所々に隙間ができていた。
自然にこうはならないだろう。
「んじゃ登るか」
「はいよ」
隆起した岩肌から手を掛けれそうな場所を見つけ、さらに足場になる場所を見つけ、俺たちはゆっくり登っていく。
そんなに時間も係らずに頂上まで登ると、今まで見れなかった岩の裏を伺う。
「あれ、かなぁ」
「三隈、多分ドンピシャだ」
『良かった。候補はあと二つあったんだけどね』
岩の裏手は少し広いスペースの行き止まり。
しかし目を凝らせば、スリットのような亀裂があり、そこから淡い光が漏れている。
俺と親父は岩肌をゆっくりと滑り、床に着地した。
「よし、覚悟は良いか薫平」
「いつでも」
自分の頬を叩き、奮い立たせる。
待ってろアオイ、ジャジャ、ナナ!
親父を先頭にゆっくりと進み、亀裂へと入る。
天井が低くて幅が狭いが、なんとか通れるサイズだ。
やがて視界に真っ白な光が飛び込んで来て、目を細めた。
「つ、着いたか」
「うおぉ……高ぇなぁコレ」
光に慣れた目に移るのは、遥か地上を見渡せるグランドビュー。
俺たちの住む町が一望できる、雄大な眺め。
雲が近く、晴れた空が目に痛い。
中々に細い通路が、岩肌を沿うように頂上へと続いている。
「足を滑らしたら終わりだからな」
「言うなよ。怖いんだから」
ニヤケ面の親父の軽口が、少し緊張をほぐしてくれた。
そのまま通路を進むと、何やら声が聞こえてくる。
「アオイ……?」
耳を澄まして意識を集中する。
『母さんの!分からず屋ぁ!』
涙声のアオイの怒声が、響いて来た。





