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故に始まる乙女大戦⑥

 

「へ?」


 呆気に取られた俺は、間抜けな顔で三隈を見ている。


「あの日! イジメられてた私を助けてくれた日からずっと忘れられなくて! 中学に上がってからも顔を見る度にドキドキして!」


 三隈は殆ど泣きながら独白している。


「それなのに! 告白もできないまま失恋なんてっ! あんまりだよっ!」


「いや、あの、三隈?」


「し、知らないですよ! 私だって! 初めて顔を見た時から忘れられなくてっ! 優しそうな顔で翔平さんの頭を撫でてる姿を見てっ、こんな優しそうな人が家族になってくれたらっ、毎日幸せなんだろうなって! 卵産んじゃうぐらい好きになっててっ!昨日っ、助けてくれた時にはっ、運命って本当にあるんだって喜んだのにっ!」


「アオイ? あれ?」


 アオイも負けじと、ナナを強く抱きしめたまま涙目で訴える。

 腕の中のナナが少し窮屈そうに身をよじっていた。


「しょ、翔平」


「僕に助けを求められても、どうすることもできないんだけど。それより」


 ジャジャを抱いた翔平が周囲を見渡す。


「すごい見られてるよ」


「へ?」


 首をぐるりと回すと、大勢の人たちが俺たちの姿を見ている。

 ニヤニヤしながら。


「移動、しよっか」


「あぅー!」


 そういって翔平は、荷物を片付けだした。

 ジャジャは楽しそうに笑っている。







「あの、お茶です……」


 お盆から湯のみを取り、テーブルに二つ並べた。

 何故か、俺たちは家に戻ってきている。


 帰宅中、アオイと三隈は終始無言で睨み合い、翔平はベビーカーを押しながら佐伯と話をしていた。


 何故か罰だと言わんばかりに殆どの荷物を持っていた俺は、ヘトヘトの体と痛む右手を気にしながら歩き、ミニバンタイプのタクシーを捕まえてひとまず家の住所を告げ、タクシーのトランクに荷物を詰め込んだ。

 助手席に俺。

 後部座席にアオイ、翔平、佐伯、三隈の順番で乗った。

 ジャジャとナナはそれぞれアオイと、何故か佐伯が抱きかかえていた。


 そして家に着いて現在、時刻は十九時を回る。


 アオイと三隈はダイニングのテーブルを挟み、何も言わないまま時間だけが過ぎていく。


 翔平と佐伯は仲良く夕飯の買い出しに行った。

 あの二人は、実は結構前から知り合いである。

 佐伯の弟と翔平が同級生で、よく家に顔を出していたのは知っている。


 ダイニングのカーペットの上に布団を敷き、ジャジャとナナはそこで寝かせてある。

 モゾモゾと動き、二人だけに通じる会話らしきものが聞こえてくる。


 その姿を見て心を落ち着けて、椅子を引いて座る。

 場所は二人の真ん中に位置する場所。

 どちらかの隣なんて、今の状況じゃ座れる訳ない。


「……あの、お茶いれたんだけど」


 恐る恐る声をかける。

 謎の圧力がダイニングの空気を重くしている。


「ありがとうございます」


「ご馳走になります」


 アオイが言葉を発すると、三隈が口を開く。

 お互いを一点ににらみつつ、表情には何の感情も乗っていない。


 再びの沈黙。

 その痛いぐらいの静寂は、俺のみに深く激しく突き刺さる。


 頼むから、何か喋ってくれ!


「……薫平さんは、私の初恋です」


「……私の初恋でもあるよ」


「ジャジャとナナの卵は、薫平さんが孵してくれました。 ひとりぼっちだった私に、可愛い家族をくれました」


「風待君は、イジメられて泣くだけだった私を、守ってくれたの。 弱くて頼りない私に、希望をくれた」


「……過ごした時間は圧倒的に少ないけれど、譲れません」


「……たとえ子供がいたとしても、そんな簡単に諦められる訳ない」


 重いっ!

 重過ぎて息ができないっ!

 喋ってくれと願ったけど、今は只々逃げ出したい!


「……正直に言うと、薫平さんは私の事、恋愛対象としては見てないのは分かってます。 私はジャジャ達のママ、って事だけで薫平さんに縋っています」


「……私は想うだけで、何の恩返しもアプローチもできなかった。だから、風待君にとっては幼馴染、いえ、顔見知り程度しか認識されてないの、知ってる」


「だから」


「だから」


 全く同じタイミングで、二人は俺を見た。


「私は、私の全部をかけて薫平さんに示します。 ジャジャとナナのパパになったからじゃなくて、薫平さんだから必要なんだって一生懸命伝えます!」


 透き通った青い髪をフワリとはためかせ、まっすぐな瞳で俺を見るアオイ。


「引っ越したからって、諦められない。 私は今から、貴方に全部伝えたいの。どれだけ感謝してるか、どれだけ貴方に焦がれたか、どれだけ貴方の側に居たいか!」


 纏めた三つ編みを揺らし、眼鏡の奥の瞳に強い光を燈しながら俺を見る三隈。


「は、はい」


 情けない、本当に情けないが、それ以外に返事ができない。


 そうして二人は再び向き合い、不敵に笑った。


「一緒に住める私の方が圧倒的に有利です。二人の時間はどんどん蓄積されます。子育てだって二人で乗り越えれば、絆はより深まりますよ。残念ですが、一切手心は加えませんから」


