そして訪れる試練①
「ほらおいで、アタシの大切な宝石!」
「母さん!」
階段の上から、母親の胸に勢いよく飛び込むアオイ。
その瞳には涙が溢れ、嬉しさが爆発していた。
「母さん!逢いたかった!」
「アタシも逢いたかったさ!大きくなりやがって!」
さっきまで俺を興味なさそうに打ちのめした人物とは思えないぐらい、表情豊かなアオイの母。
破顔した表情も美しく、まるで噛みしめるように全身で喜びを表現している。
俺はといえば、緊迫した状況から突然の親子の感動の再会に、全然ついていけてない。
だって身体中痛いんだもの!
「どうして!?なんでいきなり!?」
ボロボロに泣いたアオイが顔をあげ、母に疑問を投げかける。
なんだっけ、四十年近く会ってないとか言ってたな。
「アメリカのグランドキャニオンとか言うところで野暮用を済ませてたんだけどな。風の流れが慌ただしいのと精霊達が嬉しそうにここの空に飛んでいくもんだから、気になって来てみたんだ」
アオイの涙を指でぬぐいながら、穏やかな表情で語るアオイ母。
そうだよ。
なんか誰かに似てると思ったら、アオイにそっくりじゃないか。
色々サイズアップしたアオイだ。
「本当はもう少し早く来たかったんだか、色々めんどくさい事が多くてな。ゴメンな?」
「ううん! 逢いに来てくれて嬉しい!」
「ああもう! アタシの娘可愛い!世界一可愛い!」
自分と同サイズの胸にグリグリと額を擦り付けるアオイ。
その仕草は確かに可愛らしい。
アオイの母はその仕草にノックアウトされたのか、更に強くアオイを抱きしめて頬ずりする。
「いやー、ユールは相変わらずだね」
「うおっ!」
いつの間にか俺の右肩に、ローブ姿のモコモコな鼠が立っていた。
アルバ・ジェルマン。
龍の医者の胡散臭い鼠だ。
「昔から口が悪くてお転婆な娘だったけど、アオイを産んでからはこの調子だよ。みんな驚いてたなぁ」
「聞こえてるぞおっさん!」
アオイを抱きながらアルバ・ジェルマンを睨みつけるアオイ母。
その迫力は凄まじく、俺は気圧されて少し後ずさる。
「えっと、ユール? さん?」
「はい! 私の母です! ユーリエル・ドラゴライン! 『夜天光』のユール! 空の王です!」
アオイがその胸の中で、自慢げに俺に紹介をする。
「気安く呼んだら殺すからな」
「えっ」
俺を見る目だけが、さっきと変わらない。
「ところでアイ?」
「なぁに?」
頭を撫でられながら、アオイは母に甘え続けている。
あんなに遠慮の無いアオイは初めて見たな。
「アルバのおっさんから聞いたぞ? 産卵期が来ちまったみたいだな」
「うん」
「辛かったろ? 初めての産卵は痛かったろ? アタシがお前を産んだ時も凄い痛かったからな。良く頑張った」
「うん……ひっ……うん!」
アオイは感極まってしまったようで喉を鳴らして嗚咽している。
その頭を愛おしそうに撫でるユールさん。
「まさかこんなに早く産卵期が来るなんてなぁ……母さんが悪かったな。大事な時にそばに居てやれなかった」
「来てくれたから、いい」
「来るさ。大切な娘だ」
なんか、口を挟み辛い空気が我が家の廊下に流れている。
このタイミングで、靴を脱いで欲しいなんてとてもじゃないが言えない。
「一通り落ち着いたら、戻る予定だったんだがなあ。思ってた以上に世界がグッチャグチャだったもんだから手間取っちまった。タイミング悪かったなあ」
「良いよぅ。母さんは空の王だもん。そうだ!」
「ん?」
アオイがユールさんの胸から離れ、手を引いて階段を登る。
「私の娘達! 顔を見てあげて!」
「ああ、そうだそうだ!孫の顔を見に来たんだった! 」
バタバタと階段を駆け上る親子二人を呆けて見送る。
「君も災難だったね」
鼠が俺の頬を手に持つ杖で軽く叩いた。
心なしか楽しそうなのがムカつく。
「本当にな……」
「ユールは昔からアオイの事しか頭に無いから」
それにしたって、二回もぶっ飛ばされる意味がわからない。
背中痛いなあ……。
「しかし」
アルバ・ジェルマンが俺の肩から跳び上がり、床に音も無く着地した。
「彼女達の世代の龍は、龍以外の種族を特に信用していないからね。仕方がない」
「あの人、いくつだ?」
人間的に見たら、見た目だけだと20代前半に見える。
「ユールは二千歳を超えたところかな? 若くして空の龍王となった天才でね。 歴代空龍王の中でも、強い力を持つ龍だ」
「空龍王ねえ」
何度かアオイから聞いているが、今のところピンと来ていない。
王って言ったって、国があるわけじゃないしなぁ。
「龍王って言うのは、世界の調和を担う者の称号だよ」
「調和」
「そう。空の龍王は、全ての空の乱れを正す。精霊達の暴走を抑えたり、異常気象を正常にしたりね」
スケールの大きさ間違ってません?
世界レベルの意味が文字通りになってしまっている。
「他にも居るのか?」
「龍王はいつでも四匹いなきゃいけない。空龍王、海龍王、地龍王、そして龍姫」
「ん?最後は王じゃないんだな」
姫じゃん。
「王って言っても、ただの称号だしね。空と海と地をそれぞれ平定し、龍の姫がそれを繋げる。どれが欠けてもダメだ。海と空が穏やかでも、地が荒れていたら生き物は死んでいく。そして龍の姫がいなければ、空が地に災難を落とし、地が海を蝕み、海が空を汚してしまう」
「良くわかんねぇな」
「古来より続く龍の責務だよ。人や獣人の意思の及ぶべき事じゃないし、龍にとってはやるべき事をやってるだけで、他種族の為じゃないからね。本能みたいなものだし」
んん。
説明されてもイマイチ理解できないのは、やっぱり俺が馬鹿だからだろうか。
ユールさんの姿だけなら、どこかの国の王女様と言われても納得できるが、いかんせん言動と行動とのギャップが凄すぎて混乱している。
清純派No.1な容姿なのに、あそこまで粗野な物言いは詐欺に近い。
それに全てが急すぎて、俺の脳みそが処理しきれていない。
今んとこわかるのは、背中が痛い事だけだ。
「僕らも、上に行こうか」
「ああ、とりあえず」
成り行きを見守るしか取れる手が無い。
「玄関、締めてくる」
あと床の掃除も。





