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お買い物狂想曲⑥

 

「嘘ぉ!?」


 翔平の指差した方向に、ジャジャが飛んで居た。

 いや、正確にはフワフワと浮いている。


「ど、どうしよう!兄ちゃんどうしたらいい!?」


「なんであんな所に」


 よく見れば、ゆっくりと俺たちとは反対側に動いている。


「と、とりあえず! 俺がジャジャを追うから、お前はアオイが戻るまでここで待ってろ!!」


「分かった!」


 缶ジュースをベビーカーの下に置いてある荷物に放り投げて、俺は走り出す。


「すいません! 通して! ごめんなさっ、ああもう!退けよ!」


 野次馬や買い物客が大挙していて、思うように進めない。

 業を煮やした俺はついに怒鳴ってしまい、その剣幕におののいた客達が僅かに道を空けた。

 その隙間に、無理やり体をねじ込む。

 人の群れから脱出し、通行客を搔き分けるようにしてジャジャの後を追う。


「ジャジャ!良い子だから降りてこーい!」


 ようやく飛んでいるジャジャの真下まで来ると、声に気づいたのかジャジャは仰向けの姿勢からグルンと一回転し、俺を探し始めた。


「あー。うあー!」


 俺の顔を見つけたジャジャが、嬉しそうに笑う。


「笑ってる場合か! ほら、おいで!」


 少しづつ進むジャジャを歩きながら追いかけ、両手を広げて声をかける。


「うー。うにゅぅー」


 ジタバタと手足を動かして、踏ん張るジャジャ。

 なんか、様子がおかしい。


「も、もしかして。飛ぼうと思って飛んでるわけじゃないのか?」


 どうやらジャジャは俺の所に来たいらしい。

 顔を真っ赤にしてもがいている。

 それでも進行方向は変わらず、ゆっくりと後退していた。


「あ、空調!」


 ショッピングモールの大型空調から出る風は、どこか風の出口に向かって流れている。


 何らかの理由で飛んでしまったジャジャは、風に流されるがままに浮いているんだ!


「まっ、待ってろジャジャ!絶対降ろしてやるからな!」


 辺りを見渡して、脚立や足場がないかを確認する。

 固定されたベンチは無理だ。店先の商品が乗っている什器じゅうきなんかもきっと動かないようにしてある。

 なんかないか、何でも良いから!


「あっ!」


 通路の先に視線を向けた時、恐ろしい事に気付いてしまった。


「や、やばい! 早くしないとっ!」


 この通路の先には、一階から五階までを貫通する吹き抜けのホールがある。

 そこまで飛ばれたら、俺が下についていられない!


「お、お客様! どうされましたか!」


 犬族の警備員が、騒ぎを聞きつけて駆けつけて来た。


「あ、あの! 子供が飛んでしまって降りられないんです!」


「えぇっ! 当館は事故防止の為、館内全体に飛行阻害の魔法を施してるんですよ!?」


 知らないよ! 実際にウチの娘は飛んでるんだから!


「ほら!あれ!」


 指差して示すと、呆気に取られた顔で固まった。


「ほ、本当だ!これは大変だぁ!センター! 二階、犬山から警備センターへ!至急マットと移動階段を持って来てくれ!」


 肩に付けられている無線機を掴み、連絡を取る警備員。


『こちらセンター! カメラで確認した! 応援と一緒に到着予定どうぞ!』


「出来るだけ急いでくれ! 赤ん坊だ!」


 行動が早くて助かる!

 その間もジャジャはどんどん流されていく。


「ふぇっ、びえええええええ!!」


 思うように動けないジャジャが、ついに泣き出した。


「ジャジャ、大丈夫だ! ほら、俺はちゃんと下にいるぞ!」


 出来るだけ笑顔で、ジャジャに話しかける。


「ああっ!吹き抜けに!こちら犬山!警備センター聞こえるか!マットは一階の多目的ホールに!二階だと間に合わない!」


 警備員さんが再び無線に話しかける。


「やあぁ!うばぁぁぁぁ!」


「ジャジャ、落ち着け!落ち着いて、何かに掴まるんだ!」


 そんな事を赤ん坊に言ったって理解してくれる筈が無い。

 流れていくのを止めなければ、長い棒みたいなの!どっかにないか!


