マザー・ユール①
最後の晩餐じみた地獄の食卓を思い出す。
胃に穴が開いて強酸でも漏れてるんじゃないかと思うぐらいの痛みを味わいながらも、プレッシャーに俺は打ち勝った。
親父の車で帰っていく三隈に、家の番号と修理予定のスマホの番号を教え、初めて見た満面の笑みがなぜか死の宣告に思えたのも今では良い思い出です。
あれから二週間。
双子の様子と言えば健康そのものであり、少なくとも俺の目から見たジャジャとナナは元気に毎日泣いている。
朝は起きろと泣き叫び、昼は飯をよこせと泣き叫び、夜は遊べと泣き叫び、深夜はなんとなくで泣き叫ぶ。
もう、目が離せないどころじゃない。
睡眠時間と精神力がゴリゴリ削られている。
日に日に衰弱していく俺とは対照的に、アオイは一日毎に母親として進化している。
例え深く寝ていようが、子供達の泣き声の予備動作、息を吸う音で超反応を見せて、目にも止まらぬ速さで起き上がるぐらいだ。
『ふえっ』の部分だぞ?
なんでわかるんだよ。
他にも母スキルの向上が目覚ましい。
あやし方と寝かしつけ方、おしめを変える時間の短縮や、授乳体制への高速移行なんかがわかりやすいと思う。
気づかない内に服を捲り上げるの、本当にやめてくんないかな。
『もう、私の思いは伝えたんですから、気にしないで見てくれても全然良いんですよ?』
じゃない。
気にするんだよ俺は!
そもそも、こいつの恋愛観はテレビの受け売りだという事が判明した。
夕日の見えるビルの屋上なんて、一般人が立入れる訳ないだろうが。
俺から告白される時はそんな場所を希望していると、毎週土曜日に遊びにくる三隈と佐伯に打ち明けていた。
三隈なんだが、以前とは目に見えて態度が違う。
まずは露出。
恥ずかしがり屋なあいつは、中学までは髪を下ろして顔を隠していた。
それが今じゃフルオープン。
分厚い眼鏡もオシャレ気たっぷりの赤いフレームに変わり、滅多に見ようとしなかった俺の目をまっすぐ見るようになった。
多分、かなり勇気を振り絞っているのだろう。
その顔は羞恥でいつも真っ赤で、見てるこっちが心配になる。
それに私服。
あいつの私服を見る機会はそう多くは無かったが、以前はダボついた上着にジーンズと言う、似合ってないわけではないけど野暮ったい服だったと記憶している。
あいつの胸は、正直デカイ。
胸元に刺さる男の視線が嫌で、そんな服装をしていたと教えてくれた。
聞かないようにしてたのに。
それが今や、体のラインがはっきりわかるセーターや、膝上までしかないフレアスカートに、それに届くか届かないかのニーハイソックス。
そんな格好で、俺との距離を詰めて来る。
『アタシのアドバイスなんだけどね!好きだろ?』
悪意しか感じられない笑みで答えてくれたのは、当然ながら佐伯だ。
これには俺の男の子が戸惑わないはずが無い。
好きか嫌いかは、じっくりと話し合う必要がある。
元々、三隈 夕乃は隠れた可愛さを持つと男子の間では密かに騒がれてたヤツだ。
それが隠れなくなったら、その、あの、大変だろうが。
そんな三隈の付き添いで、佐伯も我が家に訪れる。
子供と感性の近いコイツは、ジャジャとナナの良い遊び相手だ。
まあ、ジャジャ達は佐伯をオモチャと思ってるっぽいんだけど。
更に、本気かどうかは定かでは無いが、翔平のことを彼氏候補と言って憚らず、何かにつけてはちょっかいをかけてウザがられている。
佐伯の本心なんて、わかるのは三隈ぐらいだろう。
何せ付き合いの長さは保育園かららしいからな。
そんなこんなで、今は三月の終わり。
間も無く新学期が始まる頃だ。
我が風待家のダイニングには、春の訪れを感じさせる気持ちの良い陽気が差し込んでいる。
「一応、大丈夫だと思うのだけれど」
来客用の湯呑みを啜った、金髪ウェーブにセミロングのカッコイイお姉さん。
大きく垂れた犬耳のドギー巡査が俺に問いかけた。
「ドギー巡査の、お母さんですか?」
「ウチの母も、定年を迎えて暇を持て余しそうだったから。ああ、口は固いからドラゴラインさん達の事が漏れる心配は無いわ。正義感の塊みたいな人だもの」
話し合っているのは、アオイ達についてだ。
来週から、俺と翔平はそれぞれ高校と小学校が始まり、親父は仕事がある。
昼間にアオイとチビ達だけでは、万が一が予想される。
アオイは強い。
色んな面において他の生物を超越しているので、襲撃者に関しては負けない自信があるらしい。
だが、ジャジャとナナの二人を四六時中同時に見ている訳にはいかない。
トイレに行きたい時もあるし、寝不足も重なってうたた寝してしまう危険もある。
それにあいつは母親一年生。
多少慣れて来たとは言え、わからない事など山ほどあるのだ。
どこか抜けた所のあるアオイ一人では、心配だった。
どうしたものかと思案していると、定期巡回で我が家を訪れたドギー巡査からありがたい提案が挙がった。
「母は子供好きだし、元は保育士よ。普通のシッターを雇うよりも、事情を理解した信頼できる人間に任せた方が良いと思うの」
「はい、俺もそう思います。こちらからお願いしたいぐらいですよ」
地元の保育園に勤めていたドギー巡査のお母さんが、昼間ウチに来てくれる事になった。
今年の四月、つまり数日後に定年退職予定なので、手が空いて困っていたらしい。
他の誰かに事情を隠してお願いするより、信頼できるドギー巡査のお母さんに全てを打ち明け、協力して貰う方がずっと良い。
家も近所だしな。
「うん。お願いされるわ。じゃあ、私は戻るわね。明日は井上巡査が来るから」
毎日マギー巡査か井上巡査が我が家を訪れ、異常が無いか確認してくれる。
本当に、世話になりすぎだな。
「ありがとうございます」
「気にしないで、これも公務の内よ。国に内緒のね?」
ドギー巡査はイタズラをしてるような、おどけた笑顔を見せる。
この人は、スタイルも良いし美人さんだし、時々子供っぽい。
こりゃあモテてるんだろうなぁ。
玄関でドギー巡査を見送り、なんとなく庭に出てみた。
眠気を誘う陽光が辺りを照らし、背伸びをする。
今日も快晴。
良い一日だ。
二階の窓から、泣き声がした。
どうやらアオイと昼寝をしていたナナが、腹を空かせて起きたらしい。
さあ、パパも行きますか。





