がおっと吠える①
「もしもし、三隈聞こえるか?」
『もしもし? うん、大丈夫だよ。階段着いた?』
入り口を抜け、十五分ほど歩いたところで階段を見つけた。
なんて言うか、天然っぽさのある岩肌に、人工っぽい段々で作られた階段だ。
一階に関していえば、ライトは要らなかった。
壁の所々から、仄かな光が所狭しと発生してて、足元までクッキリだ。
事前に三隈に聞いた通りだ。
四十階層までは、この光が俺たちを照らしてくれる筈。
『私達も今家に着いたところなんだ。スピーカーにするね』
『やっほ。大丈夫かい?』
『怪我、してないよね?』
俺の右耳のハンズフリーのイヤホンから、三隈、佐伯、翔平の声が次々に聞こえてくる。
ケーブルレスだから、左耳用は親父に装着してもらっている。マイクは俺の胸だ。
「ああ、今の所は全然」
親父も隣で頷く。
『うん。それじゃあ、ネットの情報だと次の階からダンジョンモンスターが出てくる筈だから、間違っても相手しちゃ駄目だよ。目的は最上階への到達。それに専念しよう。もし逃げきれなかったら、躊躇しないで倒してね。生物の形をしていても、モンスターは生物じゃないから、遠慮は要らないよ』
「了解」
短く返事をして、俺はネズミから借りている龍牙の剣を握り直す。
ゴクリと唾を飲み、階段に一歩足を踏み出した。
「親父、行くぞ」
「おう」
二人でソロソロと階段を進む。
あーおっかない。
ニュースなんかでダンジョンの情報や事件は結構頻繁に出てくる。
主にダンジョン内の魔力予報や、地盤の弱いダンジョンの落盤事故や、死亡事故だ。
今まで興味が無くて流し見していたから、詳しくは覚えていない。
俺の住んでたところにはダンジョン無かったしな。
俺の感覚的には、貴重な鉱物や財宝が眠る危険な場所。
その程度だ。
トレジャーハンターなる職業に関しても、それを生業にしてる人が居たことは知ってたが、その名称までは知らなかった。
世間知らずもいいところだぜ。
『まずは、手に入れたマップとの差異を調べようか。二階に上がったら、最初の分岐点まで歩数を数えてみて。昨日測った薫平くんの歩幅だと、大体三十二歩。この歩数とマップの寸尺のズレが少なければ、信用できる情報だと言えるから」
「分かった」
二階に辿り着く。足元を照らす仄かな光はまだ健在だ。
「一、二、三………」
周囲を警戒しながら、歩幅のばらつきが出ないよう慎重に歩く。
「三十一、三十二……三隈、最初の分岐点だ。Y字路だな」
『良かった。今の所マップ通りだね。これで私もナビができるよ。それは右を進んで。階段は左だけど、転移トラップは右の通路の突き当たりにあるの。少し歩くけど、五階層分ショートカットできるからそっちの方が結果的に近道になるの』
良かった。
これで道を間違えたり、来た道を戻る転移トラップにはかからない。
「了解。よろしく」
「任したよ。夕乃ちゃん」
『はい、任されました薫平くん、お義父様』
なんかまた不穏なニュアンスが。
まあ、良い。良くないけど、良い。
親父と並んで分岐点を右に進む。
道の幅はまだ余裕がある。
大人三人分ぐらいだろうか。
しばらく歩くと、道の片隅に黒い物体がモゾモゾと動いている。
「えっと、三隈。モンスターっぽい物を見つけた」
『来たね。モンスターはダンジョンが生み出す防衛装置。意思を持たない反射的な行動しかしないから、出来るだけ気づかれないよう歩いて。どんな姿をしてる?』
えっと、なんだろう。
全体的に、袋?
とても気持ち悪い肉袋が、ブヨブヨと波打っている。
『気持ち悪ぃ』
『て事は、ダークミートかな。かなり気持ち悪い姿だって聞いた事ある。大して強くないけど、分裂されたら厄介だね。相手をせずに行こう。動きはとても遅いから、脇を抜けるのも簡単だと思う』
了解した。
あんなおぞましい生き物、触りたくもないや。
「親父、行くぞ」
「うわぁ、ありゃ夢に見るな」
言うな。忘れようとしてるのに。
ダークミートの脇をおっかなびっくり進み、しばらくして次の分岐点まで辿り着いた。
『うん。合ってるね。次も右を進んで。この先に、水たまりと滝が見えると思うの』
その言葉どおり右を進むと、やがて三隈の言う通り滝の音がする。
少しだけ開けた場所に辿り着き、滝の姿を拝見した。
「滝といえば滝なんだが……」
「三隈、これ合ってんの?水漏れっぽいんだけど」
困惑した親父の声。
それは低い天井から流れる水が、地面に溜まったような場所だった。
滝と言うには、スケールが随分小さい。
俺には滝には見えないんだけど。
『ネットの情報だと、滝って書いてあるね。その後ろにハテナマークが付いてるけど』
付けたくもなるわ。
『そこの水たまりが転移トラップだよ。両足が地面に着くと発動するタイプみたいなの。最初の頃のハンターさん達は濡れるの嫌がって入らなかったから、発見が遅れたと言われてるんだけど』
水たまりの深さを見ると、膝ぐらいまで浸かりそうだ。
そりゃ、こんな序盤で濡れたくないよなぁ。
『下の階層だから飲み水が無くなって補充する、なんて事もないのもあるかな。転移するときは一応警戒しててね。転移直後にモンスターが襲撃してくるケースは良く聞くから』
「了解」
親父に目線を送る。
静かに頷き、二人で意を決して水溜りの中に入った。
右足から浸かり、ゆっくりと左足。
爪先が着いた瞬間、目の前が回転した。
「うおっ!」
「おおっ!」
親父と二人で情けない声を上げる。
やがて視界がピタリと安定した。
「がああああ!!」
「ゔぉふっ!」
俺たちの目の前に、大きな狼が二匹。
待ち構えていた。





