そして訪れる試練④
注意! 軽度のグロ表現があります!
何が、どう繋がったのかが分からない。
今朝まではこれまで通りの朝だった筈だ。
夜泣きに起こされ、少し眠り、また起こされ、それでもジャジャとナナが可愛かったから、全然苦にならなかった。
アオイと交互に朝飯を済ませ、親父を含めた四人分の食器を洗い、天気予報を見て晴れるのを確認して洗濯機を回し、その間に廊下を掃除して、洗濯物を干し、アオイの下着に驚かされ、ドギー巡査の訪問を受けた。
色んなイレギュラーがあるとはいえ、日常だった。
明日もこうなると思っていた。
なのに何故俺は今、双子と別れる選択肢を目の前に出されているのだろうか。
それが選択のしようが無い、理不尽な物なのは、一体何故だ。
「でも、でも!ジャジャとナナのおっぱい! 薫平さんがいないと駄目だもん!」
「それはここに来る前にネズミのおっさんから少し聞いているが、本当にあいつ必要か?」
アオイの叫びに、ユールさんは冷静に対応する。
アルバ・ジェルマンは苦笑いして答える。
「必要かどうかで言えば、必要だよ。健全な成長をする為には、彼の体から人間の因子を取り込むのが一番だ。それに彼の血で卵が孵ったからなのか、彼からしか接触摂取できない。ただまあ、代替案が無い訳ではないけど」
おい。
「お前! そんな事一言も言ってないだろ!」
「そりゃそうさ。結構ドン引きな案でね? 僕もあまり勧めたくないんだよ。反対されるだろうからね。それに僕は龍の医者で龍の味方さ。君たち人間に配慮する必要がどこにあるの?」
この野郎っ!
俺が父親で良かったって言ってたのは何なんだよ!
「そりゃ、どういう案だ?」
「食べれば良いのさ。どっかから捕まえた人間をね。さっきも言ったけど、お勧めはしないよ。 そもそも双子はまだ離乳してないし、消化に悪すぎるから別の問題も出る。血の型が違うから弊害も出るだろう。しかもアオイが嫌がる」
「当たり前だよ! そんなの、ジャジャやナナにさせられる訳ないでしょ!?」
「んなの認められるかっ!人間を何だと思ってるんだ!」
この場で冷静なのは、ユールさんとアルバだけだ。
俺とアオイは全身に熱を帯びているかのように興奮している。
「そもそも人間の因子ってな、どういう作用を双子達に与えるんだ?」
激昂する俺たちを無視して、ユールさん、いや、ユールは話を続ける。
「前例が無いから確実な事は言えないけど、この数日診てわかった事はまず人の病さ。龍種なら龍の病には掛かるが、人の病とは無関係だった。だけどこの双子達は彼の血によって人の部分を大いに取り込んでる。人から免疫情報などを取り込まないと、罹ってしまった時に一大事になるね。情報さえ受け取ってしまえば、龍の生命力との相乗効果で病なんてなんともないだろうさ」
「んじゃ、背に腹はかえられねえな」
「母さん!お願い話を聞いて!」
アオイは泣きながらユールに縋る。
ママの涙を見ているナナは、驚いて目を丸くしている。
「聞いてるよ。良いか? こいつらが本当にお前の言う通り善人であるとして、それが何なんだ?群れて襲いかかって来る悪人をまとめて相手できるほど強いのか? お前は双子を戦いながら守れるほど成長できてるのか?実際に卵を盗まれてるんだろ?」
「それは!それはっ」
「お前に出来ないってんなら、母さんが人間を捕まえてくるさ。粉末になるまで粉々に砕けば、少しは消化もしやすいだろう。双子達には大きくなっても黙ってりゃいい」
俺はアルバ・ジェルマンを睨みつける。
「おかしいと思ったんだ。この人はまっすぐウチに尋ねて来たからな! お前、ここに来る前にこの人に会ってるな!?」
「それは勿論。この場所を教えて、アオイノウンの近況を伝えられるのは僕しかいないだろ?」
「何をしれっと!」
頭の片隅にいる冷静な俺が、アルバ・ジェルマンは何も悪くないと喚いている。
だが茹だった思考の俺の本体が、こいつの所為でと責任転嫁し、今の俺を動かしていた。
「アオイ、良く聞け。お前は今、初めて触れた人界の眩さに目をやられ、寂しくて空いた心の穴を埋められた多幸感に溺れている」
「それはっ!否定しないけどっ、だけど!」
嫌々と首を振り、ユールの発言に抗うアオイ。
「わかった」
突然、ユールの背中に大きな青い翼が現れた。
それは、畳まれていても部屋の半分を埋め尽くすほど、巨大だった。
「なっ」
「母さんっ!?」
突如現れた巨大な翼に面食らい驚愕する俺の横で、アオイが戸惑いの表情を見せる。
「お前をここに縛り付けているのは、未練だな?」
強風が吹き荒れる。
部屋の窓から扉を突き抜ける突風に、踏ん張らないと立っていられない。
「ぐっ!」
「母さん何する気っ!? 母さん!」
親指を咥えて俺を見上げるジャジャを庇う。
ユールに問い続けるアオイと、その腕に抱かれたナナを引き寄せ、肩を抱いた。
「なら、アタシはアタシなりにお前達を守るさ。たとえアオイ、お前に憎まれようと、この人界は双子達に優しくない」
「どう言う事!? ねえ、母さんが言ってる事が分かんないよっ!」
「アオイ、危ない!」
部屋の中は、風に舞って散乱する服や、外から飛び込んでくる葉っぱでグチャグチャだった。
やがてユールは大きく息を吸い、目を閉じて天を仰ぐ。
木の枝が折れるような乾いた破裂音が部屋中に次々と鳴り、ユールの頭の両サイドにある白い角が発光を始めた。
「お前が言う事を聞かないのであれば、その原因を取り除く。最初はそこの小僧、そして次はその家族。そいつらが死ねば、お前が人界にいる理由はないだろう?」
「ばっ、馬鹿な事言わないでよ!」
ユールはゆっくりと目を開け、俺を指差した。
「ほら。たとえアオイ、お前に力があり双子を守る事が出来ても、そいつらの存在がお前の弱みになる」
「っ!?」
アオイが俺の顔を見る。
戸惑いと驚愕、そして苦痛に満ちた表情で。
「さあ、お前は娘達とそいつを天秤にかけられた時、何ができるんだ?」
それは、アオイにとっての最後通告だった。





