故に始まる乙女大戦④
「なななな、なんの事だ」
「兄ちゃん。目が泳いでるよ」
翔平が頬杖をついて俺を見ている。
思わずアオイに視線を送ると、涙目で黙々とトンカツ定食を食べていた。
まだ食ってんのか。
「その様子だと、当たってるみたいだね」
三隈の声は小さめで、どうやら周りに聞こえないようにしてくれているらしい。
「いちかちゃん。今から言う事は絶対に内緒ね?」
「それはフリ? あんまり難しい事言われてもアタシには分かんないよ」
「フリじゃなくて、私からのお願い」
「がってん」
漫才じみたやりとりで、三隈と佐伯は頷いた。
「あの、三隈?」
「昨日ね、こんな動画がネットに上がったの」
三隈は流れる動作で、自分のスマホを操作する。
少しして、俺に画面を向けた。
「昨日からネットで騒がれてて、今一部の人が検証してるらしいんだけど」
その画面を覗き見る。
有名な動画投稿サイトで、何回か見た事がある。
コメントが右から左に流れるタイプのヤツだ。
動画プレイヤーが作動し、動画が始まった。
『うわぁ!なんだアレー!なんだあーれー!』
野太いおっさんの声。ん? なんかどっかで聞いた様な。
『ジョン大夫! ほれジョン大夫! 吠えるなジョン大夫! ありゃあ何だー!』
上下左右にブレまくる画面。何が映ってるかさっぱりわからない。
これは、虎の顔……あ!
『ほれジョン大夫! お前の散歩配信どころじゃないぞー! この世の終わりじゃー! こらジョン大夫! どこに行くんだジョン大夫!』
この無駄にギンギラギンな虎の刺繍のジャージと、モコモコしてるのに更にモコモコしたセーターを着せられているコーギー……。
スーパーに居たオッさんか!?
『ジョン大夫! 雷様だ! 世紀末だ! ジョン大夫だ! はるまけどんだー! 逃げるぞジョン大夫!』
ジョン大夫推しが半端ないな!
お前の犬の名前なのは充分理解したよ!
足元を写した後アングルが上昇し、黒雲が蠢く空と、降り注ぐ雷が画面いっぱいに広がる。
『視聴者のみんな! ワシがジョン大夫の散歩に出たら、大変な事が起こっとるよ! こ、これはワシがどうにかせねばならんのか! ワシ、ついに救世主に!』
何を言ってるんだこのオッさん。
【神回キター】
【まさつぐ逃げろ!】
【わんわんお逃げて】
【ついにまさつぐが伝説になる日が……】
【まさつぐ救世主伝説】
【まさつぐ! 今こそ、たえこの意思を継ぐ時だ!】
【昨日練習しただろ! ジョン大夫とフュージュンするのは今しか無い!】
【いや、ヤバくねコレ】
【これ、隣の県の国道だ……行った事ある】
【さらばまさつぐ】
【たえこが向こうで待ってるよ……】
【殺すなし 不謹慎だぞお前ら】
【何が起こってるんです?】
流れるコメントのテンションは荒ぶっている。
このオッさんがまさつぐか。
『うおー! なんかデカイのが来とるー! 無理っ! たえこっ! ワシまだそっちには行けんみたいじゃー!』
オッさんは一瞬、空を覆う巨大なシルエットを写したあと、転回したのちに犬と一緒に走り出した。
荒い息で車に乗り込み、動画はそこで終わった。
「とあるサイトに貼られたリンクで知ったんだけど、この最後らへんの大きい影、見えた?」
「まさつぐがインパクトデカくて」
事実である。
この動画、どっからどう見てもネタ動画だろ。
「茶化さないでよ。私、真剣なんだけど」
「ごめん」
しかし、これはヤバイ。
あの騒動、動画撮ってたヤツが居たのか。
最後に映ってたのは間違いなくアオイだ。
「ここ、風待君の引っ越した町だよね?」
「さ、さぁてどうだか? これだけじゃ何とも」
「風待、目がクロールしてるよ」