「それはどうかな。男女が同じ屋根の下で暮らしたら、どうしたって相手の悪い所が目につくもの。空回って、風待君に嫌われないようにしないとね。私には時間をかけて知り得た情報があるもの」


 何でだろう。

 二人の女の子が俺を取り合うなんて、それこそ男子一生の夢に違いないのに、全然嬉しく無い。

 むしろ背筋に走る悪寒が、これからの未来を暗示しているようで、俺は不安を隠しきれない。


 翔平、佐伯!

 頼むから早く帰ってきてくれ!


「風待君、いえ、薫平君。時々でいいからこの家に遊びに来ても、いいよね?」


「う、うん」


 有無を言わさない迫力で、俺は間抜けな返事を返す。


「そうですね。それぐらいなら譲歩してあげます。かわいそうですから」


 アオイは大げさな仕草で首を振って、フンっと鼻を鳴らした。


「ええ、感謝するわ。その余裕が後々に後悔に変わらなきゃいいけど」


「そちらこそ、この家にくる度に敗北感を味わう事になるんですから」


 お互いの出す火花が俺の身を焦がす事も気にせず、二人は不敵に笑いあう。

 ここが、灼熱地獄か……。




 永遠とも思える時間が過ぎ、翔平達が帰って来る頃には俺は干からびるほどに憔悴していた。


「ニヒヒ、お疲れですな風待ぃ」


「てめぇ、楽しんでやがるな……」


 帰った来た佐伯は、俺の顔を見るなりいやらしい笑顔を浮かべる。


「ったりめぇよぉ! 生まれてこの方、こんなに楽しい修羅場は見た事が無いね!」


「……他人事だと思って」


「他人事だしね」


 三隈とアオイは競って翔平の手伝いにキッチンに立っている。

 慣れない翔平は邪魔そうにしているが、断る事もしていない。


 俺はといえば、ソファに項垂れながらジャジャとナナの面倒を見ている。

 買って来たばかりの羊を模したおそろいの服を着せられた二人は極上の癒しだ。


 佐伯は俺の側に座り、膝を抱えてそれを見ている。


「ここは男らしくさ、『いいから並べよ。順番に抱いてやる』ぐらい言ってみたら?」


「なんだよそのキャラ……そんなおっかない事言える訳ないだろうが」


「まあ、言った瞬間にアタシの黄金のヒザがアンタのアゴを粉々に砕くけどね。流動食の専門家にしてやる」


 煽ってんのお前なんだけど!?


「ところでさ」


「あ?」


 少しだけ不機嫌になった俺は適当に聞き返す。


「翔平、またカッコよくなったねぇ」


「ん、まあな」


「アタシにくれない?」


 頭が湧いてんのかな?


「何言い出すんだお前は」


「いやさ、イケメンで頭が良くて、家事も完璧だし空気も読む。気遣いもバッチリで、しまいには子育てスキルも成長中と来た。風待家は何?女子殺しでも計画育成してんの? あんたもモテてるしね」


 別にそんなつもりは。


「本人に直接言えよ。だが中学卒業までは手は出すなよ」


「わっかんないよー?アタシの大人の魅力に負けて、翔平から襲いかかってくるかも」


 そう言って佐伯はポーズを取った。

 グラビアとかでよく見る、身体のどこかに効きそうなストレッチっぽいポーズだ。

 だが残念。確かに佐伯は可愛い方だし、男子からの人気もあるが大人の魅力っていう点だけは否定させてもらおう。

 こいつは言わば幼児体系。チャーミングはあるがエロスは皆無だ。


「ハッ!お前の身体のどこに大人の魅力が」


「ストップだ風待。アンタは今、三途の川への格安旅行券を予約しようとしている」


 そう言って拳を構える佐伯。

 確か、こいつの親は何かの格闘技の師範だった覚えが。


「キャンセルキャンセル!」


「キャンセル料と事務手数料をキチンと払ってね」


 嬉しそうにニヤニヤと笑い、佐伯もキッチンへと走っていった。


「あぅー」


「だぁー!あー!」


 俺の両手をそれぞれ弄りながら、仲良く遊ぶ双子。


「女って、怖いんだなぁ。お前らも、ああなるのか?」


 そんな無駄な問いを投げかけても、ジャジャとナナが答えてくれるわけが無いよね。


 楽しそうに遊ぶ二人だけが、今の俺の唯一の拠り所となりつつある。

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