龍のお嬢さん③
私は傷ついた体を押さえながら、目尻の涙を拭った。
泣いている暇なんて無い。
あの人が逃げていったのはこの目で見た。
殺す気は無かったから、加減してたけど。それでも結構な怪我を負わせた筈だ。
私が戻って来る前に、ここに来る事は出来ない。
なら、結論は一つ。
もう一人居たんだ。私に気づかれないよう巣に潜り込み、『あの子達』を攫った人が。
おかしいなとは思ってたのに。
あの女の人は時々チクチクと斬りつけてきたけど、チャンスはあったのに全然踏み込んでこなかった。
きっと時間稼ぎが目的だったからだ。そう、囮ってヤツだ。
迂闊だった。減衰期が明けて気が抜けていたんだろう。
それに、守るものがある戦いなんて初めてだった。
いつもと違う事はたくさんあったのに、全部失念していた。
悔しい。悔しくて涙が出る。
決して望んでいた訳じゃ無いし、どうしてこうなったかもわからない。
でも私が産んだ、私の分身達だ。
覚悟も決意もないままだけど、何も実感しないまま失うなんてあんまりだ。
涙は止まらない。
でも、拭っている暇も無い。
とりあえず、衣類ケースの一番上にあった白いワンピースに、何も考えずに頭を通した。さっきの戦闘で服を無くしてしまったからだ。
角が引っかかる。
お気に入りのワンピースだったけど、破れてしまった。
そんなのどうでもいい。
『あの子たち』はまだ近くにいる。
どうしてか分からないけど、感じ取れる。
町の方角。
速いスピードで遠ざかる『あの子達』の鼓動。
きっと車かバイクだ。
見失う前に、感じ取れなくなる前に追いつかなきゃ。
巣を飛び出し、走る。
全力で駆け抜けているから、一歩ごとに地面に亀裂が入る。
大きな音を出しながら、私は駆ける。
やがて目の前に切り立った崖の突端が見えてきた。
一切の躊躇も無く、私は大きく跳躍する。
空中でワンピースを脱ぎ、大きく吼えた。
雷光のような瞬きが周囲を照らす。
本気の私の、『本気』の姿。
巨大な体躯を捻り、翼を勢いよく動かした。
風を掴んで上昇。
足りない分は体の内側から。
焦る気持ちは、翼の扱いを鈍らせる。
バランスを崩して、身体が傾く。
力任せに身をよじり、また上昇した。
大体の場所と、大体の方角を感じ取って、転回した。
犯人の姿は分からないけど、必ず見つけないといけない。
待っててね。こんなダメな私だけど。
何も分からないまま授かってしまった命だけど。
ママは貴女達を、諦めないから。