佐伯が楽しそうな顔で俺を指差す。
「兄ちゃん、本当に誤魔化すの下手だよね」
オレンジジュースをストローで飲みながら、翔平は半目で俺を見ていた。
腹芸のできない兄で、本当に申し訳ない。
「私の見ているサイト、世界の神話や伝説を検証する掲示板なの。私、ファンタジー小説や映画が好きで良く見てるから」
「小学生の頃あんだけ目を輝かせて力説してたから、知ってるけど」
そう言うと、三隈は顔を真っ赤にしてはにかんだ。
「覚えてて、くれたんだ………」
「嬉しそうに語ってたからな」
「夕乃、喜ぶのも良いけど、話が進まないよ?」
佐伯の声に、我に帰る三隈。
「そ、それでね。サイトの検証では、龍じゃないかって」
「龍……」
あんな短いカットで、そこまで分析できるのか。
これは、もしかしなくても不味いんじゃ。
「龍の実際の写真は殆ど無いし、はっきり写ってる物なんて一枚もないけど、伝承や過去の書籍とかには描写されてるの。本当かどうかわからない物もあるし、どう捉えても嘘みたいなのもあるけど」
ヤバイ、この後アオイははっきりと龍の姿になっていた。
強烈な発光をしてたし、そもそも龍でいた時間は短いが、あの瞬間を捉えていた動画があったら一発アウトだ。
「それが、どうしてこいつらに繋がるんだ?」
勤めて平静に、ボロを出してはいけない。
俺の間抜けな回答で、全てが筒抜けになる可能性があるのだ。
三隈は姿勢を正して、ジャジャを見る。
「この子、えっと、ジャジャちゃん?」
「ああ」
ベビーカーで寝ているジャジャは、右手の親指を吸っている。
あれ、昨日はあんな寝方してなかったのに。
「このショッピングモールもそうだけど、公共の場所なんか、特に建築物の内部って、飛行に対する阻害魔法がかけられてるんだ」
そういや、さっきの警備員もそんな事言ってたような……。
いや、重要建築物に攻撃阻害魔法が施されているのは知ってたけど。
「こんなに人が大勢居る場所で、飛べる種族が沢山飛んでたら危ないからねー」
「兄ちゃん、あんまり人の居る所行かないから知らないんだよ。社会勉強不足。反省してね」
頷く佐伯に、俺を静かに叱る翔平。
ちょっと待って、今は俺を凹ませる時間じゃない。
アオイを見る。
「……はい。少しだけ飛び辛いです。ほんの少し」
ジャジャより飛行能力の制御ができるアオイですら、少しだけ飛び辛い……。
「それ、それなんだよアオイノウンさん。本来なら『飛び辛い』じゃ済まないの。何せ高額の魔法具で制御されてて、その余力で攻性魔法すら使えないぐらい強いんだから」
「で、でも、ジャジャは飛べました……私も、その気になれば飛べますし」
なんで少し自慢気なんだろう……。
「この阻害魔法の影響を受けないのは、より強力な力が働いた飛行能力か、同じ様に強力な魔法。この二つは現実的じゃないね。飛行能力の強弱なんて種族が様々でも変わらないし、この規模の魔法を超える魔法なんて、それこそ軍事的広範囲殲滅魔法。国でかなりの規制と管理がされてて、個人レベルで使える魔族は限られてるし、そもそもそんな魔法具が一般に流通する筈が無い」
難しくなって来た……だけど、足りない思考をフルに回転して考える。
その言葉だけでも、かなり危ない事は理解できる。
「そして、最後。魔法の源である魔力を用いず、一般的な飛行能力とは作用の違う飛び方……」
ゴクリと唾を飲む。
三隈の真剣な表情と、その静かな圧力で、何故だか俺が追い詰められてる錯覚をしてしまった。
「龍種特有と言われている、精霊と龍気を用いた飛行方法。つまり、この建物で飛べるのは龍しかいないの……」
何故だか申し訳なさそうに、三隈は俺を見つめて言った。





