お買い物狂想曲⑤
敏腕店員の魔手からなんとか逃げ切り、あれから二時間ほどかけて俺たちはベビー用品店を後にした。
「腹減ったな」
すっかり目覚めたチビ達は、買ったばかりのベビーカーの上だ。
ハンドルを握る俺と対面する形で寝かされている。
なんとか程良い値段と機能のベビーカーを買えた。
しかし、あの店員は危なかった。気がついた時には、アオイはイタリア製の高級ハイテクベビーカーを取り寄せる直前で、慌てて止めたのだ。タッチパネルのナビ付きベビーカーってなんだ。
俺はなんとなくベビーカーを揺らす。
天井がスライドするのが楽しいらしく、ジャジャはケラケラと笑っていた。
ナナはちょっと不安なのか、かけられたベビータオルを固く握っている。
「何か食べようか。僕が思ってたよりお金使ってないし、せっかく来たんだもの」
「いいな。どこ入る?」
「飲食店はここの一階に四店あるのと、中央棟に多いね」
ポケットからスマホを取り出した翔平は、ショッピングモールの店内マップを眺める。
「あ、私その前にお手洗いに。ナナもさっき出したみたいなので、おむつも変えて来ます」
「お?」
ナナを抱き上げ、おむつを触って確かめる。
なるほど、たしかに湿ってる。
この表情はお尻が気持ち悪くて嫌がってる表情か。
「ジャジャはお楽しみみたいだし、まだ大丈夫ですね。あそこのトイレ、ベビールームもあるみたいでおむつ変えて良いらしいです。さっきもママさんと赤ちゃんが入って行きました」
俺からナナを受け取り、その柔らかい頬っぺたと自分の頬を擦り合わせるアオイ。
心なしか、ナナも安心したように表情を緩めた。
「分かった。ここで待ってるから。急がなくて良いぞ」
「はい」
そう言って、トイレに向かうアオイとナナ。
「へー。ベビールームなんてあるんだ」
ベンチに腰掛け、さらにスマホを弄る翔平。
さっきに比べたら、だいぶ機嫌も戻ったみたいだな。
「おしめも買ったし、哺乳瓶も粉ミルクもちゃんと店員に聞いて買っただろ。んでベビーカーに洋服にタオルに涎掛け……おしゃぶりにガーゼに哺乳瓶の煮沸消毒機……」
メモを確認しながら、買い漏れが無いかを確認する。
「ベビーベッドは……さすがに親父に聞くか。物の値段が凄かったからなぁ。なぁ、おもちゃとか、買った方が良いのか?」
「…………知らない」
あれ?
翔平の顔から一気に色が……消えた……だと?
無表情でスマホを弄り続けている。
「なぁ、何怒ってんだお前」
「怒ってないよ」
「不機嫌だろうが」
「別に」
「別にって、機嫌悪いんだろ?」
「悪くないってば」
んー。俺も段々ムカついて来たぞ。
「おい、良い加減にしろよ」
「怒って無いって!!言ってるじゃん!!」
声を荒げた。
顔を真っ赤にして、俺をキッと睨む。
怒ってるじゃん。
ただまあ翔平がこんな態度を取る事は、珍しいが無い訳じゃない。
大抵、時間が経てばケロリだ。
「分かったよ。すまんかった。飲み物買って来てやる。何が良い?」
「……オレンジ系。炭酸は」
「入ってない奴な。了解。ジャジャを見ててくれ」
「わかった」
一回爆発させちゃえば、賢いあいつの事だ。
セルフコントロールもちゃんとできる。
戻る頃には頭も冷えてるだろう。
俺はベビーカーを翔平の前まで移動させて、来る時に見かけた自販機コーナーを目指す。
相変わらず多い人混み、一人で歩くのが少し気まずい。
カップルや親子連れ、友達同士で買い物に来てるのが殆どで、しかも大半が女性だ。
少ない男性客、しかも半分ぐらいが目から光を失っている。
今なら彼らの気持ちがわかる。
女の買い物に付き合うって、しんどい。
人にもよるだろうが、男と違って妥協が無い。
即判断で衝動買いっ! って事が少ない。
それはアオイも例に漏れず、双子の夜着を4着決めるのにえらい時間がかかった。
買い物の着眼点が、まず男と違うんだな。
俺なんかは、自分が気に入りさえすればサイズしか気にしない外行きの服なんかも、女性ならサイズは当然ながら、どう見られるかって所に重点を置いている……気がする。
女と買い物に来るなんて、母さんを除けば今日が初めてだ。
知ったつもりで分析なんて、モテる奴から指刺されて笑われてしまうだろう。
『一丁前にモテ男気取りか(笑)。お前にはセンスと気遣い、そしてモテ力が足りない!』みたいな?
