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そして訪れる試練②

 

「双子か、珍しいな! だがめでたい事だ!空龍種が一度に二匹も増えるなんていつ以来なんだろうな!」


 俺の部屋から、ユールさんの声が聞こえる。

 軋む背中に痛みを覚えながら、階段を登る。

 開いた扉から覗くと、アオイとユールさんが嬉しそうに双子を抱いていた。


「ほら、ばーばだよナナ」


「う?」


 いつもより更に不思議そうな顔をして、ナナはユールさんの腕に抱かれている。


「ナナか。昔話していた事、覚えてたのか?」


「うん。大好きだったなー勇者と英雄のお話」


「んじゃこっちはジャジャかい? ほらジャジャ、おばあちゃんだぞ」

 

「あー!」


「元気が良いな! きっと良い子達に育つ!」


 アオイの腕に抱かれたジャジャが、ユールさんの声に合わせて楽しそうに返事をしている。

 どこからどう見ても家族の団欒。

 俺の部屋の筈なのに、一歩を踏み出すことが躊躇ためらわれる。


「ジャジャはパパっ子で、ナナはママっ子かな? ナナなんて私が抱っこしないと寝付いてくれなくて」


「ああ、懐かしいな。お前の時も酷かった。眠ってくれなくて朝になっちまった事もある」


「わ、私そんなだった?」


「甘えん坊なのは今も変わらないよ。寝たと思って腕を離すとすぐに目を覚まして泣いてばかりだったね」


 ユールさんは、俺の知らないアオイの話を懐かしそうに語りだした。

 聞いているアオイは恥ずかしそうにしながら笑ったり、少し茶化したり。

 見た事も無い顔で笑っている。


「あ、薫平さん!ジャジャったら翼を広げちゃっ……薫平さん、どうして入ってこないんですか?」


「あ、ああ。なんでもないぞ」


 何でかは俺もわからないんだ。

 どうしてかそこに行くのが難しい。

 だけど、そんな事言えない。


「薫平さん?」


「アイ、ナナが呼んでるぞ」


「え? どうしたのナナ?おしめかな」


 ユールさんの腕の中で、ナナがぐずりだした。

 俺の目に移るのは、他人の侵入を許さない気の知れた家族の一枚絵。

 それを邪魔する一点の黒さえ落とされる事を許されず、そして黒とは俺なのかもしれない。


「薫平さん、少しジャジャを抱っこしてもらっても良いですか?」


「お、おう」


 ジャジャを受け取り、胸に抱く。

 ポカポカと暖かく、そして柔らかい抱き心地。

 俺の顔をまっすぐ覗き込み、フニャリと笑う。


「あぅー。だぁー」


 両手で俺の頬を叩くジャジャ。

 力が弱いから、全然痛くない。

 しばらく無言でジャジャを見続ける。

 部屋のどこを向いて良いのかわからないからだ。


「はい、スッキリしたねナナ?」


「あー」


 ナナのおしめを替えたアオイが立ち上がり、ナナを抱いてユールさんに渡した。

 振り返り、俺へと近づいてくる。


「薫平さんありがとうございま……薫平さん、汚れてません?」


「え?」


 俺の服を見て、アオイが不思議がる。


「あ、ああ。着替えるよ」


「さっきは背中にこんな大きな汚れなかったのに、そう言えばさっきの大きな音。何だったんですか? 逃げろとか」


「アレは、えっと」


 答えに詰まる。

 ユールさんを誘拐犯と間違え、二度も吹き飛ばされたとは、なぜか今のアオイに向かって言える気がしない。


「ああ、あの音はアタシがこいつを吹き飛ばした音だ。背中の汚れは一回目のだな。」


「え?」


 なんでも無さそうに、ユールさんは答えた。

 抱かれたナナは大きな欠伸をしている。


「お前に会うのを邪魔されたからな。死なないように手加減したつもりだし、殴らずに風で体を揺さぶって気絶させようとしたんだがな。加減が効かずに吹っ飛ばしちまったが、ちゃんと着地は補助してたから、大した怪我はしてないだろ?」


 言われて気づく。

 あれだけの距離を飛んだにしては、擦り傷が少ない。

 多少膝と腕にあるぐらいだ。


「な、なんでそんな事したの母さん! 薫平さん、どこか痛むところ無いですか? 打ったの背中ですか?」


 アオイが慌てて俺の背後に回り込み、上着を捲り上げた。


「背中! 青くなってるじゃないですか!? 母さん!!」


 俺の背中をさすりながら、アオイが大声を上げた。


「ヤワな種族だな、人間ってのは」


「母さん怒るよ!薫平さんに謝って!」


 ケラケラと笑うユールさんに、アオイが怒鳴る。


「なんでアタシが人間なんかに謝らなければならないのさ」


「母さん!!」


 怒気を含んだ表情のユールさんに、アオイが顔を真っ赤にして詰め寄った。


「そういやアイ、あんた母さんの言う事聞かなかったね?」


「何の話してるの!? それより薫平さ…」


「どうしてこの人間に近寄った。人間に接するのは必要最低限にしなって昔から口を酸っぱくして教えた筈だよ」


「そ、それは」


 睨みつけるようにアオイを見るユールさん。

 アオイはその迫力にたじろぎ、俺の服をぎゅっと掴んでいる。

 またも俺は蚊帳の外だ。

 ジャジャが俺の頬を両手で挟む。


「言った筈だ。人間や獣人は確かに弱いが、卑怯だ。見つかれば酷い目にあうと」


「薫平さんはそんな事しない!」


「どうだか、こいつやこいつの家族は赤ん坊を狙ってる可能性は充分あるさ」


 その言葉に、何かのスイッチが入った。


「……俺や俺の家族はそんな事しない」


 この部屋に入って初めて、ユールさんの目を見た。

 俺を睨みつけるその瞳には、なぜか確かな怒りが宿っている。


「信用ならないね。過去にそんな口ぶりで龍に近づいて、突然襲ってきた奴らなんか山ほどいる。まあ、大抵は返り討ちにあって痛い目を見るか殺されるかだが」


「他の奴らの事なんか知るかよ。でも俺の家族は違う」


 俺も負けじと睨み返した。


「く、薫平さん?」


「アンタが人間をどう思ってるのか知らないけど、イキナリ訪ねてきて俺を吹き飛ばしたり、家族の文句を言ったり、幾ら何でも失礼じゃないか?」


 そうだ、イラついていたのか。

 俺は。


「へえ、耐えるだけの腑抜けかと思えば、ちゃんと言い返せるじゃないか」


 俺の言葉を嘲笑い、ユールさんはナナを抱いたまま近寄ってきた。


「だが、相手を見て吠えろよ小僧。お前の前に立つのは絶対の強者、龍種の頂点、王にして空を統べる、このアタシだ」


 鼻と鼻が接触しそうな距離まで顔を近づけた。

 視線は俺の目を見て離さない。


「あんまり調子に乗ると」


「乗ると?」


 威圧感に空気が震えているかと錯覚した。

 瞳の光だけで、俺を殺せそうな気がする。

 だけど、負けじと見つめ続ける。


「皆殺すぞ人類」


 牙を剥き出しにして、その美女は危なく笑った。


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