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ご近所ダンジョンを踏破しよう!①

 

「馬鹿じゃないのお前」


「は?」


 なんで俺、罵倒されてんの?


「なあ、そんで?脅されて、一言も言い返せませんでした、で終了?それでチビ達もアオイちゃんも居ないの?」


「あ、ああ」


 親父が、本当に深いため息を吐いた。


「はい、薫平くん。すたんだーぷっ」


「え?」


 言われるがままに立ち上がる。


「親父パンチ!」


「ぶはっ!」


 俺は吹き飛ばされて壁に激突する。


「はい。お仕置き終了。おらネズ公探して来いや」


 待て、待て待て待て!


「なんで殴った今!」


 殴られた右頬をさすりながら、親父当然の質問をする。

 俺は夕飯どきに、帰宅した親父と翔平に事情を説明しただけだ!


「それがわかんないってのが、理由かな」


 ドヤ顔で腕を組む親父。

 なあ、最近俺の周りの人間、日本語喋ってくれないんだけど。


「……それで兄ちゃん、さっきまで部屋から一歩も出てこなかったの?」


 溢れそうだった俺のお茶碗を代わりに受け止めた翔平が心配そうに見ている。


「なあ、薫平。お前いくつだ?」


「はあ? 十六なんですが何か!?」


 仮にも長男なんですけど! 年齢すら覚えられてないのか俺は!


「うん。十六。ガキもいいところだよな?」


 それが一体なんだおっさん。


「なんで、なんでもわかっちゃうと、思っちゃうわけ?」


「へ?」


 未だに、親父の言ってる意味がわからない。


「あるね。確かに、生きてりゃ危険なんぞ山ほどあるわ。俺にもあった。死ぬかもと思ったことなんて両手じゃ数えきれん」


 ねえよそんなに。

 だけど、確かに俺にも数回、覚えがある。

 族の集会に乗り込んでヘマした時や、プッツン君にダンプで轢かれかけた時、死ぬかもと思った。


「それでも、大抵死なないんだ。なんでだか判るか?」


「運が良かった……から?」


「それも有るかもな。しかし一番大きいのは」


 親父がニヤリと笑った。


「死にたくねえって本気で思うからだよ」


「へ?」


「人間、死ぬ気になりゃなんだってできるかもな。だけど、死にたくなくてもなんだってできる。むしろ、そっちの方が強いかもしれん」


 そりゃ、死ぬ気って言っても実際死んだ奴見た事ないし。


「お前も、アオイちゃんも、チビ達を死なせたくない思いはそんなに弱いのか」


 ………いや、そんな事はない。

 だから。


「だから! アオイの母ちゃんの言い分が!」


「その言い分な、破綻してんのすぐ判るだろうが」


 何がだよ!馬鹿だから分かんねってんだろ!


「それは、お前達二人だけでなんとかしようとしてるからだ」


「え?」


 あ、でも、俺たちしか頼る相手が、チビ達には。


「まあ、龍だもんなぁ。全部一人でやって来たからそういう考えになったんだろうなあ。でも、考えてみろ。お前と翔平は、七年前から俺という頼り甲斐の無い親父一人で育ててるんだぜ?」


 頼り甲斐が無いっていうのは、無いよ……。


「俺は、お前らが助けを求めたらなんだってしよう。ヤバい奴らが来るのなら、まあ買ったばかりだけど、この家売っぱらって引っ越しだってできるし、その金で逃亡生活とか楽しそうだ。翔平には悪い気がするが、そこんとこどうよ?」


「僕は別に。一人じゃ生きていけないし」


 ごはん茶碗片手に箸を持ちながら、翔平は静かに頷く。


「見ろよ末っ子のあの物分かりの良さ。お前だって、翔平が困ってたら、臓器ぐらい売るだろ?ん?」


 そりゃ、売って助かるなら、売るけど。


「お前らはまだ全然ガキだ。二百五十歳生きてるとかいうアオイちゃんだって、引きこもりが尾を引いて精神が全然成長してない。なんも知らん、なんも分からんガキに、大きな選択を相談なしにさせる大人があるかよ」


 そ、それは。


「それに、ここ最近のお前はお前らしくない」


 え?


「無鉄砲で大雑把、考えなしに脳足りん。そんなお前は何処に行ったんだ? 俺はそういうお前が大好きだ。見てて笑えるし、自慢にもなる。うちの馬鹿、格好良いだろ?ってな」


 そこまで言わなくても良いんじゃないですかね!


「ごちゃごちゃ考えすぎなんだよ。考えるのは大事だが、分からんなら遠慮なく俺を頼れ、伊達に苦労してきて無えんだよ舐めんな」


 お、親父。


「僕は」


 翔平が、立ち上がった。


「最近、兄ちゃんが変だってずっと思ってた」


 あれ?翔平くん、もしかして泣いてる?


「アオイ姉ちゃんが来た日から、なんか兄ちゃん人の事ばっかりで、自分のしたい事言わなくなってて、ちょっと嫌、だった」


 え、いや、俺はジャジャとナナの事をだな。


「にっ、にいちゃん、ずっと気をはっ、張ってパパしてるっ、からっ!」


 翔平の声が上ずって来た。

 嗚咽を抑えようと必死で堪えている。

 いつの間にか両手は膝の上で握られていて、真っ赤に変色するほどだ。


「それが嫌で、怒ってたらっ、ジャジャ、飛ばしちゃってっ!だっ、だから!兄ちゃんそれでも頑張ってるかっ、から!手伝って、あげようって思ってっ!」


 涙がポロポロと膝を打つ。


「で、でも、な、なんか、ぼ、僕の兄ちゃん、じゃなくて!」


 もう、多分自分でも何を言ってるのか、分ってないんだろう。

 両目をゴシゴシとこすり、目の周りは真っ赤になっている。

 そして深く息を吸い込んで。


「あんな兄ちゃんっ!嫌だっ!兄ちゃんっ、は!僕の兄ちゃんは、

 馬鹿だけど素直で、言いたい事の前にやりたい事する! 間違った事なんか絶対しない兄ちゃんだぁ!」


 翔平が、心の思いをぶち撒けた。


「はい薫平くん弟泣かしたざいでもういっぱーつ」


「ぶはっ!」


 今度は左頬を殴られた。


 吹き飛んで、床に倒れこむ。

 んで、考える。


 そうだ。

 アオイとの約束からこっち、それを守る為に何が出来るかとしか考えて無い。

 俺の、意思は、何処に行った?


 ジャジャは、可愛い。

 ナナは、可愛い。

 アオイは、危なっかしい。

 三隈は、怖い。


 それで。


「………良いじゃん」


 何を怖がってたのか。

 そうだよ。

 武装集団なんて、別に俺が相手をしなくていい。

 なんなら情けなさ全開で、アオイが戦って、俺がチビ達を守ればいい。

 ドギー巡査や井上巡査、会ったことないけど、警察署長さんも助けてくれる。

 110、出来るんだってば。


「お、復活?」


 俺は勢いよく起き上がる。


「親父!」


「なんだ馬鹿息子」


「もう一発!景気よく頼む!」


「任せろ、長男!」


「ぶはっ!」


 親父は笑顔で右を振り抜き、かつてない頭の芯に響く痛みが走った。

 その痛みで、俺が覚醒めざめた。


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