龍のお嬢さん④
「ありあっしたー!」
中規模スーパーで食材を買った。
元気は良いが、ちょっと何言ってるか分かんないレジの人に会釈をして店を出る。
大きな国道沿いのスーパーは、駐車場が店内より広いタイプのよくある田舎系だ。ここを見つけるのに結構な時間をかけてしまった。
もしかしなくても、結構歩き過ぎた気がする。
この距離を毎日はシンドイなぁ。
しかし我が家の周りは森とは言え、少し歩けば住宅街だ。
きっと探せば、近いスーパーや店があると信じよう。
「戻りますか」
独り言は俺の悪い癖だ。
家以外で会話なんてしないからだなきっと。買い物袋を肩に担いで、駐車場を抜ける。目の前は大きな国道だ。
国道を渡る為に信号を待つ。
片側三車線のこの道は交通量が多い。このまま真っ直ぐ行けば関東だからって事もあるが、大型ダンプやトレーラーも走ってるから、実際より多く車が通ってるようにも見える。
「長いな」
ここの信号はボタン押した後、かなり待つタイプと見た。
腹もそこそこに空いている。気づけばもう空は夕暮れだ。
早く帰りたいなと思いながら、大岩の方角を見る。
ここからでも見える大岩は、少しだけ増えてきた雲の真下にあった。
なんか、幻想的な風景だと思う。
しばらく眺めていたら、隣に猫耳の男の子を連れた猫耳の女の人が並んだ。
親子だろうか。しっかり手を繋いで、ニコニコと話し合っている。
「おかーさん!今日のご飯なーに?」
「さっきも聞いたでしょ?そんなに嬉しいの?今日はカレーでーす」
「わー!やった!僕カレー大好き!」
なんとも和む。
俺は目尻を緩めて、男の子を見ていた。
微笑ましいな。こういう素直そうな子供は好きだ。
翔平にもこんな時期があったなぁ。
今じゃ生意気で、正論で詰めてくるから可愛げがない。
まあ、イケメンだから大丈夫だろ。何が大丈夫かは知らんが、弟の癖に。
そんな時間の流れの残酷さに憂いていたら、俺に気づいた猫耳の母親が顔色を変えて後ずさった。
しまった。
俺の目つきの悪さを忘れていた。別に何か邪心があって見てた訳じゃ無い。
こういう事は良くあるんだ。
硬い髪質で背が高く、鍛えてるもんだからガタイも良い。吊り上がった目が見下ろす形になるもんだから、勘違いされる。
もう慣れてんだこっちは。
伊達に十七年も俺をやっている訳じゃ無い。
だから、ちっともショックなんか受けてないんだからな!
『な、なんだアレー!』
遠くの方で声がした。
野太いおっさんの声だ。
振り返ると、無駄にギンギラギンなジャージを着けたおっさんがどこかを指差している。
その顔は真っ赤で驚愕の色が張り付いていた。
夢に出そうな顔をしている。
ジャージに刺繍されたギンギラギンな虎の顔より険しい。
その足元にいるモコモコのセーターを着させられている小型犬がワンワンと吠えている。コーギーだなアレ。
なんとなく可哀想って思ってしまった。
ただでさえモコモコしてるのに。
俺より先におっさんの指差してる方角を確認した猫耳の母親が、猫耳の男の子を抱きかかえて走り出した。
その時点でようやく気になった俺は、おっさんの指の先を見る。
「あ?」
その先は、黒雲だった。
異常に低い黒雲が、渦を巻きながら物凄い速さで近づいてくる。
極太の落雷を撒き散らしながら。
「え?」
雨かと思うぐらい大量の雷が降り注ぐ。
現実味の無い光景に、俺は情けなくもフリーズしてしまった。
周囲の客達は次々と車に乗り込んだり、走って店内に逃げたりしている。
阿鼻叫喚ってこんなんか。
常時ならみっともないと感じる甲高い悲鳴で揺さぶられて、俺もようやく後ろに一歩退けた。
そこで気がつく。
黒雲の速度と同じ速さで、巨大な影が迫って来ている。
ソレは横に長い。
シルエットの中央部分が太くて、両端に向かうにつれ細くなっていく。
好奇心が勝ったのか、俺はようやく動いた足を止めてそのシルエットを凝視していた。
人生初の命の危機かも知れない。
極太の雷が前方20メートルぐらいにある電柱に落ちた。
ビリビリと地面に揺れが響き、遅れて耳をつんざく甲高い音が身体を突き抜ける。
腹の奥に直接打ち込まれたかのような衝撃に身体がフワついた。
それでも謎のシルエットを眺めていたアホな俺は、そのすぐ下、遠近感ではシルエットと同じ位置くらいにいる影を見つけた。
