衝突世界のお役所事情②
「……それで、そのど偉い価値のある宝物を生み出す龍の存在を認められない、と」
なぜだろう。無性に遣る瀬無い。
行き場の無い思いが俺の中でグルグルと渦を巻き、吐き気を催すほどの実感を伴って思考を巡る。
ドギー巡査は憐れみとも悲しみとも取れるアヤフヤな視線で俺を見ている。
「現場レベル、私や署長に関しては、そうは思ってないわ。これは本当の話よ。信じて貰えないとは思うけど」
「国や市は、そう思ってない……と」
この小さな田舎町に、龍の存在を付け狙う者たちが大挙して押し寄せる。なるほど、それは俺たち民間人には対処できない事だ。だけど。
「正直に言うわ。昨日の事件、署長の一存で私と井上巡査、応援で来た4名の警察官しか詳細を知らないの。まだ県警や市長、知事にはドラゴラインさんの事はバレてない」
それは、何故だ?
「ドラゴラインさんの事を、利用されるからよ」
「利用?」
あいつを?
「そう。例えばこの町。牙岩や温泉街が近くにあるとはいえ、充分な観光資源がある訳じゃ無い。そこに来て、龍の存在が明るみに出れば、例えそれが欲にまみれた人間たちであっても、お金を落とす貴重な観光客になる。例えば国。一つで数億円もの価値を持つ資源を生み出す生物、しかも長命種族。捉え方としては、尽きる事の無い財政源。そう考えられても可笑しくはない」
「それじゃあ!!」
俺は、思わず声を荒げた。
何だろう。とてもじゃないが、耐えられない。
たった一日。それだけの付き合いだ。とても短い。
それでも、ジャジャを眺めるアオイの目は優しかった。
ナナに触れるあいつの指は、優しかったんだ。
「あいつらは、何処にも行けないじゃないですか………っ!」
「……風待君」
気づけば、泣いている。
久しぶりすぎて、涙が流れる感触を忘れていた。
母さんの葬式以来、泣かないって決めたはずなのに。
「夜泣き、するんです。ジャジャとナナ。アオイに名前を付けてもらって!ジャジャは良く泣くんですよ!妹より、大きな声で泣くんです!ナナは大人しい子で、それでも驚いたり、腹が減ったら、ちゃんとアオイを呼ぶんです!たまにしか笑わないのに、笑うと凄い可愛いくて!その隣で、ジャジャも同じぐらい可愛く笑ってるんです!アオイは、あいつはそれを見て、幸せそうでっ、あいつらはっ!あいっ……らはっ……」
普通に生きる事が許されないなんて、あんまりだ……っ。
止められないのは、きっと見てしまったから。
濃い一日の、たった一日の中で。
あの親子が精一杯生きているのを、隣で見てるから。
「そう、だから龍は隠れて生きていかなきゃならなかったんだよ」
頭の上で、声がした。
「四十二年前、二つの世界が衝突した時。沢山死んだね。数え切れない命が、瞬く間に消えていった。人間も獣人も、魔族も、獣や草花。精霊や妖精も」
「あ、アルバ様」
ドギー巡査が俺の頭の上を見上げている。
「二つの世界、異なる多種族、異なる文化。常識も生命の価値すらも共有しない君たちが、四十年という短い年月でここまで交れたのは、奇跡という他に無い。たけど、そんな奇跡すら龍達を跳ね除けた」
いつの間にか、アルバ・ジェルマンがそこにいた。
「強すぎる力が、恐怖となった。強すぎる生命が、嫉妬心を集めた。強すぎる価値が、争いの引き金になった。憎むだろ?恐れるだろ?自分達を苛む欲の病が、憎くて怖くてたまらなくなると、君たちなら思うだろう?」
アルバ・ジェルマンは語り続ける。
「だけど、彼女達はそう思わなかった。憎くもないし、怖くもない。龍はね、優しいんだ。母性の強さもその証拠だけど、それ以上に自分達以外に優しい。彼女達は『自分達が近くにいるから』、人々は狂うと思ったんだ。それ以外の答えを、考えもしなかった。だから僕は医者になった。彼女達を脅かす、多種族の強欲という病に立ち向かうと、僕は始祖の龍に約束をした」
「だけど、それじゃああいつらは」
俺の頭の上だ。姿は見えない。
でも、アルバ・ジェルマンは多分笑っている。
癪に障る大げさなリアクションを取りながら、愉快そうに語りかける。
「なあ、双子の父親君。君は不器用だね。見ていて痛々しいぐらい、優しい不器用だ」
コツコツと、杖で頭を突かれた。
痛くはないが、なぜか妙に頭に響く。
「そんな優しい不器用が、史上初の龍の父親で、僕は嬉しいんだよ」
最後に突かれた場所が、なんだかとてもくすぐったかった。





