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高速魔導鉄道の車窓から②


「ただいまーっと」


「だうあ!」


 豪華でモダンな意匠の癖に、カードキー式オートロックの自動ドアとかいう、アンバランスともチグハグとも感じる客室の扉が音も無く開いた。


「────わっ、わきゃあ!!」


 と同時に、素っ頓狂な金切声が響く。


「ん。薫平、ドアを開く前にノックしてって言った。アリスがこうなるから」


 窓際でナナを抱きながら外を眺めていたらしいルージュが、視線で俺を咎めながら言う。

 車窓から飛び込んでくる外の眩さが後光みたいになって、その姿が少し滲んで見えた。


「おっと、悪い悪い」


 特に悪びれる訳でも無くジャジャを抱きながら室内に入り、声と同時に物凄い勢いで飛び上がって吹き飛んでいった影──アリスの様子を伺ってみる。


 客室の隅奥には恐ろしいくらいフッカフカなデカいソファがドンと鎮座していて、アリスはその背もたれの後ろでぶるぶると震えながら丸まっていた。


「なぁ。ノックも無く入って来たのは確かに俺が悪いけどさ、そろそろ慣れてくれないと俺も困っちゃうんだけど?」


 この数日でもう見慣れてしまったその姿に辟易としながら、俺はジャジャを横に抱え直してソファに座る。


「ぼぼぼ、ボクだって慣れようとしてるよ! でも怖いんだから仕方ないでしょう!?」


「話しかけてビビられるんならまだこっちも悪いなぁって思えるんだけどさ、近くで声を出すだけでそんな大袈裟に逃げられると流石になんもできねぇんだけど?」


「だぁう?」


「ジャジャもそう思うだろ?」


 俺の両膝にしっかりと短い足を乗っけて、よじよじとパパ登頂を目論んでいるジャジャに問う。


「だぁい!」


 ウチのお姫様は『そんなん知ったこっちゃねぇ!』とばかりに背中の羽をパタパタさせて、俺の右肩と左脇の下を力の限りぎゅうっと握り、薫平山の頂きへとトライスタート。

 うん、お前もそろそろパパの体を丁重に扱ってくれてもいいんだぜ?

 その小さなおててでも、柔らかい部分の肉を摘まれるとめちゃくちゃ痛いんだコレが。


「男嫌いなのか、それとも異種族嫌いなのか、箱入りってのも難儀だよなぁ」


 娘からの痛みに平然を装いながら、俺はわざとらしくため息を吐いてちらりと横目でアリスを見る。本当は叫びたいくらい痛い。


「しょしょ、仕様がないだろう!? ボクは生まれてこの方、あの島から出た事が無いし、龍以外の種族にも、ましてやいいいいっ、異性っていう物にも会った事が無いんだ! そ、そりゃあ! 小説や漫画で見聞きしていて、知識としてはばっちりさ! でも実際のおおおおっ、男の人ってまさか女性(ボクら)とこんなにも違うだなんてっ、漫画じゃもっとスラっとしててサラサラでキラキラしてたっ!」


「お前が読んできた本のジャンルがなんとなく分かった気がするよ……」


 ラブでビターでスイートな感じのヤツだな。所謂、少女漫画ってヤツだ。


「夕乃と翔平は? 迎えに行ったんじゃないの?」


 ナナを抱えたルージュが、俺の隣にそっと座った。

 良く見るとナナが左手の親指を咥えてウトウトしている。

 空いている右手はルージュのシャツの胸元を握って引っ張っているから、その襟が限界まで伸びて少しルージュが危うい。谷間ひょっこり的な意味で。

 この赤毛のドラゴンさん、出るとこ出てて大変グラマラスな癖に身体のラインが浮き出る様なピチピチの服を好むんだよなぁ。

 ウチの近所の青少年、いや小学生共に変な扉開けさせてなきゃいいんだが。


「もう少し見て回ってくるってさ。ジャジャが欠伸し始めたから俺だけ先に戻って来たんだ」


「うう?」


 自分の名前が呼ばれたのに反応して、ジャジャが首を傾げて俺の顔を覗き見る。


 このおてんば娘ったら、寝むくなってからが一番活発化するんだよな。

 そして突然ストンっと眠りに着くんだ。まるで電池切れみたいな感じで。

 もう少ししたら俺の体を完全踏破し終えて、こっくりこっくりと船を漕ぎ出すだろう。


「アオイは?」


「ベッドルームにミルクを作りに行った。たぶんもうそろそろ帰ってくる」


「あちゃあ、タイミング悪かったな。ジャジャの分も欲しかったんだが」


 もう一度作りに行くとなると二度手間か。いや、もうこの際ここから少し離れた場所にある寝室に向かった方が早いかな?

 ダイラン王家の専用であるこの車両は、一国の王家が使用するに相応しくめちゃくちゃ広い。

 今いるこの客室────というより、接見室は前方に位置していて、寝室は車両の最奥だ。

 何室も隔てた奥に寝室があるって言うのは、警護とか身の安全とかを考えると当然っちゃ当然なんだが、いかんせん身動きが取りずらい。

 三隈を迎えに行くって言う理由でみんなこの部屋まで出て来たんだ。

 そうでもしないと、ガトル王子夫妻やアトル達の警護の人達に余計な手間を取らせまくる。

 何回ボディチェックするねーん! って突っ込まなかった俺を誰か褒めて欲しい。

 女性陣はウタイがチャチャっとやってくれるから良いものを、俺や翔平なんかはゴツいオッサン魔族にゴソゴソと体を弄られるんだぞ?

