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マザー・ユール②

 

「どした?」


 部屋の扉をノックして、返事が聞こえたから開けて入る。

 中にはアオイと、アオイに抱かれているナナ。

 そしてベッドで寝ているジャジャがいる。


「あ、薫平さん。ナナったら、また寝てる間に飛んでたみたいです。落ちた時にビックリしたみたいで」


 体を小刻みに上下して、ぐずるナナをあやすアオイ。


「またか……今日は多いな」


「成長、してるんですねぇ」


「ふぇ、うぇえ」


「はいはーい。ナナちゃん、怖かったね。よしよし」


 ジャジャがショッピングモールで飛んだ二日後、今度はナナがダイニングで浮き上がった。


 昼寝をしてると安心した時に、静かにふわあっと浮き上がり、俺の度肝を見事に抜いてくれた。


『どうやら龍としての成長速度が、人間の因子によって促進されているようだ。大変興味深いね。素敵だ!』


 とは、毎朝庭先で飯をたかりにくるアルバ・ジェルマンの言葉だ。

 相変わらず難しい事言いやがって。


 とにかくよく分かってないっていうのが、ネズミのお医者さんの言いたい事だ。

 理解するのに半日かかったぜ。


 ジャジャの事件に危機感を覚えていた俺たちは、すでに対策を取っていた。


 基本的に、俺達が抱っこしてる時は飛んだりしない。

 意識が俺たちに向いているからなのか、誰もいない時や一人で遊んでる時、または寝ている最中によく浮かんでしまう。


 なので気をつけるべきは、風で流される事と、力を使い果たした事で落下する高さだ。


 チビ達の服の背中には、翼を通すための穴が空いている。

 その穴に短くて柔らかい紐を通し、ベビー布団に取り付けた輪っかに繋げている。

 高く飛びすぎない為の処置だ。

 浮かせても10センチ。

 それより短くしたら普通に寝てる時に身動きが取れなくなり、ジャジャ達にストレスを与えてしまう。


 ベビー布団にはもちろん重りを仕込んである。

 更には敷布団は羽毛に変え、ベッドマットは柔らかさ重視。

 万が一を考え、俺の部屋はカラーマットを敷き詰め、ダイニングにも同じマットのスペースを作った。

 あのマット、ホームセンターに売ってるのな。


 それでも、落ちた衝撃は少なからず残る。

 怪我する高さじゃないが、突然の落下にチビ達はいつも驚かされ、夜泣きの原因にもなっている。


 俺達が横に寝ている時は、掛け布団を体で踏むようにしているから大丈夫だけど、俺たちが寝返りをうつ時もあるわけで。


 そこで、検証を試みた。

 いつまでも知らないままじゃいられない。


 ジャジャ達の飛行能力は有限だ。

 アオイ曰く、本来は翼で風を受ける為に上昇する際の飛行方法で、その力で飛び続けているわけじゃないらしい。

 翼に風を受けられれば、よくわからないが精霊が力を貸してくれるらしい。

 その飛び上がる時の力、龍気と呼ばれる力は、慣れたアオイですら長時間の飛行に向いてないと断言した。


 つまりはそんなに長く浮いていられない事は分かっているんだ。


 なら知るべきはどれだけの時間浮くか、そして使い果たした後、どのぐらいで再び浮けるようになるのか。


 この検証が、今のところ上手く行ってない。

 なにせ飛ばない日もあれば、日に二回も三回も飛ぶ日もあるのだ。

 サンプルが足りてない所為もある。


 俺たちにできる事と言えば、飛んでた場合は決して邪魔をせずに目を離さないぐらい。

 限界まで龍気を消耗させて、飛ぶ間隔をできるだけ開ける事だ。


 飛行時間は、ほとんどが十分前後。

 そんなに長くは飛ばないので、まだマシな方だと思う。

 これからも気をつけなければならない。


「誰か来られてたんですか?」


「ん?ああドギー巡査。俺たちが学校に行ってる間、ドギー巡査のお母さんがお前達の面倒を見てくれる事になったんだ。一人でチビ達を見るの、正直大変だろ?」


 ナナを抱きながら俺を見上げる。


「は、はい。まあ、どうしようかなーとは思ってました。どんな人なんでしょうか……」


 人見知りするアオイにとって、風待家以外の人間や獣人と接するのは不安なんだろう。

 困った顔で笑っている。


「ここら辺の保育所で保育士をしている人らしいぞ。子供の扱いに不安は無いと思う。まあ、人当たりはどうかはわかんないけどさ。ドギー巡査に連絡とって、先に挨拶しておこうか」


「はい。翔平さんは?」


「買い物。さっき出たばっかりだ」


 このところ、翔平の様子がおかしい。

 時々考え込むように呆けている時があり、珍しく家事も失敗したりする。

 この間なんかはカレールゥを買い忘れ、大きめ野菜のオニオンスープになってしまった。


 ジャジャとナナの面倒を率先して見てくれてありがたい反面、どこか無理をしている印象がある。

 聞いても何も答えないしな。

 どうしたものか。


「うぁー」


「ん。ナナも落ち着いたな。もう少し寝るか?」


「ジャジャが起きるまでは横になってます。ナナのおしめ良いですか?」


 任せろい。

 俺だって徐々にではあるがスキルアップしているのさ。

 最初の頃は、ワタワタと動くチビ達に戸惑ってしまい無様を晒したが、今なら違う。

 芸術的なおしめにしてやろう。


「ほら、ナナおいで」


 両手を広げてナナを呼ぶ。


「んぅー」


 ナナはアオイの服をしっかり掴んで離さない。


「ほら」


「んんー」


 アオイの胸に顔を埋めてしまった。


「あはは…」


 アオイが苦笑いをしている。

 ナナは、アオイが大好きだ。

 寝る時もアオイの腕の中ならすんなり眠るが、俺だとかなりぐずる。

 ジャジャは逆に、俺が抱くと大騒ぎで喜び、喜びすぎて疲れ果てて眠る。

 双子だけど、やっぱり違うんだなぁ。


「……あー」


 どうにかナナの気をひこうと四苦八苦していると、ジャジャが目を覚ました。


「あぅ、あー!」


 ワタワタと腕と足を動かし、俺に猛アピールしてくる。


「あれ、起きちゃったか。ごめんなー」


 ナナは抱けなかったが、ジャジャなら抱ける。

 両脇に手を入れ、ゆっくり持ち上げる。


「あえ、あー!」


 俺の顔をまっすぐ見て、満面の笑みで喜ぶジャジャ。


「ジャジャはパパっ子ですね」


「ナナも抱っこしたいんだが……」


「これからですよ。大丈夫です」


 アオイの横に腰掛けようと身を屈めた時、玄関からチャイムの音が聞こえてきた。


「ん?」


「お客様ですか?」


 珍しく来客が続くな。

 セールスとか勧誘なら、悪いんだけど間に合ってるんだが。


「ジャジャ見ときますから」


「悪いな。すぐ戻る」


 ジャジャをアオイに預ける。


「あぁー!んにぃ!」


 嫌そうに俺の服を掴むジャジャの手を振りほどく。

 なんか可哀想だ。


「ほらおいで」


 ジャジャの体を優しく引き、アオイは胸に双子を抱きかかえた。


「ごめんな。頼む」


「はい」


 後ろ髪引かれる思いで部屋を後にして、階段を降りる。

 その間もチャイムは鳴り続けている。


「なんだ?しつこいな」


 わかってるからそんな連打するなよ。

 非常識だな。


「はーい」


 玄関のスリッパを履き、ドアを開けた。


「やっと出てきたか」


 そこに、偉い美女が立っていた。



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