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故に始まる乙女大戦③

 

「……美味しいです」


「……そりゃ良かったよ」


 最早半泣きだったアオイは、ゆっくりとトンカツ定食をついばんでいる。

 俺はその隣に座り、オムライスを黙々と食べ続ける三隈と、カレーライスを満足げに頬張る佐伯と対面している。


「兄ちゃん、ラーメン伸びるよ」


「……食うか?」


「いらない」


 俺の隣でベビーカーを揺らす翔平は、すでにチーズバーガーセットを平らげていた。


 場所を変えて、ここは中央棟のフードコート。

 落ち着いて座れる場所を求めていたら、もうここで良いやと投げ槍になった結果だ。


 ベビーカーを覗くと、ジャジャとナナがスヤスヤと眠っている。

 翔平はさっきの事を気にしてるのか、双子から離れようとしなくなった。

 一人づつ授乳を済ませて寝かしつけると俺からベビーカーのハンドルを奪い取り、それからは真剣な顔で双子を見続けている。


 時刻はすでに夕方。

 初めての場所に来て疲れたのだろう。

 幸せそうに寝息を立てるジャジャとナナ。

 二人にとっては全てが初めてなのだけれど。


「……風待君」


「は、はい」


 謎の圧迫感を発する三隈に、体が勝手に姿勢を正した。


「説明、してくれる?」


 なんで泣きそうになってるのさ!


