風の娘は思いを馳せる(エピソードEP)
薫平さんが眠りについた後、私は寝たふりをしている。
ジャジャの夜泣きにつられてナナが泣き、二人であやして寝かしつけた。
今日は大体二時間おきのサイクルでどっちかが泣くから、私達はヘトヘトだ。
昼の騒動や、私と三隈さんの一件でお疲れの薫平さんは、ナナがようやく眠ってくれたのを確認したら、秒と持たずに眠りについた。
ナナのお腹に手を当てて、安らかな顔を私に向ける。
穏やかな顔だ。
愛おしい顔だ。
固い髪は横になっていても天を向いていて、いつもはつり上がっている目も、今だけは優しく閉じられている。
しばらくして、薫平さんは寝息を立てた。
窓際に私、その隣にジャジャ、ナナと続いて、薫平さん。
二人分離れているけど、遠いとは思わない。
私と薫平さんの距離感は、まさしく今が正しい。
ジャジャとナナを間に入れないと、私は薫平さんに近づけない。
双子の愛娘を孵してくれた人。
それを理由に、絡め取ってしまった人。
だって、それ以外に私が薫平さんの隣に立てる理由が無い。
優しくて不器用で、真面目で頑なで、それでいて忌々しいほどに誠実な人。
それが今の私が抱く、風待 薫平という男性への印象。
左手を伸ばして、薫平さんの頬を撫でる。
私の孤独を癒してくれた。
私に恋を教えてくれた。
私に宝物を授けてくれた。
触れた指先が熱を帯びる。
感謝してもしきれない。
この恋に恋い焦がれてどうにかなってしまいそうだ。
私は龍だ。
誇り高き空を統べる龍種の一匹。
天を導く青き光脈。
大好きな母さんから、ずっとそう言われて育ってきた。
優しいのに、口の悪い母さん。
優しいから、いつも厳しい母さん。
会いたい気持ちはずっと持ってる。
望んで良いなら、世界の終わりまで母さんと一緒に居たかった。
それは叶わぬ夢だ。
龍は調停者。
今代の空龍王たる母さんの責任は、若い私に理解できないほど重い。
だから母さんには、世界衝突によって広がった空と大地をその目で見る義務がある。
我儘で独り立ちを十年伸ばしてもらってたのもあって、母さんを引き止めることはできなかった。
寂しかったな。
苦しかったなぁ。
不安と悲嘆で、空虚に四十年を過ごした。
臆病な私は、他の龍みたいに獣人に紛れ込んで生活したりできない。
寂しがり屋な私は、他の龍みたいに世俗を完全に切り捨てて、極地に隠れ住むこともできない。
前に進む事も後ろに退がる事もできないまま、母さんの残した財産を切り崩しながら必要最低限の物を下界から買い込み、ダンジョンでエサを狩る毎日だった。
心は磨耗し、冷え切っていくのを日に日に感じていく。
そんな時、巣から一番近い住宅の前で一組の家族と出会う。
狼族の老夫婦が住んでいた、立派なお家。
お祖父さんに先立たれたお婆さんが、孫夫婦に連れられて北海道に引っ越したのは知ってた。
それぐらいの交流はしてたから。
背の高い、凛々しい眼鏡の男性が、道路から満足そうな顔をしてお家を眺めていた。
その目の輝きがあまりにも強くて、物珍しさに声をかけてしまった。
『こんにちは』
『ん? ああ、こんにちは。ここら辺の子かい?』
『はい。森の先に住んでます』
嘘じゃ無い。
森を迂回ではなく、真っ直ぐ先に行けば巣があるから。
『いや、良い所だねこの町は。空気は美味しいし、何よりこんな可愛い子が住んでいる』
不快感を感じないお世辞だった。
『ここに、引っ越してくるんですか?』
『ああ、そのつもりで見に来たんだ。ほら、あれが息子達』
男性が指し示した場所に、二人の兄弟がいた。
お家の庭で仲よさそうに笑いあっている。
弟さんはサラサラとした髪の利口そうな子で、お兄さんは背の高い、目つきが悪く怖そうな人だった。
『どうやら、気に入ってくれたらしい。いや、安心したよ』
その二人を優しくて見つめながら男性は頷く。
テンション高く、お家の中を指して目を輝かせる弟さん。
楽しそうで、良いなと思った。
家族が一緒にいるなんて羨ましいって。
そんな弟さんをなだめるように、お兄さんは苦笑しながら弟さんの頭を撫でた。
それは、私にとっての最初の一撃。
目つきが悪いと思ってたのに、とても優しくて。
怖いと思ってたのに、とても暖かい笑みで。
頭の先からつま先まで、翼の根元から羽の一枚一枚に至るまで、電撃のような物が一瞬で走った。
目を見開いて凝視してしまう。
今でも、その理由はわからないけど、きっと理屈じゃない。
でも確かに私はあの日、一目惚れを知ったんだ。
忘れられない日の事を思い出しながら、もう一度薫平さんの頬をなぞる。
指先だけで、滑らせるように。
くすぐったそうに声を出して、眉間にシワを寄せる。
申し訳なさが溢れて来そうだ。
かなり、無茶を強いているから。
それでも、私はこの人から離れたくない。
だって、あの日の想いは募りに募って、今の私を確かに形作っている。
まだ二日しか味わっていないけど、もう手放せない。
どうか、愛しい娘達と、そのパパを奪わないで。
そう願いながら、私は眠りについた。





