衝突世界のお役所事情①
「風待君!ちょうど良かったわ!」
フルフェイスのヘルメットを被った、ライダースジャケットを着た女性に呼び止められた。
華奢な体のラインが浮き出て、顔は見えないけどなんか色っぽい。
家の裏手の森に入る為に、塀を迂回しようと道路に出た時だ。
スポーツタイプの真っ赤な大型バイクが、体を突き抜けるような爆音を吠えながら俺の横に止まった。
「ん?」
この町には引っ越して来たばかりで、道を歩いていて呼び止める様な知り合いはいない。
前の街なら、俺の悪名のおこぼれを貰おうとする馬鹿達が声をかけてくる事はあったが。
「ああ、ごめんなさい。私よ」
バイクに跨ったまま、ヘルメットを取る女性。
「あ、どうも」
制服や制帽を着てないからすぐには分からなかったが、そのウェーブのかかった金髪のセミロングに、顔の横から垂れた大きな毛並みの良い耳の持ち主は覚えがある。
「今日は休みですか?ドギー巡査」
金色長毛犬族のお巡りさん。
ドギー・マギー巡査だ。
「ええ、さっき署を出て今から非番なの」
お巡りさんは勤務時間が長いからなぁ。昨日から働きっぱなしか。
「お疲れ様です」
「ふふっ、ありがとう」
長い睫毛で、切れ長の目を細めて、ドギー巡査は笑う。
綺麗な人だなぁ。
ヘルメットをハンドルに掛けて、バイクのエンジンを切り、スタンドを起こす。
様になった一連の動きが、かっこ良すぎる。
俺もバイクの免許、取ろうかなぁ。
「今日の夕方にでも井上巡査から連絡させようと思ってたんだけど、早い方がいいわよね。偶然だけど会えて良かった。近所なのは昨日分かってたのよね」
へえ、ご近所さんなのか。
「なにか有ったんですか?」
俺の問いに、ドギー巡査はバツの悪そうな表情を浮かべた。
「少しね。長くなるから、ちょっと時間貰えるかしら」
「まあ、少しなら」
バイクから降りたドギー巡査は、ヘルメットに抑えられて纏わり付いた髪を、首を振って解いた。
シャンプーのコマーシャルみたいな動きで、陽の光に照らされて煌めきそうである。
「昨日の三人組の誘拐犯なんだけどね」
ガサライオと南国風の鳥族、そしてナマケモノの三人か。
「………逮捕はしたんだけど、大した罪に問われない事になったのよ」
「え?」
いや、だって。子供を誘拐したんだぜアイツら。
最低でも十年は懲役刑になって貰わなきゃ、困る。
「なんで、ですか?」
俺は思わず顔をしかめた。
あんまり感情を隠すのは得意じゃない。
「本当に申し訳ないって、思ってるわ。色々理由があるのだけれど、一番の理由は」
ドギー巡査は俺の家を見た。
大きめの家だから、見上げてしまう。太陽の光で目を細めて、俺を見直した。
その表情は、どこか険しい。
「ドラゴラインさんが、龍だからって事なの」
「はぁ!?」
ちょっと待てよ!
「何言ってんだ!アイツは最初から最後まで被害者なんだぜ!?」
あんなに取り乱して、泣きながら子供の為に傷ついたのに、アオイが龍だから誘拐犯を裁かないってのは、筋が通らないだろうが!
「落ち着いて、お願い。あとでいくらでも謝るから。今は私の話を聞いて欲しいの。彼女と赤ちゃん達の安全に関わる話なんだから」
「っつ!……納得、させてくれるんすよね」
荒くなった息を、無理やり整える。
「ええ、良く聞いてくれたら、悪いようにはしないって約束するわ」
目を閉じて、脱力する。
深呼吸だ。冷静に行こうぜ。冷静に。
「……どうぞ」
何回かの深い呼吸を繰り返し、ようやく頭が冷えてきた。
中断させた話を続けるよう、ドギー巡査に促す。
「ありがとう。問題になってるのは、龍が伝説的な存在だからよ。龍血石の話はしたわよね。龍の巣でしか取れない宝石の話」
「はい。孵化しない卵が真っ赤に染まるってヤツですよね」
「あの石は、完璧な状態で世に出れば、少なくとも一つで数億円の価値があるの」
数億円!?
なんだそれ!
「龍にまつわる希少な物品は、伝説や噂レベルの物ならそれ以上の高値で取引されるわ。隠れ住む種族だし、人知を超えた力を持つ龍には滅多に近寄れないから、極一部の人間にしか知れ渡ってない事だけど」
もしかして、卵が盗まれたのも。
「例えば龍の卵は、伝説では食せば無双の力と長命が手に入ると言われているわ。もちろん、今まで龍の卵を手に入れようとした輩や、手にした人物は書物なんかで伝えられているけれど、実際の人物かどうかも怪しい伝承や都市伝説的な噂話レベルなの」
ジャジャやナナを……食べる?
なんだそれは……!そんな事して良い訳ないだろう!
「そしてこれは、この町というよりは市や県、行政レベルの話にも関わるんだけど。いえ、国家機密と言っても過言ではないわね」
国?日本国の話か?
ドギー巡査は、悲しそうな瞳で俺を見る。
その顔に気圧されて、俺は大きく息を飲んだ。
「一自治体の小さな町に、それほどの価値を生み出す存在が実在してるってバレたら、どうなると思う?」
再び熱を持った思考を冷やすには、充分すぎる話だった。