人影だった。いや、人っていうのは間違いか。
やがて目視できる程近づいたその影は、俺の目にしっかりと輪郭を映す。
なんか真っ赤で大げさなファー付きの下品な金色のダウンジャケットを着けた、二足歩行するライオンを人とは呼んではいけない気がする。
「だっ、だすげっ!だすげてぇぇぇえ!」
その目から大粒の涙を浮かべながら走ってくる、百獣の王。
威厳なんて微塵もない。
「ぐぇええん!おろろぉん!だから俺は嫌だって言っだんだぁぁぁあ!あんなのに勝てる訳無いし!こんなの上手くいぐわげないっでぇえ!」
ワタワタと右往左往しながら走ってくる百獣の王(笑)は、大きな風呂敷を担いでいた。
「ぞっ、ぞうだ!アレがあっだ!大金叩いて買った魔法砲!わずれでだっ!アホか俺は!」
片手で下品なジャケットの内側を探り、次の瞬間馬鹿みたいなデカい銃を取り出した。
てか、バズーカだった。
どうなってんだ。どこに入ってたんだアレ。
この時点で俺から50メートルぐらい。
面白くなってきた俺は顔を背けられない。
「ぐ、ぐらえぇぃ!ローンで買った重力魔法砲!さらば俺の十二ヶ月払い!」
身を翻したライオンが、バズーカの引き金を引き、轟音が響く。
真っ黒な塊がバズーカから飛び出し、シルエットに直撃した。
その瞬間。風景が一瞬押しつぶされた。
『がぁああああああっ!』
シルエットは地面にぶち当たり、吠える。周囲を舞い上がった砂埃が舞った。
「ざっ!ザマァ!このガサライオ様を舐めんじゃねぇよトカゲがぁ!」
百獣の王(笑)がそのジャケットと同じぐらい下品な高笑いをしながら、俺の側を通り抜けていく。
「……なんて面白い存在だありゃ」
獅子族ってやつか。初めて見た。
ガサライオ様とか言うのを見届けた後、地面に落ちたシルエットを見る。
未だに舞う砂埃に隠れて、よく見えない。
やがてゆっくりと砂埃は晴れて、俺は目を凝らす。
「ん?あれ?」
思わず俺は走り出した。
さっきまでデカい塊だったシルエットが無くなり、小さな人影があったからだ。
「うわ、マジかよ。人だろアレ」
アレの落下に巻き込まれた人が居たのかも知れない。
助けねば。救急車とか呼ばねば。
「おい!大丈夫か!?」
モワモワと舞う砂埃を払いながら、俺は人影に近づく。
「……いっ!?」
またもや驚愕した。
さっきから驚きっぱなしだな俺は。
そこに居たのは、全裸の女の子だった。一糸纏わぬ紛う事なき女子である。しつこいようだが横たわるその姿は全て丸出し。目に悪すぎる。
健全な10代の俺が動揺するのはしょうがない筈だ。だけどそんな場合じゃない。
一瞬立ち止まりかけたがすぐに駆け寄り、女の子の身体を揺らす。
「お、おい!生きてるよな!救急車呼ぶか!?」
大声で話しかけてみた。
「あ、あれ?」
その時にようやく気付いた俺はやはり馬鹿なんだろう。
女の子の髪は透き通るような青だった。
かなり長いその髪が、女の子の身体に纏わり付いて、なんつうか、エロい。慎ましい胸の頭頂部を隠す事で、チラリズムが生み出されているのだが、今はそんな事はどうでもいい。
そんな男子が気になってやまない小さな膨らみ、それより主張が激しいのが、女の子の背中から生えている大きな翼だった。
鳥みたいな羽のついた、青い翼。
「て、天使?」
馬鹿だから馬鹿みたいな感想が口から出る。
人が聞いたら学が無いのが直ぐにバレる感想だった。
もちろん天使で無いのは、直ぐに分かった。
額の左右、耳の上らへんから黒くて立派な角が生えていたからだし、お尻らへんから綺麗な青い毛に覆われた、大きな尻尾が生えていたからだ。
「な、何族?」
「う、うう」
俺が狼狽えている間に、女の子は起き上がり、肩を抑えてヨロヨロと動き出した。よく見れば右肩から大量の血が出ている。
「お、おい!酷い怪我してるぞ!救急車呼ぶから大人しくしてろ!」
ポケットから滅多に使わないスマホをとり110番を押した後に、119番だった事を思い出して番号を消す。
俺もテンパってるんだ!許せ!
「あ、あの!」
女の子が悲壮な声をあげて、俺の腰に縋り付いた。
「助けてください!子供が拐われたんです!お願いします!」
俺は、何に巻き込まれたんだ。