目的の自販機コーナーに到着した。
俺はコーヒー。アオイはお茶で良いな。
翔平にはオレンジジュース。炭酸が苦手だから気をつけて選ぶ。
「おにいちゃん!早く」
「走るなってお母さん言ってたろ!」
犬族の子供たちが、自販機コーナーに入って来た。
ピコピコと顔の横の耳を動かして、尻尾を千切れんばかりに振っている女の子と、そのお兄ちゃんらしい男の子。
「あたしね!あたしね!コーラ!」
「コーラって、お前いつも途中で飲めなくなるじゃん。まあ、良いよ。僕がりんごジュース買うから、飲めなくなったら交換な」
「えへへ」
まだ幼い妹と、少しだけ年上のお兄ちゃん。
やだ、これ和む。
男の子は仕方が無いという表情で、少しだけ背伸びをしてボタンを押した。
取り出し口に出て来たコーラを、しゃがんで待ってた妹が嬉しそうに取り出す。
お兄ちゃんが続けてりんごジュースのボタンを押した。
妹がそれを待ち受けるが、小さな片手じゃ取り出し辛い。
「ほら」
お兄ちゃんが手助けをして、妹は嬉しそうに二つのジュース缶を抱えることに成功した。
「お座りして飲むから、まだ開けちゃダメだからね?」
「うん!」
終始上機嫌の妹と、ジュースを落としそうでハラハラしながら見ているお兄ちゃんは人混みに消えて行った。
「……偉い子供たちだなぁ」
なんともしっかり者のお兄ちゃんだ。
おかしいなぁ。俺も兄貴なのに、しっかりしてない気がする。
俺と翔平にも、あんな時期があったな。
母さんが死んでしばらくは、仕事に出てる親父に甘えられなくて、翔平はいつも俺にベッタリだった。
まだ幼稚園児だったから、しょうがない。
俺も余裕があった訳じゃ無いから、充分に甘えさせてやれなかった。
あいつがいつも持ち歩いていた黄色いタオル。どうしたんだっけ。
ジュースを三つ持ちながら、俺は歩く。
ん?何だか騒がしいな。
前を見ると、人混みが一点に集中していた。
「あれ、何かあったのか……って翔平とジャジャのいた場所じゃないか!?」
思わず走り出した。
「す、すみません!ごめんなさい、通してください!」
混雑する中を、謝りながら搔きわける。
「翔平!」
「に、兄ちゃん!」
翔平が焦りの表情で俺を見る。
目尻に涙を溜めていて、混乱しているのはすぐに理解できた。
「落ち着け、何があった。この人だかりは何だ」
「ジャジャ、ジャジャが!」
言われて俺は、隣のベビーカーを見る。
ジャジャが居ない。
「な、ジャジャは何処だ!?」
もしかして、また誘拐か!?
「違う、違うんだ!ごめんなさい!ぼ、僕がちゃんと見てたら!」
「だから、何があった!落ち着けって!」
「ジャジャっ!飛んで行っちゃったんだぁ!!」
翔平は、天井を指差した。