「いや、えっと、なんて言うか、説明し辛い事がいっぱいありまして……」


 アオイ達が龍であったり、双子が俺の血で孵化したり、正体を隠すために語れない事が沢山ある。


「つい先月、泣く泣く送り出した幼馴染が……中学生みたいな子と子供を作って暮らしている。私には意味がわからない」


 三隈はスプーンをトレーに置いて、その分厚い眼鏡を外す。

 片手で目元を覆い、拭う。


「いや、俺だってどうしてこうなったのかは全部把握してないけどさ」


 慌てて弁明しても、その先が続かない。

 一体どう取り繕ったらこの事態は改善してくれるのだろうか。


「あんた、喧嘩はするけど曲がった事はしないヤツだと思ってたのに、こんな世間に顔向けできないような真似して」


 そんな説教じみた事を言う佐伯の顔は、とても楽しそうだ。

 見ていて少しムカついた。


「間違った事をしているつもりは無いんだよ」


「じゃあ、私に説明できない理由があるの?」


 その真っ直ぐな瞳に光を灯し、三隈は俺の目をジッと見つめる。


 中学に入ってからは全然話さなかったが、小学生の時は良く喋る関係だった。

 本好きで、あまり外で遊ばず、頭が良くて、そして正義感が人一倍強いヤツだ。

 同じ図書委員だったし、意外にも俺は本好きだ。

 俺に楽しそうに本を語るコイツを見て、好感が持てた。


 たしか、小六の終わりぐらいに少し手助けをした記憶がある。


 誰しもが見て見ぬ振りをしていた三隈のクラスのイジメに、内気なコイツが真っ向から対抗し、助けた筈の三隈がイジメられていたんだ。


 悪ガキの見本みたいな猪族いのぞくのイジメっ子で、クラス全体が加担していた訳じゃないが、誰もがそいつを恐れてイジメを糾弾できなかった。


 それを三隈は見過ごせなかった。


 何故そんな事をするのか、どうして出来るのか、イジメられていた子が、一体何をしたのか。

 三隈にとっては理解できない事を問い詰めただけだ。

 それが悪ガキの癪に障った。

 クラス総出の無視から始まり、教科書を隠されたり、体操服を濡らされたり。

 あの時は佐伯とも違うクラスで、人見知りの三隈には味方が居なかった。

 俺はと言えば、目つきの悪さが目立ちつつあり、避けられ始めた時期だ。

 イラついていて余裕もなく、違うクラスのイジメなど知る由も無かった。


 夏休みの終わり頃、翔平と買い物に出ていた帰りの事だ。


 当時住んでたマンションから少し遠い公園で、三隈が泣いていた。

 トンネル遊具で声を押し殺し、溢れる涙を必死に拭いながら、耐えるように。

 たまたま見つけた俺が声をかけると、弱々しい声で泣いていた理由を語り出した。


 イジメを糾弾した事、イジメを受けている事、誰も助けてくれない事、担任に伝えても軽くあしらわれる事。


 だから、新学期が始まる事が怖くて、泣いていた事。


 仕事で忙しい両親に心配をかけたくなくて打ち明けられず、一人で抱え込みすぎて爆発したのだろう。


 今思えば、色々考えすぎなヤツだった。

 でも、そう言う優しさを持つヤツが、イジメられてしまう。

 その話は、ガキだった俺の怒りをあっという間に爆発させた。


 新学期初日、校門で待ち伏せた。

 目当ての悪ガキを見逃さない為だ。

 六年間も通っていたら同級生はほとんど顔馴染みだ。

 すぐに見つけた。


 有無を言わさず首根っこを掴み、校舎裏で問いただす。

 悪びれた表情も見せず、楽しそうに自分の悪事を自慢し始めた時から俺の記憶が軽く飛んでいる。


 気がついた時には傷だらけで体育館の壇上に立ち、ボロボロの服のまんまでマイクを掴み、ひざまづかせた悪ガキに全校生徒の前で土下座をさせていた。

 泣きわめく悪ガキを恫喝し、二度と三隈に手を出さないと誓わせ、最後に腹に勢いよく蹴りを入れたのはやり過ぎだったと反省している。

 吐瀉物を撒き散らしながら、更に景気よく泣き叫ぶ悪ガキ。


 そのあとは、校長室直行である。

 沢山の大人に取り押さえられ、羽交い締めにされ、親父を呼び出され、担任に一発殴られた。


 呼び出された親父は、まず俺の話が聞きたいと担任達を黙らせると、校長室のカーペットに座り込む俺に近づいた。


『お前がした事は、悪い事か?』


『……悪い事だ』


『じゃあ、とりあえず殴るぞ』


 そう言って親父の拳骨が頬を直撃し、俺は吹き飛ぶ。


 痛みに悶絶している俺に親父は近づき、もう一度聞いた。


『じゃあ、なんで悪い事をした』


『あいつが、人を虐めても何とも思わないヤツだからだ!』


 悔しくて泣いてる俺の両頬を、覆うように優しく包み、更に親父は聞いた。


『お前は、誰かの為に悪い事をしたのか』


『お、俺は、俺が嫌だと思ったからっ!ひっく、アイツを殴ったんだっ!!』


『よし、潔いな。あと一発で全部許してやる』


 そう言って、今度は張り手が飛んで来た。

 だが思ってたより威力が無く、俺は困惑する。


『俺からは終わりだ。あとは父ちゃんに任せろ』


 そう言った親父は俺の頭を撫で、悪ガキの担任と俺の担任に頭を下げた。


『罰は与えました。コイツがした事は決して許される事じゃない。しかし、コイツにも正義と信念がある。親として、コイツのその意思を私は信じています。どんな処罰も甘んじて受けましょう。治療代ももちろん払いますし、望まれる以上に謝罪をさせて下さい。ですが、本人を罰するのはこれきりにして貰いたい』


 担任達が、真っ直ぐ見つめる親父の目に怯み始めた時だ。


 顔を真っ青にした三隈が校長室に飛び込んで来た。


『がざまぢぐんを、おごらないでぐださい!!』


 涙と鼻水を流したまま、うまく言葉に出来ない理由を一生懸命に話しながら、三隈は担任達を説得した。


 幸いだったのが、俺たちの学校の校長がかなり出来た人間だった事だ。


 後日にPTAを招集し、三隈達のクラス一人一人に個別で話を聞き、真実を突き止めた。


 悪ガキの親に必要以上の反論を許さない証言をかき集め、三隈の助けをあしらった担任を厳罰処分し、事態の収拾に勤めてくれた。


『担任の先生が収めていれば、風待君が暴走することも無かった。大変済まない』


 直接家に尋ねて来て、そう謝られた。


 普段威張りに威張っていた悪ガキは、全校生徒の前で醜態を晒した事が響いたのか、二学期の後半には姿が見えなくなり、中学も別のところに行ったらしい。


 三隈からは、強く抱きしめられて謝罪と感謝をされた。

 クラスのみんなも、三隈に全員謝ってきたらしい。


 しかしそれからだ。

 キレるとアブナイ奴と言う認識が広まり、俺のボッチが加速したのは。

 



「風待君?」


 はっ!

 あまりの事に過去の思い出に逃避していた!


 ちくしょう。

 三隈の目を見てたせいだ。


 俺の黒歴史を……。


「理由って言うか、なんだその……」


 歯切れの悪い回答しか言えない。


 基本的に馬鹿な俺は、嘘すらうまく思いつかないのだ。


「話せないのは……」


 三隈がアオイと、ベビーカーの上のジャジャとナナを見比べた。


「この子達が、龍種だから?」


「は?」


 俺は、言葉に詰まった。





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