「それっ!ジャジャ!その垂れ幕を掴むんだっ!」


 吹き抜けの上階から伸びているセール告知の垂れ幕。

 ジャジャが手を伸ばせば、なんとか届く位置にある。


「うばあああっ!やぁあああああっ!」


 ジャジャは涙と鼻水でグシャグシャだ。

 垂れ幕なんて気づきもせずに、俺に助けを求めている。

 小さな手を一生懸命伸ばして、必死に。


「大丈夫だ!『パパ』が絶対助けてやるからなっ!!」


「お客様っ!危険です!」


「ちょっ、離して! 離せっ! 邪魔すんな!」


 吹き抜けに転落するのを防止するための、ガラスと金属で出来た手すりに足を掛け、半身を乗り出す。

 警備員が足に纏わりつくが、今はそれが邪魔でしか無い。


 既にジャジャは吹き抜けに辿り着き、どんどんと俺から離れていく。


「お客様が落ちてしまいます!」


「あぁ!? ウチの娘が怖がってんだよ!!」


「分かりますっ!分かりますけど!」


 今心配すべきは俺じゃ無いだろ!


「な、なんで昇って行くんだ!? ジャジャ!!」


 ジャジャの意思とは無関係に、吹き抜けに到着した途端上昇を始めた。

 ああ、そうかい! 風の流れは上に向かってんのかよ!


「さ、三階の警備担当! 榎本さん!赤ん坊が昇って、ああっ!」


「ジャジャ!!」


 警備員が無線を入れようとした瞬間、ジャジャの体がガクンと落ちた。


「ふえっ!」


 一瞬、空中で停止した。

 ジャジャが驚いて目を丸くする。

 かなり驚いたようで、体を硬直させて泣き止んだ。


「まて、待て待て待てっ……」


 祈るように呟く。心臓がバクバクと拍動する。

 冷や汗が止まらない。生きた心地がしないってのはこういう事か。


「ようし、止まれ…頼むからゆっくり、ゆっくり落ちて来いっ……」


 考えろ。 馬鹿だろうが、考え抜くんだ。

 今落ちたのは何故だ。

 冷静クレバーに行こう……慌てたって良い事ないぞ俺!


「ジャジャは自分で飛ぼうと思って飛んで無い……って事は、制御できてないって事で……」


 アオイは昼に荷物を取りに行く時、どうやって飛んでいた?

 離陸する時だ。確か翼は広げてたけど、羽ばたいていなかった。


「風を掴んで離陸してるわけじゃ無いんだ……って事は……なんらかの不思議な力が働いているわけで、ジャジャはまだその力の強弱を制御する方法を知らない……つまり、その力を……使い果たそうとしているっ!?」


 ヤバい! 最悪の場所だ!


「警備員さん! マット! マットレスはまだですか!」


 吹き抜けの中央まで行かれたら、受け止められないっ!


「今一階に運んでる最中ですっ!だから降りてっ!」


 話を聞きながらも、目はジャジャから離さない。

 もうハッキリと、ジャジャの体は上下し始めている。


 良いか、薫平……冷静クレバーだ…。

 行動を間違えるな。

 目を離さずに、ジャジャの安全だけを考えろっ……!

 まずは警備員の手を払いのけ、完全に手すりに乗り、身を低くしてかがむ。

 右手で垂れ幕を掴み、左手は足元の手すりに。


風待薫平かざまちくんぺいは風を待つ……風のかおりを嗅ぎ取って……何時いつだって……何処どこだって……飛びたい時にっ!」


 ジャジャの体を纏う浮遊感が、完全に力を失った。


「ビュンと飛ぶ!!」


 俺は、手すりから勢い良く跳んだ。


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