 あの魔族型音波兵器がそういやアトルの警護役だった事、すっかり忘れていたからちょっとびっくりしたのは内緒だ。


 一度軽くアトルに苦情を言ってみたんだけど────。


高速魔導鉄道(マナレール)は国家間を幾つも通過する交通機関だからな。いくら王族と言えども、一定以上の保安規定を遵守する必要があるんだ。面倒だとは俺も思うが、我慢しろ』


 ────と(たしな)められた。

 まぁなぁ。色んな国のVIPが乗り込む物だしな。

 なにせ今回の鉄道旅行の為に、俺達のパスポートを国が偽造してくれたんだ。文句は言えねぇ。そうでもしないと、フランシオンに行けないからな。


「おまたせナナー、ってあれ? ジャジャも帰って来てたんだ。早かったねー?」


 自動ドアがまた音も無く開いて、哺乳瓶を片手に右肩に鞄を掛けたアオイが入って来た。


「ジャジャが眠そうだったからな」


「ジャジャの分もミルクを作ってきて、正解でしたね。寝るタイミングが一緒でお利口さんだねジャジャー?」


 パタパタと室内用のスリッパを鳴らしながら、アオイは軽やかにソファに腰掛けた。


「さすが、助かる」


「いえいえ、なんとなく分かってましたから」


 鞄からジャジャ用の哺乳瓶を取り出し、アオイはニコっと笑う。


「ジャジャ、ほら」


「んー? だぁあ!」


 薫平山の8合目である右肩にまで差し掛かっていたジャジャは、そこでようやくママが居る事に気づき、なんの躊躇も無く空中にダイブ。

 パパの右肩をダイレクトにキックした事なんか些細な事で、勢いそのままにアオイの胸に飛び込んだ。

 結構な体重が俺の肩にかかってめちゃくちゃ痛いんだが、俺は何事も無かったかの様に耐える。


「お外、楽しかった?」


「んあい!」


「そっかそっか、小さい内からこんな凄い乗り物に乗れるなんて、ジャジャとナナは本当にラッキーだねー?」


「あい!」


「んふふ、ルゥ姉様。これ、ナナのミルクです」


 ジャジャを抱きながら肩を差し出す動作だけで鞄を開き、中身をルージュに差し出すアオイ。

 なんか日に日に器用になっていくなコイツ。


「ん、ありがとう。ほらナナ、まんま来たよ」


「……あーんむ、ちゅぱちゅぱ、んくんく」


 ルージュに横抱きで抱えられていたナナが、浅い眠りの中でほぼ無意識に哺乳瓶の乳首を咥えて、これまた無意識に中身を飲み始めた。


「はー、赤ん坊ってこうやって眠りに就くんだねー……」


 いつの間にか床から起き上がっていたアリスが、ソファの背もたれ越しに身を乗り出してルージュの腕の中のナナを興味深そうに眺めていた。

 見た目幼女のアリスの背丈じゃギリギリらしく、爪先を伸ばしながら尻尾で体を支えている。


「今日のお昼寝はまだ大人しい方ですよ? いつもだともっとぐずるんです。特にナナが」


「だう、あうむ、んくんくっ」


 哺乳瓶にがっつくジャジャを上手く誘導しながら、アオイは困った様に笑う。


 眠たい癖に眠るのを嫌がるの、本当になんでなんだろうな。

 赤ん坊七不思議の一つだぜ。


「はえー、可愛いねぇ……ボクより歳の若い龍の娘なんて今まで見た事無いからか、余計に可愛く見えるよ」


 目尻をとろんと溶かしながら、その頬を赤らめてナナを眺めるアリス。


 俺は未だ痛む肩を誰にも気づかれない様に摩りながら、視線を客室の至る所へと向ける。


 この車両には、アリスが乗車する前にアオイとルージュの力による結界が施されている。


 あの島以外の場所の外気は、この桃色幼女ドラゴンには毒になる。

 だから車両全体、特に寝室とこの応接室には念入りに結界が張られているのだ。


 短時間であればアリス自身の力でも大丈夫らしいんだけど、それでも結構な負担になるらしい。


 だから、コイツはこの車両から外には出られない。


 元々引きこもり気質だったからかそう苦にも感じてないみたいだけど、でもさっき────俺が三隈を迎えにこの部屋を出る時のアリスは、まるで宝石箱を覗き込む様なキラキラとした瞳で────車窓の外を嬉しそうに眺めていた。


 海龍の島は俺たちの想像よりも広く、その居城も豪華で煌びやかだった。

 だけど海中にあるというイメージが強いのか、短時間しか滞在していない俺ですら、少し窮屈に感じた。


 アリスの自室は無数の本棚や書物で溢れていて、天窓から漏れる日光柱(ピラー)の光や数多くのランプの光があっても、どこか薄暗かった。


 初めて────生まれて初めて見る『外の世界』って、どういう風に見えるんだろうか。

 俺にはてんで想像できない。


 このずっとパジャマドレス姿で寝癖でボッサボサなズボラドラゴンを眺めながら、俺はせめて楽しい旅路にしようと────なんだか殊勝な事を考えていた。

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